DEAD OR ALIVE

「班長っ!」

 とある超高層ビルの一室に、若い機動隊員が駆け込んできた。

 班長と呼ばれた男は「ひっ」と悲鳴をあげて作業の手を止めた。

「ばか、急に大声を出すやつがあるか。もし手元が狂ったらこいつが爆発しちまうだろう」

「も、申しわけありません」

「それで一般人の避難は完了したのか?」

「はい、もはやこの建物内には我々三人しか残っていません」

「そうか」

 そう頷いて、警視庁機動隊爆発物処理班の江上警部補は、ふたたび時限爆弾の解体作業に取りかかった。

「あの……」

 同じ爆発物処理班である蜷川巡査長は、おそるおそる彼の手元をのぞき込んだ。

「うまく解除できそうですか?」

「わからん。構造自体は単純なものだが、時限装置を容易に解除できぬようトラップが仕掛けてある」

 そこへまた別の機動隊員が駆け込んできた。

「班長っ!」

 江上警部補は、ふたたび「ひっ」と悲鳴をあげて作業の手を止めた。

「どうして君たちはデリケートな作業をしている最中に、そう大きな声を出すのだっ」

「も、申しわけありません」

「で、どうした大江君」

 爆発物処理班の最後の一人、大江巡査長は少し遠慮がちに言った。

「解除が無理そうなら、諦めてただちに撤退せよとの本部からの命令です」

「なんだとっ」

 江上警部補の目がつりあがった。 

「爆弾処理の第一人者であるこの俺のことを、本部の連中はまったく信用しとらんじゃないか。もしこいつが爆発したら、それこそ甚大な被害を被ることになるんだぞ」

 彼は窓の外へチラッと目をやった。

「それにビルの外では何十台というテレビカメラが事の成りゆきを固唾を飲んで見守ってるんだ。そんなとこへ白旗あげてのこのこ出て行ってみろ。俺たちはいい笑いもんだぞ。明日から子供は学校でいじめられ、家族は近所から陰口をたたかれ、警察本部の不評を買って俺たちは一生冷や飯食いだ。君たちはそれでもいいのか?」

「い、いえ……」

「だいたいこれは政府の責任だ。テロとは無縁のわが国が、アメリカなんかのご機嫌を取ったばかりに、とんだとばっちりを食うことになったんじゃないか」

「班長のおっしゃる通りです」

「いいか、俺はなんとしてもこの作業をやり遂げる。君たちは命が惜しかったら今すぐ撤退したまえ」

「いえ、私たちもテロリストに屈するのはいやです。どうか班長と運命をともにさせてください」

 二人が拳をにぎりしめて言う。江上警部補は満足げにうなずいた。

「うむ、それでこそ俺の部下だ」

「しかし肝心の解体作業が難航しておられるようですが……」

「そうなんだ、ちょっとこれを見てくれ」

 江上警部補は、分解途中の時限爆弾を二人に見せた。

「ここに白と赤の二本の線がある。どちらか一本が、信管へ起爆の信号を送る導線だと推測できる」

「もう一本のほうは?」

「ダミーだ。そちらを切断すればただちに爆発する仕組みになっておる」

 大江巡査長が慌てて尋ねた。

「どちらを切断すればいいか、班長にはおおよその見当がついてらっしゃるのですよね?」

「いや、さっぱり分からん。署のコンピューターを使えば判別できるかもしれんが、もうそれだけの時間は残されておらん」

 時限装置のタイマーは、すでに爆発五分前をしめしていた。

「だから俺は五十パーセントの確率に賭けてみようと思う。そしてその運命を君たちに託したい」

「えっ?」

 二人は顔を見合わせた。

「でも我々には、どちらを選べばよいのか判断がつきませんよ」

「人間というものは窮地に追い込まれると野生の勘がはたらくことがある。ぜひ君たちの若く研ぎ澄まされた第六感に期待したい」

「そう言われても……」

「時間がないんだ。こじつけでもなんでもいい。とにかくどちらの線を切断すればいいか選択したまえ」

「ようし」

 蜷川巡査長が制服のそでを捲りあげた。

「ならば白を切断しましょう」

「ふむ、その根拠は?」

「うちの息子が今年の運動会で白組だったからです」

 すかさず大江巡査長が割って入った。

「それを言うならうちの娘は赤組だったよ。しかも娘はリレーでアンカーをつとめたんだ。ここは赤を選ぶべきだろう」

「なにをっ」

 二人の目に火花が散る。

 蜷川巡査長がツンとあごをつきあげた。

「ここは両国だよな?」

「それがどうした」

「両国といってまず思い浮かぶのは赤穂浪士の討ち入りだ。というわけで赤を切断するべきだ」

「それを言うなら、今日は八月二十三日じゃないか」

「だからなんだというんだ」

「おまえ知らないのか。八月二十三日といえば、戊辰戦争で白虎隊が自刃して果てた日だろう」

「バカ、かえって縁起が悪いだろう」

「なんだとっ」

 二人は身構えたまま睨み合った。江上警部補が怒鳴る。

「早く決めろっ。あと三分しかないぞ」

「おい大江っ、去年の紅白歌合戦はどっちが勝った?」

「そんなの知るか。俺は毎年ガキの使いを観ている」

「じゃあジャイアンツの秋季キャンプで紅白戦はどっちが勝った?」

「ふざけんなっ、俺は虎キチだっ!」

「あと二分っ」

 江上警部補がさっきよりも切迫した声で怒鳴った。

「こうなったら、ことわざで縁起をかつごう。色の白いは七難隠す」

「つまらん。万緑叢中紅一点」

「そんな難しいのだれも知らんだろう。烏頭白くして馬角を生ず」

「ぜんぜん聞いたこともないぞ。ならこれはどうだ。紅は園生に植えても隠れなし」

「あと一分っ」

 江上警部補が悲鳴をあげた。

「早く選ばんと解除する前に爆発してしまうぞ!」

 蜷川巡査長がなげやりに言った

「ああもう面倒くさいからこれでいいです。朝に紅顔ありて夕べに白骨となる」

「班長、今のことわざでいきます」

「バカモンっ、どっちだか分からん!」


 爆死した三人は「令和の爆弾三勇士」と呼ばれ、後の世までひろく語り継がれたという。

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