怒りんぼのカオリちゃん
「あら、またユウくんと喧嘩したの?」
洗い立てのマグを布巾でこすりながら、ママが言った。きゅっきゅっと、いい音がする。洗ったばかりのぴかぴか食器を布でこする音って素敵。きゅっきゅっ。そういえば、お隣で飼われてるオカメインコのモニカとコロスケにヒナが生まれたときにも、こんな可愛らしい声で鳴いていたわ。きゅっきゅっきゅ。
「ほんとカオリは怒りんぼさんねえ……」
かちゃかちゃ、拭いたコップやお皿を食器棚に戻しながら、ママがちょっとため息をついた。
「つまんないことで、すぐに怒っちゃだめじゃない」
「あたしは悪くないもん。ユウくんがいけないんだ、ひとが給食たべてるときにウンチマンの話なんかするから」
「ウンチマン?」
「そうよ、ババタレ星から来た正義のヒーロー、ウンチマン。ママ知らないの? いま少年パロパロに連載されてて、すんごく流行ってるんだから」
やあねえ下品な名前、と文句を言いながらママは食器棚の戸をぱたんと閉じた。そしてエプロンで手を拭きながら洗濯機の様子をちらっと横目で睨み、しゃがみ込んでカオリの頭を優しくなでた。
「じゃあ、カオリがこれ以上怒りんぼさんにならないよう、ママが秘密の呪文を教えてあげる」
「ひみつのじゅもん……?」
「そうよ、まず目を閉じて」
カオリは、言われた通りにぎゅっと目をつむった。
「胸に手を当てて」
ワンピースの胸に、そっと右手のひらを押し当てる。
「なにか腹の立つことがあったら、心のなかでこう唱えるの。――カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい」
はい、やってごらんなさい、とママに言われ、同じ言葉を心のなかでくり返した。
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。
ほんっとにバカバカしい! こんなことで怒りが収まるのならだれも苦労はしないわ。ママってときどきおバカさん。カオリはちょっと憤慨しながら、ぱたんと冷蔵庫の扉をひらいた。なんにもない。いただきもののババロアは昨日みんな食べちゃった。でもキャベツのかげに隠しておいた虎の子のドラ焼きは、どこいった?
「ドラ焼きなら、さっきコユミお姉ちゃんが見つけて大喜びで食べてたわよ」
「あの食いしんぼ!」
「ほらあ、すぐ怒る」
「あっ……」
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。だけどママ、バカバカしくても、お腹はへるのよ。
「はいはい、お洗濯が済んだらホットケーキを焼いてあげますからね、それまでお外で遊んでらっしゃい」
「はーい」
掃除のじゃまになるからとママに追い出され、カオリはゴム長靴をはいておもてへ飛び出した。明けがたごろまで雨が降っていたせいで、あっちにきらりん、こっちにきらりん水たまりが光っている。カオリは水たまりを踏んで歩くのが大好き。ばしゃばしゃばしゃ。水面に映りこんだ空が、ぐんにゃり曲がって泥んこになる。アメンボがびっくりして駆け回る。いひひっ。けっこう悪い子。ばしゃばしゃばしゃ、わざと水たまりのあるところを選んで歩きながら、近所にあるゾウさん公園をめざした。ピンク色のジャングルジムと大きな噴水のある、いかした公園だ。ほんとの名前は、晴海台二丁目なかよし公園ていうんだけど、長ったらしいから、みんなゾウさん公園って呼んでる。砂場のわきに、水玉もように塗られたゾウのかたちのすべり台があるのだ。ほんと、いかしてる!
公園の入り口には自転車がたくさんとめられていた。日曜日なので、子どもたちがいっぱい。グラウンドを見ると、ニ年ニ組の男の子たちと、カオリのいるニ年五組の男子が、サッカーの試合をしていた。ボールを追いかけ、グラウンドを駆けまわる子どもたち。そのなかに、シアトルマリナーズの帽子をかぶった背の低い男の子のすがたを見つけて、カオリのひたいに、ぴきぴきぴきっと青筋が立った。
ユウのやつだ!
