血闘

 ひょうびょうたる荒野に、ふたつの影が対峙していた。

 どちらも、剣をかまえた巨大ロボットである。

 一機は赤くペイントされた軍事用ロボットで、たすきを回し、頭にはち巻をしめていた。右足を半歩引いて、剣を大上段に振りかぶっている。

 もう一機は、どうやら岩盤の掘削などに使われる汎用ロボットのようで、白い機体のところどころに錆が浮いている。こちらは、やや斜め下の青眼にかまえて、巖のように佇立していた。

 もうどれくらい、こうして睨み合っているのだろうか。二機の合間をゴウッと風が吹きぬけるたび、秋の日を浴びて砂塵がキラキラと舞いあがった。


「さすがは、スバル一刀流の星雲斎どのじゃ……」

 赤い機の操縦席にすわる若侍が、ひたいの汗をぬぐった。

「このような辺境の惑星に隠遁なされていると知り、無作法をかえりみず挑んではみたが、これはちと手強いぞ――」

 操縦レバーをぐっと引くと、振りかぶっていた剣が肩口へ引き寄せられ、八相のかまえとなった。


 いっぽう、白い機に乗る老人。

「ぬっ、こやつアンドロメダ心刀流の、流星のかまえをしおるわい。若侍と思うて甘く見たが、なかなかどうして、油断のならぬやつじゃ」

 老人は、ギアをニュートラルへ戻すと、ハンドルを右へ半回転させた。青眼にかまえていた剣が、ツツーッと脇へ引きよせられる。


「あっ星雲斎のやつ、今度はアンタレス示権流の水月の型できやがったぞ。さすがは古今無双とうたわれた剣客だけのことはある」

 若侍は内心の動揺を悟られぬよう、落ち着いた動作でレバーを操った。その動きに合わせロボットがもろ手を伸ばし、切っ先を低く落とし込んでゆく。


「ふむ、若侍め、今度はなんじゃ、プレアデス理念正眼流の、月の砂漠のかまえときたか。ふふ、小癪なやつめ、年寄りと思うてあなどるでないぞ」

 老人はクラッチを切り、ハンドルをぐるぐると回した。剣先は半円を描きつつ、やや変則的な中段のかまえでピタリと止まる。


「おお、これぞまさしく秘太刀、デネブカイトス三茶流の、天地爆裂のかまえ。実際にこの眼で見るのは初めてだが……」

 しばらく呆然としていた若侍だが、やがて気をとり直したように、レバーをにぎった。

「ならばこちらも、師から受け継いだ奥義で対抗するまでっ」

 深紅の機体がすっと腰をのばす。やがて右手一本でにぎった剣が、そのまま高かだかと天を衝いた。


「こ、これは、正伝プトレマイオス猛虎流の、バベルの塔のかまえではないか。若造めっ、その技をいったいどこで……」

 思わず口から飛び出しそうになった入れ歯をおさえ、老人はギアをバックへ入れるなり狂ったようにアクセルをふかしはじめた。ブオーン、ブオーン!

「ふはははっ、歳月駸々たりっ。これでどうじゃ、青二才っ」

 ロボットは腰をグッと低く落し、刀身の中ほどを両手に持って、バトンのようにくるくる回しはじめた。


「そ、そ、そんなばかなっ。このかまえは禁じ手として一切の伝承が闇に葬られたという、あの幻の……六家仙伝アルデバラン滅殺飛燕流、守護神大回転の型ではないかっ」

 滝のような汗を流し、若侍はぜいぜいと息をあえがせた。

「……ああ、我が師匠よ。どうか私に今一度ちからをお与ください。そしてはからずも十死一生、捨て身の戦法をとることをお許しくださりませ」

 操作パネルのスイッチを、あわただしくONにしてゆく。たちまちインジケータ・ランプが警告をしめす赤色に変わり、背後のスピーカーからハザード音が鳴りひびく。キケンデス……キケンデス……。

 深紅の機体から、ユラユラと闘気が立ちのぼる。片手大上段につきあげていた剣が、まるでプロペラのようにゆっくりと旋回しはじめた。


「あな口惜しや……命のともしび燃えつきようとする老齢になりて、はじめてかような好敵手とめぐり会おうとは……。ぬううっ、かくなるうえは相打ちも辞さずっ、南無八幡大菩薩っ、こやつを冥土の道連れにしてくれようぞ」

 老人は、やおらDANGERと書かれたレバーを引いた。ブルルンッとターボチャージャーが作動し、エンジンからモクモクと黒煙があがる。

「神もご照覧あれっ。これぞまさしく六臂六足六度六面イスカンダル無明新陰流、アシュラ滅殺のかまえじゃあっ」

 

 ねえ、じっちゃ


 ん、どうした?


 けっきょくふたりは、どうなっちゃうの?


 ふむ、一度も剣を合わせぬまま、どちらとも燃料が尽きてしもうてのう。今もどこかの荒野で、風に吹き晒されてるということじゃ……

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