第30話 さらば忍びの里

 服部の家にて。


「お兄ちゃん、起きないね」


「そ~ねぇ~」


 水性ペンを持った姫乃と翡翠がこう言った。三刃の頬には猫のようなひげが書かれてたり、まぶたの周りが黒く塗りつぶされたり、額に肉と書かれたりといたずらされていた。


「早く起きなさーい。でないといたずらが増えるよー」


「今度はバカボンのパパのようなひげを書くわよ」


 姫乃がペンを三刃の顔に近付けた直後、三刃の手が動いた。


「お前ら、何やってんだ?」


「……おはようございます」


「おはようございます。次になんていうか分かってるよな?」


「待っててね、濡れたタオル持ってくるから」


 三刃は翡翠が持ってきた濡れタオルで顔を拭き、顔面の落書きを落とした。翡翠はぬれタオルを渡した後、荷物を取りに行くといい、部屋から出て行った。


「ちゃんと落ちたよな……」


 鏡で顔面の落書きが落ちたか調べる中、服部が部屋に入って来た。


「二人とも、起きたか」


「僕は今さっき起きた」


「そうか。ちょっと待ってろ、飯を持ってくるから」


「ああ」


 その後、三刃は横になった。


「やばい、急に体がだるくなった」


「昨日、あれだけ暴れたからそうなるわよ。一度高い所から落ちたし」


「それで無事な僕って……」


「魔法使いは魔力がある分、普通の人とは体の出来が違うのよ。その分骨とか筋肉が強くなるの」


「何でもありだな……」


「じゃ、私は凛音と凛子の所に行くから」


 座っていた姫乃は立ち上がろうとしたが、急にめまいが起き、足元がぐらついた。


「あれ……めまい……」


「へ?おっ……おいマジかよ‼」


 姫乃は三刃がいる方へ倒れてしまった。


「大きい音がした」


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 凛子と凛音が部屋に入って来た。で、三刃の上で倒れている姫乃にこう言った。