ちっちゃくて弱虫のくせに、すっごく生意気! おまけにカオリを見るとすぐにちょっかいかけてくる。やなやつ! あいつのすがたを見かけただけで怒りが込み上げてくる。でもダメダメ、さっきママと約束したばかりだもん。
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。
ふん、バカバカしいったらありゃしない。あんなやつ無視してやるわ。そう、てってーてきにねっ!
噴水のそばにあるテーブル付きの大きなベンチに、ヤッちゃんと、ミーコと、サワちゃんが腰かけて、ヤッちゃんの飼い犬のベッキーと遊んでいた。ベッキーは、金色の毛なみがふさふさしたゴールデンレトリバー。ママのよそ行きのお洋服に付いてるボタンみたいにきれいな目をした、おとなしい犬。ひとかかえほどもある特大のヌイグルミみたい。いつもお行儀よくちょこんと座っては、長い舌をだらんと垂らして、はっはっはっ。知らないひとが近づいても、けっして吠えたりしない。ときどき地面のにおいを嗅ぎ回っては、また舌をだらんと垂らして、はっはっはっ。カオリが「よっ」ってあいさつすると、いよいよ長い舌をだらあんと地面へ垂れて、ばっさばっさ勢いよく尻尾をふった。
「ベッキー、いくよっ」
でもヤッちゃんがピンク色のフリスビーを投げると、ベッキーは、はじかれたように駆け出して、ジャンプ一番、みごとにキャッチ! Uターンしてまた駆け戻ってくる。ミーコがやってもおなじ。サワちゃんがやっても、そしてカオリがやっても、かならずフリスビーをくわえて帰ってくる。失敗したことは、ただの一度もない。ベッキーってかしこい!
「去年、フリスビーの大会で優勝したのよ」
ヤッちゃんが自慢げに鼻をうごめかせる。カオリが、かしこいかしこいと頭をなでてやると、ベッキーは気持ちよさそうに目を細め、ぬれた鼻のあたまをぺろりと舐めた。
とつぜん、わあっとグラウンドのほうで歓声があがった。見ると、シアトルマリナーズの帽子をかぶった男の子が、仲間にかこまれガッツポーズをしている。どうやら試合でゴールを決めたらしい。ふん、ユウのくせに生意気ね。あらあら、あんなにはしゃいじゃって、これだからガキはキライよっ。ごらんなさい、あの頭の悪そうな顔、前歯なんか一本欠け落ちてるし……。なんて心のなかでバカにしてたらユウのやつ、一瞬だけカオリのほうを振り向いてにやっと笑いやがった!
「ううっ、カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで……」
「え、なあに? カオリちゃん」
ミーコが小首をかしげたので、カオリはあわててかぶりをふった。
「なんでもない、こっちの話……」
あぶないあぶない、つい秘密の呪文を口に出してつぶやいてしまったわ。これは心のなかで唱えなさいってママが言ってたのに。
春の公園は、枯れた芝生にもようやく緑がもどって、そこらじゅうでサクラ餅やヨモギ饅頭とおなじ、こうばしい草のにおいがしていた。やっと咲きはじめたタンポポに、うんせうんせっ、ハナムグリが首を突っ込んでもがいている。見上げると、お日さまはもう南のお空の一番高いところ。そろそろお昼の時間かしら。
「あ、わたし午後からママとデパートへお洋服買いにいく約束してたんだ」
ミーコが思い出したようにつぶやいてベンチから立ちあがった。つられてサワちゃんも、お腹がすいたので家に帰ると言い出した。そういえばカオリの家でも今ごろママがホットケーキを焼いてくれてるはず。じゃあ、いったんお昼を食べに帰ろうということになって、みんながベンチから腰をあげた。そのとき……。
「よう、カオリっ」
いつのまに忍び寄ったのか、すぐ後ろでユウがポケットに手をつっこんだまま、へらへら笑っていた。カオリはびっくりしてぴょんと飛びあがった。
「な、なによ、いきなり後ろから声をかけるなんて、ひきょうよ」
言いながらカオリは、特撮ヒーローが宇宙怪獣に立ち向かうときのポーズそのままに身がまえた。ユウのやつ、きっとまたなにか手の込んだ意地悪をたくらんでいるに違いない。こいつは気を抜いていると、あの前歯の欠けた口からぼわーって火でも吐きかねない危険人物なのよ。油断大敵、火の用心っ!
