第38話

38.

 

 

 二日間はまったりと過ごした。

 その間にキョウは森の中を探索しに行き、人がいないことを確認しながら薬草あさりをしに行った。シュウはシュウで、布と睨めっこをしながらデザイン画を描いている。その絵はとても繊細で、本当にその手の仕事をしてたんだなと分かるものだった。

 

「色んなことを思い出すよな」

「そうか?」

「うん――現実世界、と言っていいのか分からんけど、元の世界のこと、少しずつ思い出す。自分の本名とかは思い出せないのに嫁の顔や子供の顔は鮮明になってくんだ」

「あぁ……あんまり急にやると苦しくなるぞ」

「そうだな――最初はそうだった。ここ数日は、思い出しているのが仕事のことで、こうしていると気が休まる。いや違うか、気が紛れるのかもしれねえ」

「まあ、そんなもんだろ」

「カナも、そういうの、あるか?」

「そうだな……まあ、色々だ」

「そうか。でも、カナは大丈夫か?」

「――どうかな。まだときどき揺らぐよ。けど、揺らいでいる暇はないだろ?」

 

 揺らいだ気持ちがときどき心を占領して、下手したら墜ちそうになる。だけど、そんな余裕もないのだ。いや、そんな余裕を持っちゃいけないのだ。

 今は仲間がいる。そんな仲間たちのお蔭で、随分と背中が軽くなった気もしている。もちろん、その分の重みも増したのかもしれないが。それでも独りじゃないという事実が、自分を強くしてくれるのも真実なのだ。

 

「カナ――無理だけはしないでくれよ?」

「大丈夫だ。今は独りじゃないから」

「おう、頼れよ? まあ、あんま頼りないかもだけどさ」

「いや、仲間がいるということが、心強いんだよ」

「そうか」

「そうだ」

 

 互いに苦笑いをしつつ、手元の作業は決してやめない。

 自分はただ女の子の手を握っているだけなんだがな。

 

「でも、この部屋に入ってよかったのか?」

「この子にもシュウに慣れてほしいからな。キョウもだけど」

「あいつは、この子に良くなってほしくて、色々と研究してるみたいだけどな」

「薬草探しか」

「みたいだぞ。少しでも飯を食えるようになってほしいそうだからな。ま、オレが言ったことを必死に繋ごうとしてるだけだが、それでもアイツらしいだろ?」

「そうだなー。単細胞だし」

 

 一枚、また一枚と増えていくデザインには、ドレスだったり可愛いワンピースだったりが描かれており、ついでに色まで付けられていた。

 そうそう、この世界には色鉛筆やパステル、ついでに多様な絵の具も存在する。この色を出す素材も元の世界とは異なっているが、それはそれでファンタジーだからと言い切っておく。まあ、自分たちが使っているのは、生産スキルで作ったものだけど――。

 

「これ、この子に似合いそうだな」

「だろう? お姫さまスタイルよりも、町娘スタイルのほうが似合うと思ったんだ。ほら、エプロンドレスって子どもが着たら可愛いだろ?」

「ああ。それは言えてる。とくに小中学生だよな」

「そうなんだよ!」

「それと、こっちもいいな――明るい色を使ってる」

「ああ、それな! そっちはお嬢さま風にしてみたんだ。あとは、こっちのパンツスタイルだけど騎士風だ! どうよ」

「そうだな、確かにカッコイイんじゃねえの? 女の子が着ると一段とカッコよさが引き立ちそうだ」

「だろう!? きっと、その子に着せたら似合うはずなんだ――早く着せたいよな」

「あー、その前に前の家のリフォームかぁ……ついでに工房とかの道具作り……怠い」

「そう言うなって! 今、頼れるのはカナだけなんだしよ」

 

 分かっちゃいるんだけどな。一気にやらないとどうにも落ち着かないため、設計図を出してはいるけれど、未だに手を付けられずにいるのだ。資材は揃ってるし、問題はないんだけどな。

 

「そういや、そっちの家とこっちの家って繋げられるのか?」

「そりゃ繋ごうと思えば――けど、そうなると持ち運びはできないけどな」

「あー、出すときに近づけることでもいいのか」

「行ったり来たりが面倒だとか言うなよ? そのうちにキャラバンを手に入れたら、もっと倉庫の幅が広がるから、そんときならどうにかなるだろうけど」

「――キャラバンか」

「ああ、キャラバンだ」

「いいよな」

「当然だ」

「ただ――」

「ん?」

「騎獣たちが、拗ねるんだよな」

「は? 何でだ?」

「え? 当然だろ? 出番が減るんだから」

「あー、変なことを考えているようだが――」

「なんだ?」

「普通にキャラバンで休みもするが――奴らは移動中、遊びがてらに外で走ると思うぞ」

「は?」

「グランが言ってたからな。キャラバンの話をしたら、早く欲しいって。疲れたら休めるし、外も走り回れるし、キャラバン便利って――」

「そんなもんなのか」

「そんなもんなんだろ」

 