「お姉ちゃん、何やってるの?」


「誤解よ誤解‼私、倒れた人を無理やり襲う趣味なんてないから‼」


「だよねー。お姉ちゃんがあんな奴に気があるなんて、あるわけないよね~」


「そんなことより、重いからどいてくれ」


「お兄ちゃん、女の子に重いは禁句よ」


 翡翠が手に持っていたリュックを、三刃の顔の上に乗せた。


「何すんだ?これでも怪我人だぞ!」


「大声を出せるなら、怪我人とは言えないんじゃない?」


「言うようになったな……」


「騒がしいぞ」


 お茶漬けを持ってきた服部が、部屋に入って来た。


「お茶漬けだ。簡単な料理しかなかったが、これでもいいか?」


「ありがとう。十分だよ」


 三刃は上半身を起こし、服部が持ってきたお茶漬けを食べ始めた。そんな中、乾の声がした。


「ごめんくださーい」


「乾さんだ」


 乾は玄関に上がり、三刃達がいる部屋に入って来た。


「予定上は明日が帰る予定だけど……三刃、動けるか?」


「何とか……」


「何とかか……まぁ気分が悪くなったら東山に言ってくれ。あいつ、手当てうまいからすぐ治るよ」


「分かりました」


「じゃあ今日はゆっくり休めよ。まだ戦いの疲れが残ってるだろうし」


「はい」


「じゃ、俺は戻るよ。また明日」


 会話後、乾は帰って行った。




 数時間後、三刃と姫乃は着替えをし、外に出ていた。


「三刃君、気分はどう?」


「飯食ってからましになった。体のだるさはちょっと残ってるけど。姫乃はどうだ?」


「だるさもないし、疲れも取れたわ。さっきみたいにめまいで倒れはしないわよ」


「そうか。あの時はびっくりしたしな」


「本当はうれしかったんでしょ?」


「……ちょっとだけな」


「やっぱりね。前から思ってたけど、三刃君って結構スケベよね」


「スケベじゃない男なんてこの世に存在しないぞ」


「なーに偉そうに言ってんのよ。呆れた」


「はいはい。悪うござんした」


 話している中、こっちに向かって歩いてくる、海人の姿が見えた。


「あれ、海人君じゃない?」


「服部に用があるんだろ」


 三刃が手を上げると、海人もそれに合わせ、手を挙げた。


「兄ちゃんたち、体は大丈夫なのか?」


「まぁな。食って寝たら何とか治った」


「三刃君、その表現は問題あると思うけど」


「それより、服部に会いに来たのか?」


「ああ。茉奈はいるか?」


「ここにいる」


 この直後、三刃達の頭上から煙玉が落ちてきた。そして、周囲に煙が発生した。


「ゲホッゲホッ、お前、ここでもこの登場の仕方をするのか!?」


「当たり前だ」


 煙が晴れると、そこに服部の姿があった。


「茉奈、これからの事について、話がある」


「そうか。中で話そう」


 その後、服部と海人は別室へ向かった。三刃と姫乃は客室へ戻り、帰宅の支度をしていた。


「な~んか気になるわね」


「何の話の事か?僕達には関係ないと思うけど」


 三刃と姫乃の会話を聞いていた翡翠が、二人にこう聞いた。


「服部さんと海人君がどうかしたんですか?」


「別室で会話中」


「……それってもしかして……」


「「告白タイム!?」」


 目を輝かせながら、凛子と凛音が同時に叫んだ。この様子を見て、三刃はため息とともにこう言った。


「女子はどうして人の恋路が気になるんだろう」


「え?気にならないの?」


「誰と誰がくっつこうなんて、僕には興味のない事だ」


「つまんない男」


「クール気取ったダサ男」


「お前らはいちいち毒を吐くなよ……」


 その時、部屋の扉が開いた。外には、服部と海人がいた。


「皆に伝えたいことがある。特に、翡翠と凛子と凛音、お前たちにとって重要な話だ」


「私達に?」


「ああ。実は、海人も私達が暮らす町に引っ越すことになった」


「えええええええええええええ!?」


 翡翠達が驚く中、服部は話は続いているといい、話を続けた。


「再来週から翡翠達と同じ中学に通うことになった。急な話だが、引っ越し等の話はもう終わっている。私と同じマンションの部屋に住むことになってる」


「急な話ですね……」


「私の祖父が決めたことらしい。海人の方も修行になるからと言っている」


「ということだ。また兄ちゃん達と一緒に戦うかもしれない。その時はよろしく」


「ああ」


 その後、三刃達は海人と連絡先の交換をした。それからは、雑談をしたり、簡単に里を散歩したりした。




 翌日。三刃達は帰宅する前に、白也の墓に来ていた。


「白也兄、行ってくる。今度は強くなって、戻ってくるよ」


 海人がこう言いながら、線香を添えた。


「白也兄……私はもう悲しまない、前を見て歩む。だから、天国へ行っても心配しないでくれ、安心して。それから……本当は生きている時に伝えたかった。白也兄、あなたの事が好きでした」


 服部も線香を添え、こう言った。凛子と凛音は大泣きしながら線香を添え、三刃と姫乃と翡翠は線香を添えた後、少しの間でしたが、お世話になりましたと呟いた。その後、三刃達は東の車に乗り込んだ。


「白也へのお別れは済んだな」


 東山がこう言うと、服部は返事をした。その時の服部の目は、力強く輝いていた。それを見た東山は、笑いながらこう言った。


「もう大丈夫のようだな。それなら白也も安心するだろ」


「そうか……でも私はまだ白也兄よりも……」


「大丈夫って言ってんだろ。お前は強い子だ。そんなこと俺も知ってるし、お前の仲間も知ってる、そんでもって、白也も知ってる‼」


「……ありがとう」


「よーし、じゃあ行くぞ‼」


 東山はそう言うと、アクセルを踏み込み、里から出て行った。




「ったく‼あいつら、俺を縛ったこと忘れてるだろ‼」


 血狐と戦った森の中、縛られて放置されていた貢一が、無理やり縄をほどいて脱出していた。


「お~いて~」


 無理にほどいたのか、赤くなった両手の手首に息を吹きかけながら、周囲を見回した。


「誰もいねーのかよ。あのじーさんも連れてかれたっぽいし……」


 そんな中、パンツの中の携帯電話が鳴り響いた。貢一は携帯を取り出し、会話を始めた。


「もしもし、お疲れ様ですジョーカー様。あの件ですが、やはりあのじーさん、とんでもないバケモンを蘇らせましたよ。あーでも、心配しないでください、倒されましたんで。多分、結社の魔法使いが。俺の正体はばれてません。プライベートで来てたみたいだし。それに、新人みたいなんで多分俺達の事は知らさせれてないと思います。細かいことは、そちらに戻ってから伝えます。……え?被害の事ですか?見た限り、忍者が何人か死んだみたいですね。……あなたの優しいところ、嫌いじゃないですよ。だけど、俺達がこれからすることは、確実に何人かが犠牲になりますし、結社の魔法使いも相手にします。そのことを常に頭に入れてください。すみません、あなたに対して偉い事を言ってしまって……いいですよ。気にしないでください。そうだ、迎えに来る時に服とズボンを持ってきてくれませんか?結社の魔法使いに服とズボン取られてしまったんです。ええ、パンツ一丁です。……分かりました。ありがとうございます。では、お待ちしています」


 貢一は会話を終え、携帯の通話ボタンを押した。

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