第36話

36.森の中での生活

 

 

 夢を見た――色鮮やかな夢。

 パステルの優しい彩りに輝いていた世界。

 

 仲間たちがいる。

 一緒に遊んでいる仲間たち。

 

 会話が弾む。

 笑顔が飛び出す。

 

 けれど――どこか違う。

 どこか――違和感がある。

 

 いったい、これは誰?

 いったい、これは何??

 

 あたしは誰だっけ?

 あたしの名前は何だっけ??

 

 あたしは――何なんだろう???

 

 

 

 どこかから声がする。

 とても、とーっても温かい声。

 

 優しくて温かいものが触れてくる。

 どこに?

 なにに?

 

 温かい。気持ちいい。

 もっとそばにいて――もっと、撫でていて。

 お願い。

 

 ほんとはね、怖いの。

 何が怖いのか分かんないけど、怖いの。

 

 誰でもいい、では『ダメ』なの。

 この手がいいみたい。

 

 お願い――助けて――救けて――タスケテ!!

 

 何かが追いかけてくるよ。

 怖いものが追いかけてくるのよ!

 

 お願い――おねがい――オネガイ――タスケテ。

 

 

 

 

 

--------------------------------------

 

 

『何か、聞こえるんだけど』

「気にするな、グラン。今は前だけ見て走れ」

『カナ、口が悪い』

「お前もだろう」

『そりゃカナの相棒だからな。仕方ねえだろ?』

「育て方を間違えたようだな」

『間違ってねえって。これで正解だろ?』

 

 どこが正解なんだ、どこが! と叫びたいところだが、今はそれどころじゃない。

 実のところ、さっきからずっと声が聞こえてきている。小さくか細い、とても頼りない声――その声の正体は、自分が背負っている女の子からのもの。

 

 まだ意識は戻っていないし、身じろぎなどはしていない。けれど、どうやら魘されているようなのだ。

 何がキッカケだったのか、それは分からないけれど、お腹に回らせている手を撫でれば少しおさまり、けれど何もしないと魘されてしまう。その度に宥めるよう手を撫でて入るのだが、ずっと握っているわけにもいかないのが騎乗しているときの状態でもある。

 片手でも手綱を握っていないと振り落とされるまではいかないまでも、危険が伴う。

 

 相棒のグランは利口だ。しかも融通だってきくし、こちらの様子を窺って不安定なときは魔力で補正すらしてくれるほどなのだ。それでも、自分ひとりならどうにかできるけれど、背負っている者が意識のない女の子であれば気の使い方も変わってしまう。

 グランは本当に良い子だと思う――口の悪ささえ目を瞑れば。それこそ、ふたりも乗せて走ってくれているのに、気を使ってでも急いでくれているのだから。

 それでも手綱は手放せない。なにせ、自分が育てた相棒なのだから。

 

 

 

 森までの距離は、本当なら一日掛けてゆっくり行く予定の場所だ。けれど、女の子の状態もあって急ぎに急いでいた。

 一緒にきているキョウやシュウも驚くほどの速度で、追いかけてきてはいるけれど、必死にというところだろう。だいたい現実に騎乗するのは初めてなのだから、感覚やら何やらが不安定だったのだ。

 自分だって同じだ――本当は不安で仕方なかった。けれど、グランは賢い。始まりから魔力を使い安定した走りを見せてくれたのだから。けれど、キョウとシュウの相棒はそこまで気が回らなかったらしい。こちらが急いで行く姿を見て追いかけてくるので精一杯のようだった。

 まあ、今は魔力を使うってことに気づいて、どうにか安定させているようだけれど。

 

 それでも森までは半日掛かって到着した。

 森の中、奥深くまで行くのも危険だろうが、選択肢としては冒険者たちの来ない場所を選ばないとならない。

 キョウに頼んで索敵をさせ、シュウには少しずつ慣れたという魔術で人の気配を追わせた。

 自分は――危険度を確認しながら森の中を進んでいく。

 

 そして、ようやくここならという場所を見つけた瞬間、結界を展開し幻影をかけた。

 

 

 

「増設しねえとならん――が、いっそ作り直すか」

「カナさん……聞くけど資材は?」

「あるっ!」

「時間は掛かりそうか?」

「どうかな……前に風呂やキッチンをやったときは半日かかった程度か?」

「魔術って便利……」

「お前のスキルは使えねえけどな」

「ひっどい! マジでカナさん、僕への対応が酷いよ!! それに最初のころより口が悪くなってる!!」

「……喧嘩すっか?」

「ゴメンナサイ」

 

 謝りゃいいってもんじゃない――と思いっきりケツを蹴り上げてやれば、泣きそうになりながら『お手伝いします』と言い出した。いや、手伝ってもらったところで時間の短縮にはならないのだが。

 

「そういや、資材ならオレも持ってるぞ?」

「……なぜに?」

「前に入ってたギルメンから押し付けられた」

「そういうことね。まあ、それはそれでもらうとして――それぞれの個室と生産する部屋も欲しいよなぁ」

「あ! うん、それ欲しい!! 確かカナさんの生産スキルで、僕の生産するための道具とか――作れるよね?」

 

 まあ、確かに作れなくはない――が、そっちは面倒だから後回しになりそうだけどな。そう答えると『それでもいい』と珍しくはしゃいでいるキョウ。シュウも自身が使うものをお願いしたいと言い出す始末で、もしかしなくても悪手だったかもしれない。

 

「それはそれとして、だ。キッチンも広くしたいだろうし、風呂は完全に男女別にして――個室ももう少しだけ広くしたいところだな。移動の度の持ち運び限度があるから、あんまり大きくはできないだろうけど」

