第29話 悲しみを乗り越えて

 高所から落ちた三刃は、その場で倒れていた。体を動かそうとしているのだが、指一本動かそうとすると、そこから全身に痛みが流れる。


「く……くそ……」


「三刃君‼無事……じゃあなさそうね」


 走って来た姫乃が三刃の元に着いた。姫乃の治療を受け、何とか体が動けるようになった。


「何とかなったよ。早く戻ろう」


「その方がいいわね。服部さん達が心配だわ」


「僕もだよ」


「行きましょう。早く行かないと大変なことになるわ」


「ああ」


 会話後、二人は急いで、服部の元へ向かった。




 服部と海人は、白也の死を目の当たりにし、その場で止まっていた。


「茉奈‼海人‼前を見ろ‼」


 三郎の声を聞き、二人は我に戻った。そして三郎の所に集まった。


「二人とも、血狐は傷を負っている、攻撃を与え続ければいずれは死ぬ」


「分かった」


「分かりました」


「……白也の死はわしも悲しい。じゃが、今は戦っているんじゃ。戦いに集中しろ。悲しむのは後じゃ。今は悲しむよりも、仇を取ることを考えろ‼」


「「分かった‼」」


 その後、服部達は血狐に向けて、手裏剣やクナイなどの飛び道具で攻撃を始めた。


「無駄だ無駄だ‼三郎、そしてその孫よ。この里はわしに任せ、さっさと死ねい‼」


 原戸は三郎と服部に向けて攻撃を仕掛けた。だが、その攻撃は海人が起こした風でかき消された。


「……海人、一度聞きたい。何故わしの邪魔をする?何故わしの言うことを聞かぬ!?貴様をそこまで育てたのはこのわしじゃ‼貴様は将来、わしが死んだ後でこの里の支配者になるのだぞ‼それが嫌なのか!?」


「そうだよ」


「……そうか……分かった。貴様も殺してやる‼」


「もうあんたを育ての親とか思わねー‼ぶっ潰す‼」


 海人は突風を発生させ、血狐の頭上にいる原戸を吹き飛ばした。空中で態勢を整えた原戸は着地した。その隙を狙い、海人は刀を装備し、原戸に突き刺そうとした。だが、原戸は右腕の小手で攻撃を防いだ。海人は一旦下がった。その時、海人は雷を発生させ、原戸に向けて放出した。


