第40話

40.

 

 

 森の中で拠点を作ってから二週間ほど経つと、アヤの体力も完全回復してくれた。まだ、すぐに疲れてしまう傾向はあるけれど、自分の意志でもって動き、食べて寝るという普通の行動はできるようになっている。

 

 ただやっぱりそうなったお陰のせいか、少しずつ戻り始める記憶の中で、彼女はときどき魘されることもあるようだった。そのため一緒の部屋で眠ることは未だにやめずおいた。

 

 

 よくよくアヤの話を聞くようになったのは、一緒に過ごす時間が一番多い自分だからだったと思う。

 彼女の一番傍にいたせいか、女であることも隠していないせいだったのか、一番に気を許してくれている。心の開き方も男性たちに比べると大きいと思えるほどには。

 

 だから思い出したことを一番に話してくれるのも自分だったのだろう。

 

 元の世界での彼女は、所謂引き籠もりの少女だったという。

 中学二年生になった彼女は、クラスでも少し浮いた存在だったのか、イジメにあっていたのだと泣きそうになりながら言っていた。ついでに家庭でも彼女の居場所がなかったのだという。

 なぜなら――彼女の周りには学歴主義者ばかりが集まっていたから。

 

 両親も有名な大学を卒業しており、母親は指導者に、父親は研究者をしているそうで、それに倣うよう彼女の姉も進学校と有名な高校へ上がり優秀な成績を収めているとか、弟と妹がいるらしいがその子たちもアヤが残してきた成績を上回り、弟に至っては家族の中でも父親によく似ているほどの優秀な学歴を保持しているのだという。

 

 そんな中でアヤだけは普通だったそうだ。

 それなりの成績を残してきたけれど、家族にとっては普通――落ちこぼれというものだったという。

 

 けれど、アヤは決して馬鹿な子でも阿呆な子でも、ましてや人の心をが分からない落ちこぼれとは違う。

 一般的な中学生だと言っても過言じゃないだろう。

 極々一般の、普通の女の子。そんな子が、落ちこぼれな訳がないのだ。

 

 少しだけ卑屈になって話をしていたアヤだったけれど、自分を含めキョウやシュウに『それは違う』とハッキリ反論されたことにより、少しずつだけれど自分に自信を取り戻しつつあるようで、たった二週間という時間の中でも、自分たちには充分に心を開き始めていると思える。

 

 

 

「じゃあ、この世界にきたときはクエストでモンスターと戦ってたってことか」

「うん……メインのクエストじゃなかったけど、少しだけお金がいいのと、面白そうなアイテムがもらえるっていうので、やってたんだ」

 

 今、キョウは森の中へ行き魔物を狩る練習をしに行き、シュウは索敵の練習だと家の外で術を行使している中で、アヤは同じ部屋でまったりと裁縫をしながら自分に語ってくれていた。

 いつもそうだ――最初に必ず自分へ話を始めてくれるアヤ。たぶんアヤにとって同性でもある自分は、一番話しやすい状態になりつつあるのだろう。

 今までの現実世界でならありえない年上の存在――それは彼女にとって、恐怖対象でしかなかったはずなのだが、アヤは自身を守り救ってくれたカナ(自分)という存在を『理想の姉』のように感じているみたいだった。

 上書き保存ができるなら、それでいいと思う。まだ何も分からない世界で、ひとりでいるよりも少しだって信じられる存在が傍にいるのだと、そう思ってくれるだけで。

 

「もしかして、ジョージの悩みとかそんな題名のクエスト?」

「ああ、そんな感じだったと思います」

「じゃあ、駆除は蜂みたいなモンスターか」

「うん――でも、気づいたら知らない人たちに囲まれてて、そこからは何がなんだか分からなくて」

「気づいたら、ここに居たのか」

「うん……怖かったのだけは、覚えてる」

「じゃあ、犯罪奴隷になったのも覚えてない、と」

「奴隷……になったのは、分かんない。でも、いっぱい文句言われてたのだけは覚えてる」

「人を殺したっていう罪を犯したことになってたが」

「――人を!? そんな……そんなのっ」

「うん、落ち着け、自分は信じてないから」

「やだ、だって……そんなのっ」

「大丈夫だから落ち着けって――たぶんだが、この世界へ墜とされた連中みんな、訳が分かってない状態だったはずだから、そのへんの弊害だろう。クエストの最中ってことは武器を使用していただろうからな、その辺で勘違いされた可能性が高いのだろう」