でも緊張して顔をこわばらせているカオリをよそに、ユウはへらへら笑いながら言った。
「えびす屋のクジひいたらこれ当たったんだけど、俺クッキーなんて食べないからおまえにやるよ」
それは高級そうなクッキーの絵が印刷された、きれいな四角い缶だった。カオリの持っている缶ペンケースを四つ重ねたくらいの大きさ。ちなみに、えびす屋というのは小学校のななめ向かいにあるボロッちい駄菓子屋、クジは一回五十円で、大当たりをひくとモデルガンがもらえる。
カオリは空港の税関にいる麻薬犬ばりに、ユウのクッキーから危険な罠のにおいをかぎとろうとした。くんくん、くんくん。意地悪ひねくれユウのやつが、ただでクッキーなんてくれるはずがない。賞味期限切れか、あるいは自転車のかごから落っことして粉々に割れたやつか、いやひょっとすると中身はクッキーなんかじゃなくてイヌのうんちかもしれないぞ!
なかなか受け取ろうとしないカオリにしびれを切らして、ユウが缶をぐいっと押しつけてくる。なぜか、ちょっと照れてうつむいてる。それを見て、ヤッちゃんとミーコとサワちゃんが手を打ってはやしたてた。
「やったね、カオリっ。これってホワイトデーのクッキーじゃん!」
でもカオリはホワイトデーを知らない。
「なにそれ? クッキーがもらえるイベントなの?」
ユウが、おどろいたような顔をした。
「なにおまえ、ホワイトデーも知らないのか? おっくれてるぅー」
サワちゃんが、にやにや笑いながら言った。
「ホワイトデーっていうのはね、男子がバレンタインデーにもらったチョコのお返しをしたり、好きな女子にクッキーをプレゼントしたりする日なのよ」
それを聞いて、たちまちユウがぷーっと頬をふくらませた。
「ば、ばかっ、おれは、こんなやつのことなんか好きじゃねーよ。このクッキーは、たまたまクジをひいたら当たったんだ」
「ウソばっかり。えびす屋のクジにクッキーの当たりなんてないわ。あんたそれ、カオリにあげるためにわざわざ買ってきたんでしょう」
ミーコとヤッちゃんも、サワちゃんに同調する。
「あんたカオリのこと好きなんでしょう? 隠さなくたっていいわ、いつもこの子にちょっかいかけてるもんね」
「そうそう、クジで当たったなんてウソつかないで、素直に好きですって言って手渡せばいいのよ」
三人に詰めよられて、ユウは真っ赤になって怒った。
「うるさい、うるさいっ! だれがこんな怒りっぽい女なんか好きになるもんか、せっかくひとがクッキーめぐんでやるって言ってんのにケチつけやがって」
「ううう……」
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。
「あたしそんなのいらない! これから家に帰ってママの焼いたホットケーキ食べるんだから」
ユウにあっかんべーすると、カオリはゴム長靴をぱたぱたいわせて駆け出した。うしろからヤッちゃんたちの声が追いかけてきたけど、ふり返らなかった。ユウのバカ、今ごろ泣きべそかいてるかしら。
セブンイレブンと薬局のあいだの路地を入って三軒目の、青いさんかく屋根がカオリのお家。去年パパがクリーム色に塗ったフェンスは、雨を吸ってまだらもようになっている。
「よお、チビちゃんお帰り」
パパは、庭でゴルフのスウィングの練習中。気取って、ひと振り。首をひねって、もうひと振り。腰をとんとんたたいて、またクラブをかまえなおす。
「ねえパパ、ホワイトデーって知ってる?」
カオリがそうたずねると、パパのスウィングがぐらりと乱れた。
「知らん知らん、だんじてそんなものは知らんぞ。ママには、このあいだ結婚記念日だからといって高ーい、高ーい指輪をねだられたばかりだ。だから俺はホワイトデーなんて知らん、こんりんざい聞いたこともない」
玄関のドアをあけると、バターとミルクとベーキングパウダーのまじりあった甘いにおいがした。ちょうど今、カオリのぶんのホットケーキが焼きあがったばかり。グッド・タイミング!