「その技は効かん‼」


 原戸は右手で地面を殴った。それと同時に、地面から壁が現れ、海人が放出した雷を防いだ。


「まだまだ青いのお」


 攻撃を防ぎ、笑みを浮かべた原戸だったが、目の前の壁が崩れ落ちた。


「何!?」


 壁を破壊した海人が、原戸を殴り倒し、上乗りになった。海人をどかそうとしたが、それより先に海人は刀を原戸の喉に突き付けた。


「あの狐を止めろ」


 静かな声で、海人はこう言った。それに対し、原戸は笑ってこう言った。


「無駄じゃ。ああなった以上、血狐様は暴走を続ける。傷が大きいせいで暴走してしまったのだ。わしの言うことは、もう聞かないじゃろう」


「殺すしかないのか……」


 海人は左手に雷を発生させ、原戸に雷をぶつけた。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」


「そこで痺れてろ、クソ爺」


 感電し、気を失った原戸にこう言うと、海人は服部の元へ走って行った。




 血狐と戦っている服部は、猛攻を続けていた。相手は傷を負っているため、更に傷を負わせば倒れるだろうと思い、猛攻を続けていたのだ。


「はああああああああああああ‼」


 勢いと共に、服部は日本の小刀で血狐の腹を掻っ切った。腹から滝のような血が流れたが、そこからさらに追撃を入れた。服部は攻撃の手を休め、後ろへ下がった。


「そろそろ倒れろよ……」


 滝のような血を流しても、血狐は倒れることはなく、暴れ続けた。そこへ海人が合流した。


「海人」


「爺は倒した。あとはあの化け物だけだ」


「そっか……」


「あれだけ血を流しても動くのかよ」


「他にも手裏剣やクナイを投げたはずだが……」


「そうだ、あの兄ちゃんたちはどうしたんだ?」


 その時、赤いオーラが血狐を襲った。


「三刃達が来たようだな」


 三刃と姫乃が到着したことを察しした服部は、攻撃を再開した。




 姫乃は衝撃波や刀による攻撃を行い、血狐を追い詰めていた。三刃も前線へ出て、血狐と戦っていた。


「オラァッ‼」


 三刃の一撃が血狐の爪をへし折った。


「っかぁ~、手が痺れる」


「来るわよ、三刃君‼」


 姫乃の声を聞き、三刃は高く飛び上がって攻撃をかわした。そのまま血狐の頭上へ飛び乗り、攻撃を加えた。血狐は頭を振り回し、頭上にいる三刃を振り落とそうとした。


「簡単に落ちてたまるかよ‼」


 三刃は血狐の毛を掴み、落ちないように耐えていた。すると、三刃が掴んでいる毛が抜けてしまった。


「っ……今度は落ちねーって‼」


 三刃は強い風を発生させ、体を浮かした。何とか血狐の右肩に着地し、血狐の首に剣を突き刺した。刃が突き刺さった部分から、大量の血が流れだした。首へのダメージが大きかったのか、血狐はその場で片膝をついた。その隙を狙い、服部は空高く飛び上がった。


「皆、離れてろ‼この一撃で決める‼」


 服部の叫びを聞き、三刃達は血狐から離れた。服部は手にしている武器にありったけの魔力を込めた。


「お前は生きていちゃあいけない存在だ……だから、ここでお前を葬る‼」


 服部は叫び声と共に剣を振り下ろした。血狐の体の中央に傷が出来、そこから血が流れた。激しい痛みのせいか、血狐は大きな声で悲鳴を発した。地面に着地した服部は再び飛び上がり、血狐の首に近付いた。


「もうお前を封印させはしない。皆の仇……始末する」


 服部は再び剣に魔力を込め、血狐の首を切断した。血狐の頭はぐらつきながら、地面に落ちて行った。その後、頭を失った体もゆっくりと倒れて行った。


「……終わった」


 服部は小さく呟くと、力尽きたのか、その場に倒れた。


「やれやれ……とんだゴールデンウイークになったな……」


 三刃はそう言ったが、緊張の糸が切れたとたん、全身に痛みが走った。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア‼」


「まだ落下したときのダメージが残ってたのね……」


 姫乃は慌てて三刃に駆け寄った。その時、車が現れた。


「何だ……終わったのか」


「乾さん」


 姫乃は乾に事情を説明した。その後、乾は倒れた三刃と服部、疲労で倒れた海人と休んでいた三郎を見つけた。そして、気を失っている原戸を縛り、車に乗せた。




 血狐との戦いを終え、里の者達は戦死者の遺体や遺品の調査と、血狐の遺体の処理を行っていた。乾は草をかき分けた先で、白也の遺体を見つけた。


「白也……俺より若いくせに、先に死ぬんじゃねーよ……」


 乾は涙声でこう言った後、白也の遺体と、遺品を回収した。




 里の市街地から離れた所に白い建物がある。その建物は里の裁判所で、罪を犯したり、里の掟を破った忍者を裁く所である。もちろん今回の騒動を起こした原戸も、ここで裁かれるのである。


 裁判所内。中央で縛られている原戸は、静かに裁判の内容を聞いていた。


「黒井原戸、貴様は古より封じられた血狐を蘇らせ、里を襲おうとした。貴様を止めるため、何人の忍者が命を失った」


 三郎はここまで言うと、少し間を取って話を続けた。


「貴様が犯した罪は重い。本来なら、貴様は死刑を与えたいものだが……貴様は死刑にはしない」


 三郎の話を聞き、所内がざわついた。縛られている原戸も、にやりと笑った。だが、三郎の話は続いていた。


「貴様には死よりも重い刑を与える‼よって、貴様は永久闇の刑に処す‼」


 永久闇の刑。忍者の里では、死刑よりも重い刑とされている。刑の内容は、里で作られた薬で五感を封じ、更に両手両足を封じて動けないようにする。何も見えず、何も聞こえず、動きも封じられ、何も感じることもできないまま、死ぬまで生き続ける刑である。


