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 僕らがホールに着いたとき、舞台では近所の高校の吹奏楽部がクリスマスソングのメドレーを演奏していた。舞台袖からその演奏に耳を傾けていると、それまで押し黙っていた松方が話しかけてきた。


「そうだ。コンビ名はどうしよう」


「考えてなかったのか?」


「いや、シンプルに相方の名前と並べて『まつかたまさき』でいこうと思っていたんだけどね。君がいいならそのままでもいいが……その場合、舞台の上ではずっと『まさき』と呼ばせてもらうよ。どうする、まさき君」


「誰がまさき君だ」僕はそのとき相方の名前をはじめて知った。「本名で練習してきたんだ。いまさら、そう呼ばれたところで反応できる自信はないぞ」


「じゃあ、何か代案を出したまえ」


「何で僕が」


「僕は『まつかた』でも困らないからね。まさき君」


「お前は『まつかた』本人だからだろ」


「とにかく時間がないよ。早く考えたまえ。まさき君」


 ボケを無視されたのが悔しかったのか、松方がもう一度続ける。とてもじゃないが、さっき天丼が安易だと言っていた奴の台詞とは思えない。


「そうだな……」


 そのとき、僕の頭にとっさに浮かんだ言葉があった。


「ダブル・ジョーカー」


「なんだって?」


 松方が聞き返す。


「ダブル・ジョーカーだよ」僕はなんとなく恥ずかしくなって、「いいだろ、それっぽく聞こえれば」


「まあ悪くはないけどね。ふ、しかし俺は分かるけど君が切り札――ジョーカーかい?」


「ああ、 ババで道化ジョーカーだよ。僕もお前もな」


「言うじゃないか。舞台でトチったらただじゃおかないぞ」


 そのとき、吹奏楽部の演奏がフィナーレを迎えた。やや力ない拍手の音はしかし、老人たちにとっては精一杯の賛辞なのだろう。自分たちの舞台が終わったときあれだけの拍手がもらえるだろうか。そんなことを考えている自分に気づく。


「台詞も間の取り方も全部お前の指示通り動いてやるさ」


 僕は言った。そうだ、高校生なんかに負けるものかという気持ちがそのまま強気な言葉となったのだ。


「信用できないな。君は見栄っ張りだから」


「言っとけ。ここまで来たんだ。全力でやってやる。それで滑ったら百パーセントお前の脚本に問題があったってことだからな」


「いいだろう。試してみよう」


「望むところだ。それより報酬の件忘れるな」


「まったくこれだから女好きは困るね。ああ、約束するよ。絶世の美人を紹介してやる」


「信用できないな。お前はお調子者だから」


 僕らは顔を見合わせた。お互いの顔に浮かんだ苦笑を確認する。


「まったく、信頼のないパートナーもいたもんだ」


「それはこっちの台詞だ」


 そのとき、司会者が僕らの出番を告げた。


『次は大学生漫才コンビ「まつかたまさき」のお二人による漫才です』


 僕らは再度、苦笑した。


「じゃあ頼むぞ、わが相方君」


 松方が今度はにっと微笑んだ。


「任せろ、相方」


 僕たちは舞台へと飛び出していった。


「どうもー、松方でーす」


「どうもー、小路でーす」


「僕たち、ダブル・ジョーカーです」

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