第37話

37.

 

 

 家の完成は、さすがゲーム補正のお陰だろう、割りと早く決着が着いた。

 今ある家のほうの手入れは後回しにして、先に個人部屋の家を集中して作ったからこその早業と言えるだろう。時間にして24時間強。それで作れる家って――本当に、何なんだろうな?

 

 そう、この生産スキルってのは色々と怖いものがあるのだ。

 

 ゲームの中での生産スキルっていうのは、それぞれ個人工房というのが異空間に存在しており、そこに入って作りたいものを選択し、精算ボタンを押すだけで作ることが出来た。

 けれど、この現実世界となったゲームの世界だと、それは難しくなるわけで――だいたいにおいて個人工房という異空間に入れないのだから当然とも言えるだろう。

 そんな中で、今までゲーム内で培った生産スキルが消えることもない現状ではどうするのかといえば、とても恐ろしいほどまでのチートが発揮されるのだ。

 

 鍛冶や彫金などは製図と素材、そして道具などを使い作ることが可能となる。もちろんほかも同じくなのだけれど――大物の生産となると違ってくるらしい。なにせ、自分の持っている大工の生産スキルがそうなのだから。

 

 まず、設計図を作る――その際に、事細かな指示も入れておくことが重要となる。広さや物の大きさなども明確に書くとなお良しとなるが、その辺は大まかでも『このくらい』って入れるだけで充分になるんだから怖いくらいだ。

 中の場合はキャドみたいな立派なもので書かなくても大丈夫ってのが――チートなのだと思う。お部屋がどんな形なのかにも寄るけれど、基本的に日本人の感覚なら四角を中心に長方形だったり台形だったりと角ばったものを考えるだろう。バルコニーやら出窓なら半円を想像するけれど、部屋となるとそう考える人のほうが大多数だと思う。偏見かもしれないけれどね。

 

 それはともかくとして、外観にしろ内装にしろ、仔細を書いていけばいいだけのこと。そして素材を取り出し――魔術というか魔力を込めていくのだ。

 このとき、魔力が少ないと全部ができないで中途半端になるけれど、続きで魔力が戻ってからやれば更に進み、そして完全になるまで魔力を注げばいいだけなのだ。ただし、生産スキルを保持している者の魔力でなければならないのだけれど。

 

 更に自分の生産スキルがチートだと思ったのは、部屋ごとの設計図を大きく作ったものに繋ぐだけで――そうです、作られてしまうのだ! まあ、これもまた問題としては生産スキルを保持する者、同一人物によって作成されたもの、文字ひとつも決して他の人のものが混ざっていないものという制限はあるのだけれど。

 

 それでも、だ。

 たったそれだけで作られてしまうのであれば、はっきりとチートと言われても反論はできない。ああ、できないのだ。

 

 

「まさしくチート」

「すばらしくチート」

「恐ろしいほどのチート」

 

 三者三様に形容はされているけれど、すべてがチートの言葉で締められている。いや、実際に自分だってそう思うのだから、他人にしてみたら余計だろうなとは思う。思うのだが――納得はできなかったので、キョウとシュウのケツ蹴りは入れさせて頂いた。すまん、腹がたったのだ。

 

 

「それにしても、凄いな……外観までか」

「日本家屋を少し……考えてみたけど無理だった」

「まあ、田舎風って感じは出てるからいいんじゃねえの?」

「僕、こういうのはホッコリするからいい。ジイちゃんの家みたいで好きだ。縁側があったらもっと良かった」

 

 そこまでの気力は――途中で切れたんだよ! そのうちに書き足せばいいだけの話だ。そんときに資材があればの話だけどな!!

 

「はぁ……もう、マジ疲れた」

「お疲れ――けど、部屋割りは?」

「右が男性専用で左が女性用にした。それぞれ4つずつ作ったから好きなとこを選んでくれ」

「おう、凄いな」

「トイレは部屋に完備させたけど、風呂は男女別でひとつずつにした」

「広い? 広くしてくれた!?」

「……頼む……自分で確認してくれ。マジで力尽きた」

「あぁ、魔力不足ならMPポーションが……」

「うるせぇよ……それなら自分で回復したわ!! そうでなくて、マジで精神力が尽きたんだってのっ」

「あー、はい、すまん」

「カナさん、ごめん。それとお疲れさま」

 

 言われても労ってもらっても、なんか今は嬉しいとすら思えないので、すまんって気分だ。それくらい疲れている。

 HPもMPもちゃんと回復させているのに、それでも疲れるというのは身体的な問題なのだと思う――ということで、だ。

 

「ちょっとあの子を連れてくるわ」

「――え?」

「あの子、ずっとひとりだろ? 自分が連れてきて同じ部屋で回復するまでは一緒に寝る」

「……同じ、ベッド、で?」

「キョウ……お前の頭の中身を取り出してくれ。その場で叩き潰してやるから」

「……あ、違くて!! そうじゃなくって!」

「じゃあ、なんだ」

「いくら部屋を広くしたって言われても、シングルのベッドだと――って」

「あぁ、宿屋のベッド並みっていう思想か」

「うん……狭すぎて息苦しいし……そうしたら、あの子も余計に辛いんじゃって、思ったんだ」

「とりあえず、アンタたち、自分たちの部屋を確認してこいよ」

 

 そう言い放ち、けれど自分は動かず待つことにした。本当は今すぐにでもあの子を連れてきたいところなんだけどな。

 

 

 