「何も見えず、聞こえず、感じず、動くこともできない。貴様は今日から、死ぬまで闇の中で生きよ」


 席から立ち上がり、三郎は去ろうとした。三郎の背中を見て、原戸は叫び始めた。


「止めてくれ‼それだったら、切腹の方がまだましだ‼俺を殺して楽にしてくれ‼頼む、闇の中で生き続けるのは嫌だ‼それだけは止めてくれ‼」


 原戸の叫びを無視し、三郎は部屋から出て行った。それでも原戸は叫び続けたが、黒装束の二人組が現れ、泣き叫ぶ原戸を捕らえ、部屋から出て行った。




 数時間後、服部の屋敷内にて。戦いから先に屋敷に戻っていた翡翠達は、乾から話を聞いていた。


「え~ん‼白也さん死んじゃったぁぁぁ……」


「また会いたかったのに」


 白也の死を聞き、凛音と凛子は泣き始めた。


「凛音ちゃん、凛子ちゃん、帰る前にお花添えて行こう」


「うん……」


 凛子はティッシュで鼻をかんだ後、また泣き始めた。


「ねぇ、お姉ちゃんとあの男はまだ起きないの?」


 凛音は、隣の部屋を見てこう言った。戦いで疲労した三刃と姫乃は、隣の部屋で休んでいる。


「私、様子見てくる」


「あ、私も」


 翡翠と凛子は隣の部屋の扉を開けた。


「失礼します」


「お姉ちゃん、起きた?」


「今起きた所よ。おはよう」


 姫乃がこう言った直後、腹の音が響いた。


「お姉ちゃん……」


「ははは……昨日、久しぶりに龍の力を引き出したから、お腹空いちゃって」


「龍の力?」


 翡翠がこう言った。それに対し、姫乃は返事した。


「龍の巫女だけが使える力よ。簡単に言えば、龍の力を引き出して戦う。まぁその代償で結構魔力を消費するけど」


「私も使えるんですか?」


「修行すれば使えると思うわ」


 姫乃がそう言った直後、再び腹の音が鳴った。


「ごめん、何か食べ物ある?」


 会話後、姫乃は食事を始めた。翡翠は姫乃の横で眠る三刃を見て、こう聞いた。


「お兄ちゃん、昨日の戦いで痛手を負ったんですか?」


「うん。高い所から落っこちた」


「どうしてそうなったんだろう……」


「血狐の頭の上で暴れたのよ」


「お兄ちゃんらしい」


 翡翠は笑いながらこう言った。話を聞いた凛子は、溜息を吐いてこう言った。


「全く、またお姉ちゃんに迷惑かけて……」


「私達より戦いの経験ないから、堪忍してね」


 味噌汁を飲み干し、姫乃は凛子の頭をなでてこう言った。




 服部は里から少し離れた丘に来ていた。この丘は、服部が幼いころ、修行で使っていた場所である。服部は大きい木の下に行き、手に触れた。その目には、涙が流れていた。


「ここにいたのか、茉奈」


 後ろを振り向くと、海人が立っていた。


「海人……」


「多分、茉奈も同じ気持ちだろ。心の整理が出来てないんだろ」


「……ああ。お前もそうなのか」


「……うん」


 海人は茉奈の隣に立ち、木を見つめた。


「白也兄から、いろいろと学んだよな」


「ああ、忍具の使い方とか、忍術の使い方とか」


「立ち回りも学んだな。子供の頃は、あまり理解できなかったけど」


「お前はまだ子供だろ」


「確かにお前より歳は下だけど、もう幼くないよ」


「……そうだな」


「茉奈、俺、もっと強くなる」


 海人がこう言うと、一陣の風が吹いた。


「誰も失いたくない。大切な人を失いたくない。白也兄が死んで悲しいけど、ずっと泣いてたら前に進めないんだ」


「海人……お前、まだ幼いな」


「ハァ!?」


「私も強くなる。私の方がお姉さんだからな。お前に先を越されては自尊心が傷つく」


「そんな理由で強くなるとかいうなよ」


「自尊心よりも、誰かを守りたい気持ちの方がずっと上だがな」


「あっそ……」


 その後、二人はその場で仰向けに寝転んだ。


「白也兄が死んでも、俺ら悲しむどころか、相変わらずの無駄話しかしてねーよな」


「それがいいだろ。悲しんで立ち止まるよりも、前に進む方が。昔から白也兄には迷惑をかけていたしな」


「ああ。死んでまでも、心配させたくないからな」


「化けて出てくるかもしれん」


 会話が途切れ、二人の周囲には風の音が響いていた。


「さて、私は戻る。三刃と姫乃が起きた頃だろう。海人はどうする?うちに来るか?」


「あとで来る。あの爺の後始末をしなくちゃいけないし。用が済んだら来る」


「そうか……分かった。じゃあまた」


「ああ」


 会話後、二人はそれぞれの家へ戻って行った。

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