幽霊と短編小説

戸松秋茄子

ghost-writer

1


 第二社会科準備室には幽霊が出る。そんな噂が流れはじめたのは、アオイが南高校に入学して間もない頃だった。


「そもそも、第二社会科準備室ってどこ?」


「さあ」


 そんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。


 南高校には三つの棟がある。正門に面し、職員室や視聴覚室など生徒にも比較的なじみのある部屋が並ぶ一号棟。一年生から三年生の教室を押し込めた二号棟。そして、それらの棟の三分の二程の体積しかなく、一部の選択科目を取った生徒くらいしか足を運ぶ機会がない辺境、三号棟。


 第二社会準備室があるのはその三号棟の四階だ。入学間もない一年生が知らなくても無理はない。だから、この噂はきっと上級生から流れてきたものだろう。アオイはそう思っている。


「ねえ、第二社会科準備室ってたしか……」


「何?」


「ほら、文芸部の部室じゃなかった?」


「文芸部? そんなのあったっけ?」


「いや、うちらが入学してきたときにはもうなかったけど……ほら、あの先輩の」


「ああ」


 とある女子生徒が三号棟の屋上から転落死したのは、昨年度の三学期、いまの一年生が入試を終えた直後のことだった。カルト的な人気があった生徒で、その死は学校に大きな波紋を呼び寄せた。ショックで寝込んだ生徒も数知れないと聞くし、有名無実化していたカウンセリングルームに行列ができたとも聞く。


 動機はいまでもはっきりしない。遺書は残っていたけれど、その文面は思春期にありがちな厭世観が簡素に述べられているだけだった。遺書を書きなさいと言われてとりあえず書いてみたような、そんな遺書。何も書かれていないのと同じだ。少なくとも、アオイはそう思った。けれど、警察や世間を納得させるにはそれで十分だったらしい。彼女の死はあっさり自殺と判断された。その彼女が所属していたのが文芸部だった。


「じゃあ、何? その先輩が出るってこと?」


「そういうことなんじゃない?」


「で、けっきょくその部屋……ええっと、第二社会科準備室ってどこにあるわけ?」


「さあ」

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