第34話

34.

 

 

 奴隷の女の子を連れて宿屋に戻ると、セントが青い顔をして出迎えた。けれどクレアさんが一緒だったことで安心したように大きくため息を吐く。

 

「何事かと――思った」

「大丈夫よ、セント。この女の子は、この子たちの家族かもしれないのですって――だから救済なの」

「あぁ、あぁ! そういうことなのかっ。それなら……それならばっ、飯! おい、嫁さん、温かいスープでも作ってもらえるか!?」

「セントったら……本当に変わり身が早いというか」

 

 それはクレアさんも同じだと思う――とは、言わないままに奴隷の女の子を部屋へと運ぶことにした。

 未だ身動き一つせず、ただ空虚な目をしている女の子。彼女に何があったのかは分からないけれど、決して良いことはなかったに違いない。

 奴隷の証としては、割りと大罪だと思えるものだったけれど、それは隠すことができるもの――この子がまだ小さな女の子だったからこそ、隠してくれたのだと思うと、本当にこの世界の……いや、この領地の役人は心が優しいのだと思う。

 

 相変わらず大部屋を使うと言えばセントさんとクレアさんが『相手は女の子だ』と主張してきた。確かに奴隷だけど――という言葉も付け足して。

 けれど、この状態でひとり部屋に置くのは心配なのだと言えば、どうにか納得してはくれたものの、服などはクレアさんが着替えさせてくれると言い出した。まあ、その辺はありがたいので任せることにして――肝心の服を買いに行かないとならないだろう。けれど、その前に。

 

「浄化だけはしておきます。服を買いに行ってる間は――クレアさんとキョウで見ていてくれますか?」

「ええ、構わないわ。キョウくんは?」

「大丈夫。任せておいて」

「シュウは一緒に来て――荷物持ちみたいなもんとして」

「まあ、アイテムバッグがあるから荷物持ちらしいことはできねえだろうけどな」

 

 笑いながらもそう答えてくれる面々に、女の子の顔を一度だけ覗き込み、そして目を見ながら『大丈夫だからな』と優しく囁いてから浄化を掛けておいた。

 そんな彼女は、相変わらず身じろぎもしないままされるがままの状態だ。この部屋のベッドに座らされたのに、それもそのままで――横になったほうが楽だろうと、クレアさんにあとを頼んでおいた。自分がするよりも女性だと真実分かる人間にされるほうが安全だろうし。

 

 そして自分たちは部屋を出た。受付のセントさんには、まだスープも飲めそうにないからあとでお願いするもろを伝えて、今はクレアさんが一緒なのでよろしくと言いおいた。

 

 

 宿屋を出て、先日クレアさんから案内された商店街へと向かう。

 

「あの子の腕のバンド、間違いなかったな」

「うん、間違いなかった」

「大丈夫だろうか?」

「さあな。あんな状態になってるってことは、それなりのことがあったってことだろ」

「……嫌な言い方だな」

「仕方ねえだろ? こんな世界だ――性的な暴力がなかったと信じたいが、人間ってのは――とかく男っていう生きもんはそういうもんだろうが」

「全員じゃねえだろ!?」

「それでも危険は多い――だから自分は男みたいな格好でうろついてるんだ」

「……あ、あぁ……」

「まあ、何にせよ、何があったかは彼女本人にしか分からないことだ。けど無理に聞くことはするなよ」

「と、当然だろ!?」

「ならいい――アンタ、割りとお節介っぽいからな。キョウは知りたがりだし。クレアさんがいるから今はいいが。まぁアイテムで少し身体検査だけはしておくけど――マジでキャラバンが早く欲しいところだな」

「あ、あぁ……その」

「なんだ?」

「すまん……」

「何が??」

「……カナのこと、少し……疑った」

「は?」

「その性格を……疑った……アンタも女なのに」

「あぁ……まあな。同性だからこそ分かることもあるだろ? そういうこっちゃ。それよかさ」

「……ほんと、ごめん……」

「あー、うざいからな、そういうの。一度言えばいいだけの話だろ。いつまでもウジウジ言ってんなよ、クソが」

「……反省する」

「それだけでいい。でさ、それよりも、だ」

「なんだ?」

「裁縫、アンタできるだろ?」

「え? あ、ああ……そうだな」

「必要なもの、揃えるから、糸とか布とか――あの子のもの、後で作ってやってくれ」

 

 今はまだ無理かもしれないが、あの子も女の子なのだ。きっと部屋の中でだけでも可愛い格好くらいしたいだろう。そんなときに、裁縫のスキルを持っているシュウがいれば安心だ。

