いいんです

※※※※※


(思ったより長引いちゃった……。早く行かないと咲耶と話す時間がなくなっちゃう)


 最近はあっという間に日が暮れるし、下校の時刻も早まっている。


 今日はいい機会だと思う。

 自分の口から、ちゃんと咲耶に話したい。


(本当はお昼休みに言いたかったけど、いなかったからな……)


 小走りで校舎裏に向かい温室の扉を押し開けると、いつも通りリンリンと鳴る可愛らしいベルの音。


「遅くなってごめん。咲耶」


 いつもならどんな作業をしていても飛んでくるのに、温室はシンと静まり返っていた。


「咲耶……いないの?」


 レモングラスのハーブ畑と、今はたくさんのコスモスが揺れる温室。そのどこにも彼の姿は見当たらない。


「天音さん……?」


 その声に振り返ると、作業用のTシャツを肩までまくり上げた咲耶が立っていた。しかも大きな土嚢どのう袋を2つも担いで。


(え……嘘!? ヒョロヒョロだと思ってたのに)


 細いけれどしっかりと隆起した腕の筋肉、あんな重そうな袋なのに足元もふらついていない。

 ”着痩せする”じゃないけど、制服の中の咲耶がこんなに男っぽいなんて意外。


「い、いないのかと思った……。なにその荷物」

「……」


 僅かに目を伏せながら、彼は温室の中に入ってきて私の横をスッと通り過ぎた。


「咲耶……?」

「近くの農家さんが肥料を分けてくださったんで、運んでいました」


 ドサッと奥のスペースに土嚢袋を下ろし、咲耶はまた黙り込む。

 私たちの間に、言いようのない硬い空気が流れた。


「あ、あのね。私、今日は咲耶に話さなきゃいけないことが……」

「いいんです」


 顔を上げると咲耶の笑顔がある。でもそれはいつもと違う強張った笑い顔。


「いいんですよ、もうここには来なくて。E組の周防すおうくんから話は聞きました」

「え……」


 開けっ放しの扉から吹き込んだ秋風が、リン……とベルを鳴らす。



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