「……そんな、の……ないよ」

「安心しろ。アヤの犯罪奴隷ってのは、確かに刑期は長いけど、その証は消せる――それこそ、自分たちの持っている術で、消してある」

「――え?」

「言っただろう? この世界の仕組みやら自分たちの存在がどんなものなのか」

「あ……うん」

 

 言いながら自分の体を確認し始めるアヤ。けれど、そこのどこにも奴隷の証などついていないのだ。なぜならば、そんな術よりも遥かに自分たちの持っている魔術のほうが上なのだから。もちろん、それを行使したのは自分だけじゃない。キョウとシュウ、三人の魔力を使ってアヤにつけられていた奴隷の証を消し去ったのである。

 

「魔道具で記された書類などは残っているだろうけど、それで行使できるものは何一つとしてない。ついでに、自分たちがアヤを見捨てることもないから安心しろ――と言っても、まだ無理だろうけどな」

 

 今までの家庭環境を考えれば、こんな言葉ひとつ程度でアヤの安心を勝ち取ることはできないだろう。それでも何かがあっても手を離さないと言葉にしておくことは大切だと思うのだ。

 アヤも、そんな自分の言葉を聞いて少しだけ顔を歪めはしたけれど、泣き出すこともなく『ありがとう』と言えるだけになっている。今はまだそれで充分だろう。

 

「アヤはまだ子どもだからな。突然知らない場所で、知らない連中に囲まれたら――そりゃ、ああなるか」

「――それだけ、だったのかな?」

「あぁ……やっぱ女の子だなー! アヤは」

 

 頭を撫でてやりながら『大丈夫だったぞ』と言えば、目を丸くしてこちらを見つめてくる。その目は本当に純粋な子供のそれで――少しだけ胸が締め付けられた。

 

「まだ意識がないときに、身体検査しておいた――といっても、アイテムを使ってだけどな。ほら、状態異常を見るためのアイテムがあるだろ?」

「え……? あ、なんかそんな説明、見たことがある」

「あー、そっか。まだアヤは始めたばっかりだったから、知らないかもな! 店売りのは大した効果はないけど、クエストで貰えるアイテムのほうは面白い名前がついててさ――その名も『人種関係ない人体ドック』ってやつなんだ」

 

 名前を口にした途端、目を丸くし次の瞬間には大笑いを始めたアヤに、自分も一緒になって笑った。久しぶりに声をだすほど、安らぐような笑いだ。

 

「それで検査した結果――女にしか見せられない項目以外は、あいつらにも見せたけど、女性なら気になる部分は、ほら見てみ」

 

 アイテムを使用すると、そのアイテムの先端から紙がビロローって出てくるあたり……ファンタジーだな、本当にと思わざるを得ないが、この世界でもこんなものはお目にかかれない異物でもあると思う……真面目に。

 けれど、そのお陰で目に見える形で身体検査の結果が分かるんだからありがたいと思うわけだ――チートなのは、アイテムだけの気がしてきたぞ。

 

「これは、アヤを見たときにアイテムを使った結果。ほら、書いてあるだろ?」

 

 検査結果と書かれている紙を見せてやれば――顔を真赤にさせているアヤがいた。そりゃそうだろう、そこに書かれている診断結果というのは偽れないものなのだから、アヤの健康状態から何から記されているわけで、そんな中で女性特有の場所に記載されている文字を見ればまだ幼いアヤにとっては衝撃とも言えるものだっただろう。

 

「だから心配してない」

「――カナさんっ!!」

「あ、あいつらにも見せないから安心しろ――そこは絶対に死守した」

「で、でもっ! だってっ!!」

「大丈夫だって――でもな、アヤ。あいつらもそのことについては心配してたんだ。特にシュウは大人だ。だからこそ余計に心配してた。あいつ娘がいるんだってよ。そのせいもあって、アヤにそんなことがあったらって泣きそうになってた」