「限度、あるの?」

「あるな」

「2階建てとか」

「それでも許容量は変わらないな」

「――分割は? そんでそれぞれで持ち合うの」

「その場合、全員が揃ってないと使えない施設ができるってことになるが?」

「「ああ」」

「だけど分割か――うん、分割な」

「何、いい案が見つかった?」

「ああ。今の家をそのまま使えば問題ないと思う――新しい方に個人部屋と風呂、そんで男女別のトイレって感じで」

「あ! そっか。今の家はキッチンとリビング、それに生産の部屋を」

「今の感じだと使いづらいから、いずれ直すとして、作り直すのはキッチンとダイニングでいいだろ?」

「おお、それなら新しい方の家も平屋で大丈夫そうだな」

「ああ。男女でそれぞれ風呂もトイレも分けるから左右で分けたらいいだろ?」

「いいな、それ」

「まあ、それならどうにか――うん、倉庫もあるし、どうにかなるだろ」

「「え?」」

 

 確かに倉庫まで使えば――と思って言葉にしてみたら、ふたりが固まった。なんだ? こいつら仲いいな。ってか、何に反応したんだ?

 

「ソウコって……そうこって……倉庫!?」

「は? いや、倉庫は倉庫だろ?」

「な、何で倉庫が!?」

「いや……インベントリと連携させてっからだけど」

「いやいやいや! カナさん、今までそんなこと言ってなかったじゃん!!」

「てか連携とか――連携……とか……クソがっ」

「あの……なんだ? インベントリ開けたときに、分かるだろ? ってか倉庫ってインベントリのとこに書いてあっただろうが……」

「連携……してないもん、僕のやつ!!」

「あー、そりゃ仕方ねえな。そのうち、どっかで見つけられっかもしれないし、それまで我慢しとけ」

「倉庫……倉庫……中身が」

「シュウ??」

「中身があああああっ!!」

「消えたのか??」

「課金切れです……オレのは」

「そうか、ご苦労」

 

 それは仕方ないことだ。よくあることでもある――期限を忘れて課金し忘れるとか、マジでよくあることなのだ。そのせいでフィールドじゃ倉庫を開けられないとか……泣いたな、よく。

 

「まあ、何にしてもインベントリが使えるだけでも良しとすればいいだろう」

「課金してないから容量それほどでもなかったはずなんだが……」

「そうだよね、僕のもそうなんだ」

「なのに――容量が増えてたから、変な感じだったんだ」

「あー、何気にそんな感じだな。自分もマックスまで上げてあったのに、それ以上の容量が……」

「「ちょ、チート!!」」

 

 おい、真面目に殴っても問題ないよな、このふたり。と思わず拳を握りしめれば、ビクリと震えて逃げ出した。ふざけんな。

 

「チートじゃねえだろう? お前たちも容量増えてんなら」

「そ、それはそうだけど、たぶんカナさんのより小さいもん」

「だよな……オレのも、たぶん平均なんじゃねえかな?」

「平均って、誰がどう確認できるんだ? え? 教えてみろ」

「……あ……」

「確か、に……その辺、わかんないよね? ってか、カナさんのは、どのくらい入るのかってのもあるけど」

「倉庫もあるからな――それを考えると、何かと入る。倉庫もマックスまで上げてたからか、あったものを取り出しても再度しまうことができるし」

「自分のは――うーん、容量が赤くならない限り入るってこと、だよな?」

「そうじゃねえの? 容量って書いてある場所が赤くなったらマックス入ったって――ゲームではそうだったが」

「そういえば、マックスってどんだけなのかゲームならマスがあってわかりやすかったけど、今はないから」

「「そーなんだよなー」」

 

 その辺のことは、真面目に分からない。というか、理解できていない。どうなっていくのか予想すらできないのだから仕方ないことなんだが、なぜマックスにならないのか。それはどこかの異空間と繋がっているからなのか。

 なかなかに難しい世界でもあるのだが、今はその辺を考察しても仕方ないようにも感じられた。

 

「とりあえず、だ。それよりも個人部屋用の家を作ろう」

「はい!!」

 

 そうして始まった作業は、割りと時間が掛かったと言ってもいいだろう。

 とりあえずキッチンは使えるのだから食事はそこで作ってもらい、今夜の寝床はテントってことにして、作り続けることにした。

 

 

 風呂は広いのがいいな。シャワーも欲しい。お湯と水、両方出ると暑いところに行ったとき良くねえか?

 あ、あと部屋はベッドだけじゃなくって小さくても机と椅子が置けるといいなぁ。あとはー、ラックみたいのも置けるといいんだけどー。

 それな! それそれ!! クローゼットもほしいんだよな。そうすりゃ……。

 

 

「うるせえ!!!!!!!」

 

 マジで煩い――まだ設計図を書いてる横で、ウロウロウダウダと。人の集中力を試すようなマネばっかりしやがって。

 

「アンタたち、“ハウス”」

「……ごめん」

「ゴメンナサイ……ほんと、ゴメンナサイ」

 

 ふたり揃って涙目で謝ってきたけど、もう許すつもりはない。

 シュウはキッチンへ行けと怒鳴り、キョウには部屋で正座しながら反省してろと再度蹴り上げてやった。

 

 これで集中できる。

 マジで放って置いて欲しい。自由に作らせろ。ある程度はあとからも手を入れられるってのが生産スキルの良いところなんだから。ま、ゲームほど簡単じゃなくなったのは否めないけどな!!

 

 

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