「あらあら、せっかくくれたクッキーを断っちゃったの? もったいないわねえ、そういうのは素直にもらっておけばいいのに」
あつあつのホットケーキにはちみつとマーガリンを塗りたくっていると、ママが残念そうに言った。
「カオリ、あんたまたからかわれて、ぷんすか怒ったんでしょう? すぐにカッとなっちゃダメじゃない」
むぐぐっ、ホットケーキをのどに詰まらせた。ママってするどい! パパのついたウソなんか、いつも一発で見破っちゃう!
「ママの教えた秘密の呪文はどうしたの?」
ちゃんと唱えたわよ、でもぜんぜん効き目なし。
「そういうの受け取ってもらえないと、男の子はすごく傷つくものよ。明日ユウくんに会ったら、ちゃんとごめんなさいしておきなさいね」
「えー、やだよ。カオリは悪くないもん。あいつが悪いんだもん」
「そうやって、すぐひとのせいにするのはいけませんってママいつも言ってるでしょう」
だんだんママの機嫌が悪くなってきたので、カオリは食べ終わった食器をキッチンへ片づけるなり、また家を飛び出した。道路もだいぶ乾いてきたので、今度は水色のスニーカーをはいてゆく。
「行ってきまーす」
「そんなにあわてて行くと危ないわよ、車に気をつけてね」
「はーい」
もう、ゾウさん公園はやめて、反対がわにある商店街を目ざす。ポケットには百円玉が三枚、カオリがスキップするたびに、ちゃりん、ちゃりんと心地よい音を聞かせてくれる。うひひっ、これでたこ焼きとアイスクリームが買える。それでもおつりがくる。
しばらく歩くと、保育園のわきにある雑木林で、男の子が三人ケンカしているのを見かけた。その顔ぶれを見て、カオリは思わず電信柱のかげに身をかくした。げげっ! あれは四年生のシブヤだ。学校でも有名なイジメっ子。しかも弱そうな下級生ばかりをねらってイジメるたちの悪いやつ。もうひとりは、たぶんシブヤの友だち。そして哀れな本日の彼らのエモノは……ああっ、背の低いシアトルマリナーズの帽子をかぶった子。
あれはユウのやつだ!
弱虫ユウが、史上最悪のイジメっ子、シブヤ一味にからまれてる。どうしよう、助けに行きたいけどカオリにとってもシブヤは怖い上級生、ついこの前もクラスの北沢くんがランドセルを川のなかへ放り込まれて泣いていた。北沢くん、うちのクラスのなかでは体も大きいほうなのに、やっぱり四年生にはかなわなかった。ましてやユウのやつはチビで弱虫、ああ、どうしよう、家に帰ってパパかママでもつれてこようかしら。
シブヤは、にたにた笑いながらユウの肩を小突いたり、ふとももにヒザ蹴りをくれたりしていた。ふつうだったら、それだけで泣いちゃうけど、でもユウのやつはだまってうつむいてる。なんか、とっても可哀そう。それに、弱いものイジメばかりしているシブヤたちにだんだん腹が立ってきた!
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。いや、ぜんぜんバカバカしくない、あついらの横暴をこれ以上ゆるしてはおけないわっ!
