第41話

41.南の町タイノへ

 

 

 森をあとにしたのは、そこに拠点を作ってから一ヶ月以上経過してからのことだった。

 その間にアヤには体調の回復と、この世界に置ける勉強もさせていった。

 

 キョウはすっかりアヤを妹のように可愛がり、シュウは姪っ子か何かのように思えるのか大事にしている。自分は――やっぱり妹のように扱っているかもしれないな。

 

 アヤは、もともと引き籠もりをしていたと言っていたけれど、それが嘘のように明るくてよく笑う子だ。

 シュウとは趣味のせいで話が合うのか、よく一緒にいるのを見かけるが、その手には必ず裁縫道具が持たれていた。それとは別に、キョウと一緒にいるときには、どこかじゃれ合っているようにも感じられ、けれどこの世界のことを学ぶときには真剣な態度で接している。

 

 そうやって少しずつだったけれど、アヤが順応し始めたことを知ると、そろそろここを出るための準備に取り掛かった。

 

 最初、シュウは難色を示していたけれど、いつまでもここにいるわけにはいかないのだ。だって、自分たちの最大目的は――帰ることなんだから。

 

 アヤも概ねそれに賛成してくれている。本当は現実世界が大嫌いなのだと思う。だって、自分を無視するような家族に、イジメを許容するような学校なんか、好きになんてなれるはずもないだろう。ずっとこの世界に篭っているほうが彼女にとっては幸せだと――そうときどき言うほどなのだから。

 

 それでも現実の世界へ戻ることが自身のためだと話聞かせれば、アヤはバカじゃないのだ。素直に『そうかもしれない』と呟いた。もちろん、現実の世界に戻ったら連絡を取り合うことができるように――自分はきっと探し出すだろうと伝えてしまったけれど。

 

 

 まあ、そんなこんなで森を出ることになって準備をして――家を片付けたわけだが。

 

 

「チートめ」

「チートだな」

「チートすぎる」

「意味不明です、みなさん」

 

 そんな会話の中で、まだアヤはその手の本やら漫画を見たことがないらしく、チートというのがゲーム用語での意味としてしか理解していなかった。けれど、自分たちにとっては――ラノベを目にしてたら口にしたくなる言葉は、やっぱり『チート』である。

 だって……結構な容量なんだよ、家っていうのは。ゲームの世界でもインベントリの枠を多く消費するアイテムで、倉庫にしまうのが常になっていたほどのものなのだ。下手したらインベントリ一ページ分を占領しちゃうのが、この大工スキルの作るアイテムたちなのに。

 

「入っちまったし」

「余裕そうだったし」

「まだ余裕だが、何か!?」

「凄いよね、カナさんってっ」

 

 目をキラキラさせているアヤには悪いが、自分にとっても青天の霹靂である。恐ろしい――真面目に恐ろしい。

 このインベントリって、いったいどんな亜空間に繋がっているのだろうか??

 

「マジで怖いわ」

「カナさんが言うほどって『なんだ、それ』って感じなんだけど」

「すげえなぁ、まだ余裕あるとか――オレのもそうなんだろうか?」

「あたしのは、あんまり無理みたいだよ? やっぱり拡張とかしてなかったからかな?」

 

 どうやらそれぞれの容量は確かにあるみたいだ。

 アヤは拡張どころか初期のままらしく、ましてや課金すらできる年齢でもなかったため、インベントリは貰ったままの状態にプラスしてクエスト報酬のみらしい。倉庫はもちろんのこと課金をしてないから連携すらしていないし、そこに入れるほどの荷物もなかったそうだ。

 追記ではあるけれど、この子は騎獣クエストもまだやってなかったというくらいの初心者である。

 

「アヤのインベントリは赤文字出てる?」

「うん。容量のとこ、いっぱいって文字が出てるよ」

「何が入ってるか分かる?」

「うん――同じものは同じ場所に99個ずつ入るんだよね?」

「そうだな、それはゲームのときと変わってない気がする」

「あのねー。ドロップで貰ったお菓子とかステーキとか、あとはクエストの報酬で貰ったステッキとかなんか、そんな感じのがあって重ならないものも多いみたい」

「そう――いらないもの、必要のないものは、アイテムバッグにしまって一括にまとめるってのがいいかもな」

「あ!!」

「それか!」

「裏技すぎ、カナさんっ!」

 

