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アオイの父親は小説家だった。いわゆる本格ミステリーを書いていた。世に名の知れた賞レースとは無縁だけれど、その界隈では名の知れた作家だ。
――え、お父さん作家なの? 誰?
アオイが幼い頃、そんなことを訊かれることが度々あった。相手が大人の場合、最後に「読んだことあるかも」が加わることも少なくない。
――うん、
多くの場合、相手はまず「誰?」という顔をする。誕生日プレゼントの箱を空けたら、流行遅れのおもちゃが入っていたときのような顔だ。
知らないんだ。
アオイは子供心に少し傷つく。そうして、いつか自分が小説家の娘であることを隠すようになった。
――三咲碧先生の娘さんなんだって?
上級生の女の子が教室に乗り込んできてそう話しかけてきたのは、小学二年生の春だったと思う。紙のように白い肌。眠たげな双眸。薄い唇。胸の名札から四年生であることが分かったが、そのわりには背が低い。
――知ってるんですか。
アオイは尋ねた。上級生は「勿論」と答えた。よく見ると、上級生の隣には同じクラスの立花さんがおろおろとした様子で突っ立っていた。聞けば、彼女とは従姉妹の間柄らしい。ここに来たのは彼女の手引きということだ。
上級生はその後、三咲碧の作品の感想を一方的に話すとすっきりしたように去って行った。
チャイムが鳴る音を聞きながら、アオイは珍しい子供もいるものだと思った。父を知っていることもそうだし、何よりその作品を読み込んでそれを自分なりの言葉で語れることに驚きを覚えた。
その上級生が「サインを頼むのを忘れていた」と再び教室に押しかけてきたのはその翌日のことだった。立花さんはやっぱりおどおどしながら、従姉の袖を掴んでいた。それからアオイは立花さん――ミヅキとあの人と話すようになった。
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