第2話

*


ラシュは松明をかかげて、合言葉を言った。


石造りのドアがゆっくりと開き、ラシュが入ると閉まった。


「ティングさん、交代ですよ」


見張りの任務のことだ。


ラシュたち【ティン・パン・アレイ】一味は今現在、大変なお宝を現物で(宝石や貴金属で)抱えている。


それはそもそもさる大富豪の家から盗んだものであったが、


それをさらに盗みに来るものがいるかもしれないので、見張りは欠かせない。


ではなぜ、そんな危険な状態で草原の廃屋に閉じこもっているかというと……、


「おう、お前が発見したお姫様、目を覚ましたぜ」


「お姫様なの?」


「たとえだよ。詳しい素性は俺も知らない」


ラシュは苦笑した。


霧の草原で、見慣れない衣服に身を包んだ少女が、気絶しているのを発見したとき。


その少女がかすかに目を開いたとき、ラシュはその美しさに戦慄し、


自分はお姫様を拾った騎士なのかもしれない、と思ったからだ。


急ごしらえのアジトの中に入ると、【ティン・パン・アレイ】盗賊団一味は慌ただしく何かの準備をしていた。


「おおラシュ、もうすぐここを出るぞ」


先輩のスマシュが声をかけてきた。


「ってことは、【お姫様】の容態は安定したんだね」


拾った少女の容態が安定するまでは、草原で待機もやむなし、というのがボスの判断だったのだ。


「ああ、もう話もできる。したくないみたいだがな」


「したくない?」


「なんかすごい落ち込んでるんだよ。


 頭の傷は治っても、勝手に死にかねないぜ、ありゃ」


ますます気になってきた。


ラシュは麻のカーテンをくぐって、


少女の寝室に入ってみた。


*


「なるほど、お前は別の世界から来たのか」


ボス――盗賊団を束ねる女傑、長い赤髪と眼帯がトレードマーク――が、少女から事情を聞いているようだ。


「別の世界?」


「ラシュ、来たのか」


ボスは右手でラシュを示すと、


「こいつはラシュ。うちの盗賊団の斬属性担当な」


と少女に紹介した。


「草原でシオリを拾ったのは、ラシュなんだよ。だから気になったんだろう」


この子はシオリというのか、とラシュは改めて、少女を見つめた。


年の頃はラシュと同じか、少し上くらいだろう。


見慣れない服装と、黒い瞳の美しさが目を引く。


しかし今その瞳は伏せられていた。


「拾っていただいて、ありがとうございます」


とりあえずトルバドル語は話せるようだった。


「お聞きしたいのですが、わたしと一緒にもう一人、似たような年格好の少女はいませんでしたか?」


「いや、見なかったよ。君一人だった」


「そうですか……」


その瞳の闇が深くなった。


「シオリはな」


ボスが解説してくれた。


「【前にいた世界】から、こっちの世界に飛ばされたらしいんだが、その時一緒に飛ばされたはずの女の子がいるっていうんだ」


「ちょっ、ちょっと待ってください」


ラシュは急激な世界観の転換についていけなかった。


「【世界】は2つあるんですか?」


「2つ以上な」


「で、この子は別の世界から来たと」


「不慮の事故でな」


「で、その事故に一緒に巻き込まれた女の子がいる?」


「らしいんだが……」


別の世界からどこかへ行く経験は、ラシュには当然のことながら無かった。


だが想像がついたのは――


「その子が、心配?」


シオリの瞳がさらに曇った。


これは、あれだ。


声には出していないが、泣き出している。


「えっ、あっ、その」


「ラシュ、お前女の子の前だと面白いキャラになるな」


ボスは落ち着いていた。


「わたしがっ、あのとき、一緒に行くって、言えなかったから、貴子は……」


シオリが涙声で何かを訴える。


「な、なんだか分からないけど」


ラシュは目の前の少女の涙に動揺して、何かを言わなければと思った。


「探そうよ、その子を」


「探す?」


「そう。同じ条件で異世界にトリップしたなら、近くにいるはず」


「異世界とはそういうものなんだろうか」


ボスが懐疑的な意見を言う。


「と、とにかく、今ここで結論は出せないよ!


 【ストレガルド】の酒場に行けば、いろんな情報が集まっているはず。


 そこまでは、考えるのを保留にして、動いてみてもいいんじゃないかな」


「【ストレガルド】には【ティン・パン・アレイ】のアジトもあるしな」


ボスが補足した。


「わたしらは一仕事終えたばかりで、アジトに寄っときたい。シオリをそこまで連れて行くよ。

 

 あんたがいいならだけどな」


「お願い、します」


シオリは頭を下げた。


巻かれた包帯が痛々しい。


だが頭を上げたその瞳の中で、先の闇はもう隠れ始めていた。


*


「っていうかフィーラ!」


ラシュは一味のヒーリング担当、フィーラを見かけると口をとがらせた。


「シオリの包帯、血が滲んでたじゃないか。


 ちゃんとヒールをかけておいたの?」


「あら、もちろんよぉ」


フィーラはのんびりと答えた。


その口調は彼女一流のなんでもない調子だったが、


その内容は(この世界では)衝撃的だった。


「でもあの子、ヒールが効かないのよぉ。


 【あらゆる魔法をキャンセルする】存在みたいねぇ」

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