さがしもの
まず、最初に見つかったのは左足だった。
それは鼠蹊部からきれいに切断され、足首には拘束具をはめたような鬱血のあとが残されていた。死後一週間から十日くらい経っていた。
次に発見されたのは左腕だ。新横浜駅の公衆トイレで、ビニル袋につつまれ清掃用具入れに放り込まれていた。胴体は、相模湾で引き上げられた。腐敗ガスで膨張し海底から浮き上がったところを、いわし漁の巻き網にからめ取られたのだ。
右手と右足はそれぞれ筑波山中に捨てられていた。野犬などに食い荒らされ、ほとんど白骨化していたという。
頭部だけは、いつまで経っても見つからなかった――。
警察は、屍体遺棄事件として捜査を開始した。県警から百人近い捜査員が投入され、私も彼らと一緒になって残された頭部の発見に全力を尽くした。
マスコミも連日この話題を取りあげた。ワイドショーではいまだ見つからない頭部のゆくえについて、容疑者の自宅に飾られているだの、なにか宗教的な儀式に使われただのと、センセーショナルな憶測を繰り返した。
遺体の身元が知れたのは、捜査開始から一週間後のことだった。川崎市内に住む二十代の女性で、家族から捜索願いも出されていた。ほどなくして、その元交際相手で自称フリーカメラマンの男が逮捕された。警察の取り調べに対し、男は犯行をみとめる供述をはじめたが、遺体の頭部については「知らない」「憶えていない」をくり返した。
およそ一月後に裁判が開かれ、男には懲役二十年の実刑判決が下された。これにより事件はひとまず幕引きとなったが、遺体の頭部がまだ発見されていない。そのため捜査本部が解散されてからも、私は現場に残って消えた頭部の捜索をつづけた。
やがて事件発生から一年が経過した。
事件のことはすでに風化して人々の口の端にも上らなくなったが、代わりにひとつの怪談が生まれた。いまだに見つけてもらえない頭部が自分の存在を訴えるように、夜な夜な事件現場の周辺をさまよっているというのだ。
ふん、バカバカしい。
もしそれが本当なら、迷わず私のまえに現れて欲しいと思った。そうすれば、この無益な捜索もようやく終わりを迎えるのだから。
ある日のこと。
私はやはり遺棄された被害者の頭部に思いをめぐらせ、街を徘徊していた。すると、不意に優しげな声に呼び止められた。
「そこのあなた」
見れば、黒い袈裟を着た僧侶が手招きしている。法事の帰りであろうか、老夫婦に見送られタクシーへ乗り込もうとしているところだった。
「さがしものは見つかりましたか?」
おかしなことを訊いてくるものだ。私が探しものをしていると、なぜわかるのだろう。適当に受け流そうか迷ったが、探しているものの正体を知ったらどんなに驚くだろうと想像したら、妙に楽しくなってきた。
「いえ、ずいぶん長いあいだ探し続けているのですが、いまだに見つからなくて……」
僧侶は、道路わきにある用水路を指さして言った。
「ではためしに、あそこの水のなかを覗いてごらんなさい」
「はあ?」
失笑が漏れた。
「あの辺は、もう充分に調べ尽くしていますが」
あきれ顔の私に、僧侶は自信たっぷりに言いつのった。
「まあよいから、だまされたと思って見てごらんなさい」
正直ムッとなったが、相手は僧侶である。無視するのもためらわれ、なかば渋々といった感じで雑草の生い茂る水面をのぞき込んだ。
ああっ。
思わず、歓喜の声が漏れた。
秋の蒼天をくっきりと映し出す水面に、やつれ切った女の顔がじっとこちらを見つめているのだ。
それはまぎれもなく、この一年私が必死になって探しもとめていた遺体の頭部だった。
殺されてからずっと行方の知れなかった、私自身の……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます