第39話
39.
数日後、ようやく声が出るようになった女の子は、自身の名前を『アヤ』と告げた。
まだ起き上がれるだけの力はなく、やっと座ることができるようになった程度の体力だったけれど、ポーション入りのスープを毎日毎食飲んでいたお蔭で、顔色も肌の色も良くなりつつある。
アヤは、この世界へ来たときのことを覚えていなかった。いや、きっとまだ混乱していて思い出せていないだけかもしれない。だからこそ注意が必要だと、本人にも教えておいて一緒の部屋で過ごしている。
けれど、それを少しだけ嫌がる素振りを見せるアヤ。なぜかと問えば――生理現象のことだった。それは女の子として当たり前で、とても自然な羞恥心だ。男の子だって嫌がることなのだから、女の子にとってはその数倍と言えるだろう。
とはいえ、浄化を掛けていることでアヤの体はいつだって清潔だった。トイレにも行けないし、お風呂にだって入れなかったのだけれど、決して汚れてはいないのだ。何とも素晴らしい魔術なのだけれど、アヤは理解してなかったようだ。
ということで、ちゃんと実践して見せてやった。もちろんトイレに行きたいというのであれば、中までは介助してあげられるし気にしなくていいと伝えてあるけれど、もしものときにだって安心して欲しい思いを実践に込めてやったのだ。
泥だらけの布を持ってきて浄化の魔術をかける。
あら不思議。とってもきれいになりました。
それを見せた途端に、まだ完全じゃない体力で飛び起きてから――また布団に沈んだアヤに、全員が苦笑を漏らしたのは言うまでもなかっただろう。ついでに羞恥心からアヤが数時間ほど拗ねて布団の中から顔を出さなかったことも――。
アヤという子が14歳だとだと分かったのは、彼女が目覚めてから四日後のことだった。
まだ記憶が曖昧なため、元の世界のことも不確かにしか思い出せないようだが、それでも自分の愛称(この場合はゲーム名かもしれないが)と年齢、それと通っていた学校のイメージだけは思い出せているそうだ。けれど、学校のことに関してはあんまり良い思い出がないみたいだけれど。
普段から煩いキョウは、アヤの世話をやきたがる。どうやら現実世界ではひとりっ子だったせいで、アヤを妹のように感じているようだ。
シュウは至っていつも通りだったけれど、アヤの生産スキルが裁縫だと知って、少し浮かれていた。しかもアヤは趣味で手芸をしているんだと聞けば、余計にはしゃいで裁縫談義まで始めるほどだった。
まあ、いわずもがなだが、そんな二人を見てキョウは拗ねまくっていたんだけどね。
自分はアヤが元気になってくれるのであればそれでいい。
まだまだ混乱している記憶に関しては心配もあるが、少しずつ取り戻し始めた感覚を大切にしてやりたいと考えている。
さてアヤが目覚めたことによって中断されていた家のリフォームだけど、少しずつ食事らしい食事が摂れるようになったことからも再開することにした。
設計図の大半は出来上がっているため、あとは詳細を書き込んでいくだけである。各部屋の壁紙や扉の色などを書き込みながら、外観の色や屋根の色なども考えながら入れていく。ときどきアヤが覗き込んでは、いいなとか綺麗とか想像しながら言ってるのが楽しくて、窓を大きく取ったのだとか説明していく。
そうして半日ほどゆっくりと時間をかけて作っていった設計図と詳細図は、思っていた以上に納得のできるものとして出来上がった気がする。
「じゃあ、ちょっとやってくる」
「はい」
「シュウを呼んでおくからカーテンやクッションなどを考えておいてほしい」
「え?? あたしが決めてもいいの?」
「アヤとシュウで決めるんだよ」
にんまりと笑って言えば、頬を紅潮させて目を輝かせている。それを見て、本当に回復しつつあるのだと安心した。
「頼んだぞ」
「うん!! 任せておいてね」
アヤの返事を背中に聞きながら、部屋を出るとシュウに声をかけた。話を聞いたシュウが嬉しそうにアヤのところへ行くのもしっかり見送ってから、外に出る。
そして――。
「アヤとの合作、できあがりだ!!」
資材と設計図を置いてから魔力を存分に注いだ結果、今までキョウと使っていた家が見事なまでに『家』へと変身した。
そりゃ確かに今までも家だったんだけどね――ゲーム内で作った弊害なのか、それとも自分の能力不足だったからなのか、仮設住宅に近いものだったのだ、今までは。けれど、今は完全なる『家』と胸を張って言えるほどのイイものができたと自身を持って披露できた。
「すっげーな……」
「だろう?」
「カッコイイ……」
「そうだろうとも!!」
「きれーい!!」
三人が三人共絶賛するお家とは――はっきり言えば田舎にある洋館を真似っ子したような、日本家屋である。笑えるけれど、どこかのアニメにでも出てきそうな、漫画になっちまいそうな、そんな家だ。
木造であるのは、自分たちが持っている資材で一番多いのがそれだったから。
真っ白な外装に、玄関の辺り中央付近に三角屋根をつけたのはアヤの提案で、色は小豆色になっている。他の屋根部分の色は渋い茶色にしたのは玄関の色をより強調させるため。でも……残念なことに瓦じゃないのだ。まあ、当然だけどゲーム仕様の生産スキルなのだから、そこまで匠的に作られていないのである。
2階建てにも見えなくない作りになったのは、ロフトじゃないけれど荷物置き場として屋根裏部屋をそれぞれの部屋に作ったからだ。所謂、収納場所を増やすためである。まあ、工房だからね――それなりに収納がないと足の踏み場もなくなってしまうだろうから。もちろんインベントリに入るものは入れまくって欲しいところだけれど。
入り口には少し広めのスペースを作って、靴の装着が楽なようにしておいた。家具はまだないけれど、いずれは靴箱も作るつもりでいる。もちろん名前入りで色違いにしながらボックス型で。
少し段差を作ったのは、靴を脱いで家に入るというスタンスをもとにしてあるから。
さて、中に入れば――。
「わー! こんなに広いリビングダイニングなんて見たことない!」
「おお、キッチンも機能的っぽいな! ここはまた手を入れられるのか?」
「凄い凄い凄い! こんな素敵なところでご飯を食べるの? みんなで集まれるの!? かっこいい!!」
まだ家具はないのだ――ないんだよ、みんな。何をそこまで感動しているのか分からないが、某TV番組みたいにモデルルームよろしく何かを置いているわけじゃないのだよ? ねぇ……そこまで感動するものなのか?? だだっ広いだけの空間を見て――どうして、そこまで感動できるんだ? というか、妄想しているのだろうか??
キッチンに関しては、シンクやら何やらは置いてある。魔道具のコンロも三口で作られているけれど、まだ使えるものではないわけだ。水は通してあるけれど、だからってすぐに使用できるわけじゃない。魔石ってやつもついてないんだから。
それなのに、それなのに――コイツラは、どこの部屋を見ても感嘆の声を上げ、嬉しそうに笑い、そして喜んでいた。
それを見ながら、どんどん冷静になっていく自分――否、冷めていく自分がいる。
だって、この家の中の家具を作るのも、自分なのだから。
「悪いんだけど――使用できるようになるには、まだ時間が掛かるぞ」
「え!?」
「なんでだ!?」
「あとは家具だけじゃん!!」
その家具を作るのに労力が必要だからだろうが!!
思わず顔を顰めてみれば、その意味を即座に察したキョウが慌てて距離をとった。
「向こうの家は突貫でも何でも、即座に作らんといけなかったから、どうにか設計図自体に書き込んで凌いだけれど、今回はちゃんと吟味する必要があるだろうがっ! 工房にしろ、キッチンにしろ、リビングダイニングにしろ、だ。個人の部屋なら、あとから好き勝手にできる――町で家具を買い付けることだって難しくない。けど、今回は工房なら工房で、拘りがあるだろうがっっ! ついでにリビングダイニングは寛げなけりゃ意味がない。寝るだけの部屋と、こういった場では意味がぜんぜん変わってくるだろうっ」
一気に言い切って息切れしてしまうほど疲れていたことに気づいた。ほんと、マジで疲れていたのだと心から思う。なにせ、設計図は書かれていたけれど詳細などは半日かけて作ったもの。ついでに、そのあとは資材を出して魔力を満遍なく惜しみなく存分に使ったのだ――精神的に疲れていても当然の話だろう。
「ごめん……」
「カナさん……ごめんなさい」
「悪かった」
それぞれが自分の疲弊ぶりにようやく気づいて頭を下げてくるけれど、それに構っていられるだけの余裕もなく、確かに自慢はしたかったけれど、これ以上は立っているのも一苦労だと早々に部屋へ戻ることにした。
「悪いけど、休む――寝ればどうにかなるから。飯はいらん」
「あ、カナ!」
「すまん……今は無理。何も聞こえない」
いや、聞いてもいいんだけど余裕がないのだ。本当に眠くて眠くて仕方ない。魔力切れだとかの症状ではなく、あんまりにも集中してやったため、睡魔が――。
「眠い……寝る」
言って部屋に特攻し、そしてベッドに飛び込んだ。
その後、みんながどんな顔をしていたのかまでは、覚えてないし見てもなかった思う。
ただ、シュウが『アヤも寝かせてやってくれー』と叫んでいたのだけは、何となく覚えている気がした。
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