 ため息を吐きつつ返答すれば、シュウは呆れたのか、それとも悲しかったのか、肩を落としてデザインに色を塗り始めた。まぁ、言いたいことは分からないでもないが、奴らに甘い期待はしないほうがいいだろう。もしかしたら、うちのグランだけかもしれないがな。

 

「そういえば、今は騎獣たちも向こうの家にいるけど、アイツラ用の家は作らないのか?」

「いらないそうだ」

「マジか」

「屋根があればいいからってんで、玄関辺りに寝床作ってくれって言われた――しかも、お前の……なんだっけ?」

「キッドに?」

「ああ、そうそうキッド。ついでにうちの……グランな」

「あー」

「パドルは何でもいいそうだ。寝る場所がどこでも、相棒の近くにいられればそれで問題はないとか言ってたから」

 

 そうか、と呟いたシュウは、どうやら騎獣たちにも可愛い部屋を作ってほしかったらしい。すまんが、今の自分には余分な力は注げそうにないけどな。

 

「さて――じゃあ、あっちのほうもやっちまうかな」

「おう……頼む」

「そんな気落ちすんなよ」

「まーなー」

 

 本当にキョウにしてもシュウにしても、よく分からないところで拘りがあるみたいだ。自分にとってみたらどうでもいいことを必死に考えて――まあ、自分も同じとこはあるから、人それぞれってやつなんだろうけど。

 

 

 

 設計図を広げながら、女の子の寝ているベッドに寄り掛かる。少しでも近くにいれば、この子はどうやら安心するらしいことも、ここ数日で理解している。

 時折り何かを探すように彼女の指先だけが動いているのも、もう見慣れてきているし、それはキョウもシュウも確認していた。そして――その指先に彼らが触れても決して拒まなかった。特にシュウの手を好んでいるようにすら感じられるほどに。

 

 

 とにかく今は前の簡易で作っていた家をリフォームすることに専念する。

 風呂場のあったところとキッチンを繋いで大きな間取りにして、自分とキョウの寝室だった場所もダイニングやリビングと繋げていく。というか、消しゴムで境を消していくというのが正解かもしれない。そうして、長方形の形に戻すと、あとは部屋割りやら大きさを設定してく。

 

 持ち運ぶにはそれなりの容量を計算しなければならないだろうけれど、どれだけの大きさがインベントリに入るのかすら分かっていないため、できるだけ大きめに作ってみた。

 今回は簡易だった外観も変えていくため、そちらの書き込みも必死だ。

 

 

 その後は珍しくも設計図に集中していた。何もかもを忘れていたし、ついでに声を掛けられても気づかないほどの集中力。

 確かにこういうときってのは誰にでもあるのだろうけれど、最近ではなくなっていたように思う。

 けれど、集中しすぎることには良くないこともあるわけで――すっかり他のことなど気にも掛けず、設計図にのめり込んでいたのだ。

 

 だから気づかなかった――本当に、他のことなど気にも止めていなかったから。

 

 

 

「カナ!!」

 

 思いっきり背中を叩かれて、その痛みから集中を解けば――そこには心配そうな顔をしているキョウとシュウがいた。

 けれど、それだけじゃなかったのである。

 そう、本当に周りに気を配れなくなるほど、集中していたのだ。

 

 

「あ……え?」

「やっと眠り姫さんが目覚めたんだ」

 

 言われて女の子に意識を持っていけば、そこにはまだ横になったままだったけれど、確かに手を伸ばして自分の肩に手をおいている女の子がいた。

 その目は――まだ力が弱く感じられるものの、空虚を見ていない、自分たちを意識しているそんな目だったのだ。

 

 思わず女の子に振り向いてみれば、その子は目に涙を溜めながらもう片方の手を伸ばしてきた。

 

「――」

「目が、覚めたんだね?」

「……」

 

 まだ声らしい声がでないのだと思う。ずっと声を出していなければ、それも当然だろう。

 だけど、彼女の目にも顔にも、きちんと意思を持った光が差している気がした。

 

 

「良かったね――ああ、本当に良かったね」

 

 コクコクと頷いている女の子は、必死に自分へ手を伸ばして――それを握ってやると、ようやく安心したように涙を零す。それはとても――とても綺麗な涙だった気がした。

 

 

 

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