 あのな――少し考えれば分かることだろうが。とは言わずに仕方なく持っていたアイテムバッグをアヤに渡してやった。

 

「明日までにはできそうにないだろうが、おいおいやっていけばいい。アイテムバッグのひとつは背負っていけよ? インベントリを隠し通さないといけないからな」

「はい!!」

「あとは――お前ら、目を輝かせてないで、町ででも調達しろ! 自分だってアイテムバッグを何個も持ってるわけじゃねえんだ」

 

 そりゃ確かにアイテムバッグもそれなりに用意はしてある。それというのも、こうして仲間を見つけた際に買い物へ行くたび購入しているのだから。それでも、だ。自身たちで準備するくらいできないことじゃないはずなのだ。フェネスでは、それぞれ買い物にでかけた際、色々と買ったりしてたんだから。

 

「あー、そうだな。甘えはよくない」

「えー? シュウさんまでー? 僕、アイテムバッグのことまでは失念してたんだよ、カナさん! 一個だけ融通……」

「ダメですよ、キョウさん! 何もかもカナさんに助けてもらうなんて、甘えちゃダメなんだから!!」

 

 頬を膨らませながらキョウの背中を叩いているアヤは、とても愛らしい。本当に可愛らしい。その姿を見ているだけで和む――のだが、キョウはっていえば、そんなことをしているアヤに対してまで膨れっ面を見せつけていて。

 自分が蹴り飛ばしても、問題はないはずだ、うん。

 

「ちょ、カナさん、マジで酷い!」

「キョウ、お前が悪い。年下のアヤにまで叱られるとか恥ずかしいぞ!」

「えー!? アヤ、そんなに怒るか? 普通。年上が年下の面倒を見るのは当然じゃんか!」

「その考え、最低です!! それなら、もっとあたしのことだって面倒見なきゃダメじゃん、キョウさんはっ」

「あー、でもさ」

「カナさんが優しいからって甘えてばっかりとか――マジサイテー」

 

 女子の、この手の言葉を言う際の迫力ときたら――自分が言われたら、マジで凹むな、これは。当然、キョウは思いっきりショックを受けて固まっていたが、これは放置の方向でいいだろう。

 

「じゃあ、行こうか――まず、この先で目指すのは」

「「タイノ!」」

「オッケー。ちゃんと分かっててくれてよかったよ。じゃあ、みんな、行くぞ――キョウ、置いていかれていいならいいが、パドルが呆れた目で見てるぞ」

「げっ、パドルまでー! 僕を見捨てないでよ」

「グラン、頼むぞ」

『任せろ。アヤ、可愛いからな』

「てめぇは一度、本気で調教し直そうか」

『大丈夫! 自分はとっても良い騎獣だ!!』

「自分で言うな、阿呆がっ」

「グランくん、よろしくね!」

『任せておけー!』

 

 騎獣――マジで調教決定だな。次回、こうした場所についたら、絶対に強制調教してやる。

 

 全員が騎獣に乗り込むと、結界の解除と幻影の解除を行った。もちろん人のいないことを確認してから、だけど。

 

 

「凄いね――本当にゲームの世界なんだね、ここ」

「ああ。現実的な世界だけどな」

「NPCのいない世界」

「ああ、そうだ」

「騎獣がしゃべるし」

「これは、自分たちにしか聞こえてないけどな」

「うん……何もかもが、元の世界とは違うことばっかり」

「それでも――帰るぞ」

「はい! 絶対に帰って……でも負けそうになったら」

「その前に見つけに行くよ!!」

 

 後ろから聞こえてきた声はキョウのもの。そして、そちらを向けば大きく頷いているシュウもいた。

 それを見ながらアヤは嬉しそうな声で笑い出す。

 

「あたしもっ! あたしだってみんなを探しに行くから!」

「ああ――きっと見つけられるさ。だって、少しずつ自分たちのいた環境を思い出してるんだから」

「うんっ!!」

 

 

 新しい仲間ができて、新しい旅が始まる。

 この先に何が待っているのかは分からないけれど、同じ思いを持つ仲間と一緒の旅。

 楽しいだけじゃないだろうけど、辛いばっかりじゃないはずだ。

 

 さて、お次に向かうはタイノの町。フェネスを守るように作られているという南の町だ。

 

 

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