「ちょっと、あんたたちヤメなさいよ!」
気づいたときには、もうカオリは電柱のかげから飛び出し、がるるっ! シブヤたちに食ってかかっていた。ちゃんといつものように、ぴきぴきぴきっと、おでこに青筋も立てている。
「なんだ、おまえ?」
「あたしは、この子のクラスメイトよっ。それよりあんたたち四年生のくせに、二年生をイジメるなんてひきょうじゃないの! しかも二対一よ!」
「うるせえ、ブースっ!」
シブヤが、どんっと肩を突き飛ばした。カオリはそのまま道路のうえに尻餅をつく。ワンピースのおしりがたちまち泥んこになった。うう、くやしくて涙が出そう……。
でもそのとき、ユウが「うおーっ」と叫んで両腕をめちゃくちゃに振り回した。ぶんぶんぶんぶん! 格闘技の常識なんてからっきし無視した、ヤケクソ攻撃! 見るとユウのやつ、ぎゅっと目をつぶってる。
「わわっ、なんだ?」
でも、その迫力に気おされて思わずのけぞったシブヤの鼻っつらに、ぺちん! 一発決まった。まぐれ当たり。シブヤは「痛ェー」と言って鼻をおさえ、その場にうずくまった。ユウは肩で、はあはあ息をしている。カオリはそんな二人のようすを、かたずを飲んで見守った。
「……あ、血ィだ」
不意にシブヤがつぶやいた。どうやら鼻血を出したらしい。自分の手についた真っ赤な血を、ぼうぜんとながめてる。子どもって自分の血に弱い。どんなに腕白なガキ大将でも、自分の流した血を見ると、とたんに意気地がなくなる。あんのじょうシブヤの肩が、ひっくひっくと上下に震えだした。
「わーん」
四年生だなんて威張っていても、しょせんは子ども。鼻血ひとつで、おいおい泣きだしちゃう。ほんとバカみたい。カオリは、ぽかんと口をあけてるユウの手を引っぱった。
「はやく行こう」
「……うん」
アーケードのある商店街を全速力で走り抜けると、やがて駅へとつづく石畳の遊歩道にたどり着く。ここには噴水やベンチもあるし、アイスクリームやホットドッグを売る屋台だってある。そこで二人、立ち止まってヒザに手をつきながら、ぜえぜえ息をする。やがて落ち着いてくると、どちらからともなく顔を見合わせて笑い出した。
「あははは、あんたもなかなかやるわね」
「ひひひ、シブヤのやつ鼻血出して泣いてやんの」
「今度、弱いものイジメしてるの見かけたら、鼻血くんって呼んでからかっちゃおうか」
「それいいね、おれ、こっそりみんなに言いふらしてやるよ」
チビで弱虫でも男の子は、やっぱり男の子。いざというときには、か弱い女子の身を敵から守ってくれる。
「……あのさ」
ひとしきり笑い終えると、カオリはもじもじしながら言った。
「さっきのクッキーなんだけどさ……」
「うん」
「あれ、やっぱりもらってあげる。あたし、クッキーって大好きだし」
やばい、耳たぶ真っ赤。でもカオリはちゃんと言えました。さて、ユウのやつの反応は……?
「ああ、あれか。悪りィ、あのクッキーはもうないんだ」
「え?」
ユウは、マリナーズの帽子をぬいで、もうしわけなさそうに頭をぽりぽりかいた。
「さっき学校のそばで、おまえのお姉さんに会ったんだ。それでおれ、あのクッキーおまえに渡してくれるよう頼もうと思ったんだけど……」
「コユミお姉ちゃんに?」
「うん、でもおれ……おまえのお姉さんと初めて話をしてびっくりしたよ。だって近くで見るとすごい美人なんだもん。だからつい、よかったらこれ食べてくださいって言っちゃった。あはは、おれ、ちょっとドキドキしたんだ、このさい年上のカノジョなんてのもアリかなーなんて思ったりしてさ……って、あれ? おまえ、なにひとりでぶつぶつ言ってんの?」
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい……。
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