「……え」

「だから、その部分は見せていないけど、そういうことはなかったとだけ教えておいた。それだけじゃない――キョウだって同じだ。あいつはまだガキだけど男だ」

「カ……カナ、さん?」

「でも、だからこそ男の習性ってのを知ってるんだよ。想像して妄想して――アヤにそんなことがあったのなら、って泣きそうな顔をしてた。アヤが意識のない間、ずっと森の中で薬草探しをしてたのは、男であるキョウの顔を見せたらって心配だったからみたいだ」

「――そ、んな」

「だから診断したし、結果も知らせてある。もちろん文字としては見せてないけど――それでも、そのことを知れば、あいつらも安心する」

「あぁ……あぁああっ……」

「恥ずかしいかもしれないけど……」

「ち、違うの……違くて……カナさん、カナさんっ!! ああああああっ」

 

 いきなり泣き出したアヤは、縋り付くように抱きついてきて、そのまま大きな声で泣き出していた――そこにあった言葉は『嬉しい』というようなもので。

 

「あんま、自分自身を卑下すんなよ?」

 

 そんなふうに言ってやれば、アヤは何度も何度も頷きながら、けれど泣き止むことはできそうになかった。それだけ色んな心配もしてきたのだろう――けれど、これを機会にアヤが魘されることは、なくなった。

 

 

 

 少しずつ、本当に少しずつのリハビリ。

 キョウは自身が調べた、この世界においてのメモ書きをアヤに見せて教えている。

 シュウは自身の料理スキルで栄養を与えつつ、裁縫スキルで癒やしを与えていた。

 

 自分は――ただ見守るだけ。話を聞くだけ。答えられることを答えてやるだけ。

 

 けれど、アヤは少しずつでも回復していき、そして自身の力を発揮し始めるまでには、それほどの時間は要さなかった。

 

 

「あたしね、エルフ族を選んでいたの! だから魔法も少しだけどできるみたい」

「あー、エルフ族だったのか! それで何か魔術とは違ってたんだな」

「うん! アーチャーだから遠距離になるけど、みんなの援護くらいはできるはずなんだー。レベルは低いけど……それでも少しなら。魔法をもっと使えたら余計に上手くできると思うんだけど」

「それ、人前じゃ厳しいかもねー。でも、遠距離はいいかもしれないよ? ね、カナさん」

「ああ。本当に助かるな。できるだけアヤには前線に立たせたくないからな」

「え? そっち?」

「そこなのか、カナ」

「他に何があった!?」

「――いや、ないかも」

「うん、確かにそうだな」

 

 まだ子供のアヤに何をさせようと思ってたんだ、こいつらは――悪いが自分は、まだ小さいと言って過言じゃないアヤに闘いの先頭へ行かせるつもりなどないぞ。

 まあ、キョウに関しても同じだけどな。こいつは少しだけ臆病なところがあるし、今は森の中で必死に戦っているっぽいけど、まだ魔獣のみとの戦いだけだ。魔物――ヒト型になれば、きっと難しいものがあるだろう。

 シュウは――うん、大丈夫そうだ。こいつ、もしものときには人間族ですら手に掛けられる気がする。人の親だという彼にとって、守るものというのが何かをよく知っている顔をしているからな。

 

「とにかく、そういうことならときどきは助けてもらうとして――できたら、アヤ。人前での魔法は」

「うんっ! こうしてお家の中でだけにする。でもね、それでも役に立つんだよ」

「へー」

「その辺はおいおいだな。アヤ、今は美味しいものを食っておけ。キョウが取ってきたらしいしな」

「はい! キョウさん、ありがとう」

 

 お礼を言われたキョウは、少し恥ずかしそうに、照れたように笑いながら『どういたしまして』と答えていた。

 ある意味では――家族のようにも感じられるけれど、まだまだ未完成な仲間同士といったところだろう。

 それでも――。

 

 

 やっぱいいな、こういうのは。

 もしも、アイツラがいるなら――会いたい。

 一緒にゲームをプレイしてきた――長い付き合いとなる連中に。

 

 

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