 その後、部屋を確認してきたふたりがある意味では狂喜乱舞しながら戻ってきたのを思いっきり手元にあった石を投げて静かにさせ、そしてある程度の説明だけはしておいた。

 実のところ、自分の部屋だけは他のよりも大きく作ってあるのだ。それというのも、今後のことを考えてあの子と同じような状況になった子を守るために。できれば近くで寝てやりたい。付き添ってやりたいという思いをもとに、だ。

 

 男性でも同じような状態のヤツが来るかもしれないが、その場合には布団を敷くという手を伝えておいた。もちろん彼らはそれで納得している。女の子だけを特別扱いにするのはどうかとも思うけれど、それ以上にこの家は『カナさんの家だから』と言ってくれたことで、よしとすることにしたのだ。

 

 

 ってことで、だ。

 あの子を部屋に運んで、ようやく一息入れることにした。残りは、また後日にでもやればいいだろう。

 

「風呂って飯る」

「だからカナさん……そこまで省略しないでよ」

「簡潔でいいじゃねえか。オレは好きだけどな」

「あ、自分は風呂ったあと、飯は部屋で食うから。持ってきてくれ――」

「あー、何だっけ? インターホンみたいなのが各部屋に付いてるんだよな?」

「そう。それで呼び出すから来てくれ」

「分かった」

 

 それを合図に、それぞれが個人の部屋に戻っていく。

 キョウは風呂に近い部屋を選んだというけれど、シュウはその斜め前に作られた部屋を個人部屋として決めたという。内装がそれぞれ異なったことから、そこで決定したんだと笑っていた。

 

 自分は――もともと住んでいた部屋を思い出しながら作った。

 彼らよりも自分の場合には、記憶がしっかりしているのだ。名前とかは別だけれど、部屋のことや家族のこと、実家の間取りや自分の部屋だって、わりと最初から覚えていた――と思う。

 だからこそ、家に帰りたいという思いが強かったんだろう。

 

 

 部屋に行けば、すでに寝ている女の子がいる。

 さっき浄化をかけたから、綺麗なものだ――髪も肌も、汚れひとつない。

 けれど、それが余計に物悲しく感じられた。

 

「ゆっくりでもいいから、戻っておいで――待ってるから。じゃないと帰れないかもしれないから」

 

 実際にそうしなくても戻れるかもしれない。けれど、それではダメなのかもしれない。結局のところ答えなんかないわけで――それでも、この子と話をしてみたいと思い始めていたのだ。

 だって……この子は現実世界での妹と同じくらいの年齢だと思うから――いや、そう言ってしまうと違うか。あの子は、この子の年くらいで止まってしまったんだから。

 

 鮮明に覚えているあちらの世界でも、妹のことだけは特に忘れることができないものでもあるだろう。

 けれど、そのことを考えるだけで心が痛むのは、まだ消化しきっていない思いが残っているから。

 

 そんな妹とこの子を重ねたわけではないけれど、同じような年代だと思うと、死なせたくないという強い気持ちがあったのだ。

 なんとしても、この子を守りたい――と。

 

 

「大丈夫。まだ大丈夫。ゆっくりでいいから、戻っておいで。そしてみんなで一緒に帰ろう」

 

 耳元でそっと囁きながら、一日中離れていた時間を埋めるように頭を撫で手を繋いだ。

 今はまだ怖いかもしれないから、自身の中に閉じこもっていていいから――でも、戻ってきて欲しい。あの子のように、儚くならないで!!

 

 

 どのくらいの時間、そうしていたか分からないけれど、そろそろ風呂に入ろうと動き出した。すると女の子の手が少しだけ自分に縋り付いてくる。

 

「ちょっとお風呂に入ってくるよ。そのあとは食事だ。君のスープも準備してあるから――待ってな」

 

 静かにそう呟けば、もう女の子の手は大人しく布団の上で鎮座した。

 きっと少しずつ戻ってきているのだろう。けれど心細くて、どうしていいのか分からなくて――今はこうしているだけなのだ。

 いいんだ、と呟いた。今はまだ、そのままでいいんだ、と。

 

 

 

 風呂から出て戻ってくれば、女の子は目を開けて空虚を見つめていた。けれど、自分が入ってきたことに気づいたように、少しだけ指先が動いたことに気づく。

 この子は――本当は生きたいのだと、そう思うのだ。こうなってしまっていても諦めていないのだと。

 

 シュウに食事を頼めば、女の子用のスープも一緒に運ばれてくる。

 

「少しポーションを混ぜて味を調整したんだけど――危険かな?」

「いや、大丈夫だろ。もともと自分たちが使っているポーションは、味がないし」

「――体の方に問題が出るとかは?」

「気にするな。体力を回復するためのものなんだぞ。問題ない」

 

 そう言い切れば安心したようにシュウの顔が緩んだ。きっと心配しているのは彼らも同じなのだ。少しでも女の子のために何かをしたいという気持ちも――。

 

 

「じゃあ、ちゃんと食べろよ?」

「ああ。ありがとう」

「その子も――早くご飯が食べられるようになるといいな」

「ああ、そうだな。あんま急がせる気はないが、ご飯は食べてほしいよな。特にシュウの飯は美味いから」

「うん――そうなるように、作ってるつもりだから」

 

 シュウの気持ちも温かい。きっとキョウも向こうでそわそわしてるんだろうな。

 うん、そうだな。

 早く、飯だけでも食えるようになると、本当にいいのにな。

 

 

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