 あの子の似合いそうな色だけでも――見つけられるといいんだけどな。

 

「服は――」

「今はまだいい。ボロボロな服を着替えさせるだけだし……旅にも連れて行くんだ」

「連れて……って、あの状態で!?」

「ああ、連れて行く。見捨てたりしない。約束しただろうが」

「……そう、だけど」

「騎獣も見つけられた。うちのグランならあの子程度、乗せてくれるさ」

 

 実際にゲームとなれば騎獣はひとりにつき一頭と決められていた。けれどカップル用とか同行用とかでふたり用三人用ってのがあったのも事実。

 けれど今は現実となったこの世界。騎獣を見る限り、決してひとり一頭での移動しかできないとは思えないのだ。だいたいグランのことだから、女の子だと知れば――間違いなく喜ぶ。自分と再会したときに言ってた言葉を思い出せば余計だ。だって、あのバカは『カナは女だったんだな。やっぱり女はいい。女がいい、背中に乗せるなら』と言ってのけたのだから。もちろん殴っておいたが。

 

「あの辺りが確か布とかの手芸品屋? だっけ?」

「ここじゃ手芸品って言わなかった気がする。布屋でいいんじゃねえか?」

「そうか。じゃあ、あの辺りを一周しよう」

「分かった――カナ?」

「ん?」

「お前のは……その」

「自分の可愛い服とか想像するだけで死ねる。やめてくれ」

「あ、あぁ……じゃあ、部屋着とか」

「あー、それならジャージがあるからいいや」

「……どゆこと?」

「こっちの世界にきたとき、着ていたもの。アンタたちとちょっと違ってゲームするときに着ていた部屋着なんだよ」

 

 ただし足にアヒルのルームシューズを履いていたことだけは秘密だ。厚着をしてたってことは言っても構わないけどな。

 

「だから、自分のやつは後回しでいい。余裕ができてきたら、その手のものをよろしく」

「――カナだしな」

「なにか?」

「いや、カナらしいなってさ」

「足と拳、どっちがいい?」

「おい! 別にバカにはしてねえって! 楽な方が部屋着らしいってことだって。オレもそうだから」

「ふんっ。まあいい。急ぐぞ」

 

 憮然と言い放ってから布屋に特攻をかければ――途中でゲンナリしてしまうことになった。

 シュウは楽しそうに選び抜いていたけれど、もとの世界でもシュウは衣装系のデザインを含め被服系のお仕事に就いていたそうで、この手のことは得意なんだとか。そのため全ては彼に委ねた。どう考えても自分では無理だ――センスなんてものが皆無だからな。

 

 色が違うとか布の種類が違うとか、これはシャツに向く向かないとか、自分にはどうでもいいです、はい。

 すべて任せるぞ、シュウ。お前の選んだものには間違いがないはずだ。

 

 そう思いながら店の外で待機した。もちろん資金については三等分の予定なので、きっちり金額はメモするよう言ってあるが。といっても木札みたいなモンを持たせただけだけど。

 

 

 

 一時間後……そう、一時間後だよ、一時間後!

 ようやくシュウが店を回ることに飽きたのか、それとも満足がいったのかまでは分からんが宿屋に戻れることになった。途中でそこから離れ、他の店に浮気しに行った自分をシュウが何度か文句を言ってきたけれど、無視だ無視!

 

 

 

 宿屋に戻ればセントさんが心配そうに声を掛けてきたけれど、そろそろスープと自分たちの夕飯、それにクレアさんにも何か持ち帰れるものをとお願いして部屋に戻った。セントさんは嫌な顔ひとつしないで頷いてくれる辺り、つくづくクレアさんの友人なのだなと感心してしまう。

 

 部屋に戻って最初に見たのは、キョウが部屋の隅っこで大人しく旅の準備をしていたことだろうか――ただ、その背中には哀愁が漂っていたけれど。

 女の子は相変わらずの様子で、クレアさんはいつの間に用意してたのか、お針仕事をなさっておられた。素晴らしい。そんな事もできるとは、さすがデキる女は違う。

 

「クレアさん、ありがとうございました」

「いいえ――それで良いものは?」

「服は着替えを含めて三着ほど。どれも新品にしておいたんだけど、大丈夫かな?」

「そのほうがいいかもしれないわね。じゃあ、着替えさせるわ」

「はい。キョウ、シュウ、出るよ」

「おう」

「うん」

 

 小さな声で返事をするキョウは、きっと待っている間にちょこまかとクレアさんにチョッカイというか話を振っていて怒られたのだろう。少しだけクレアさんを見る目が怯えている。ザマァと思ってもいいかな?

 部屋を出るとそのまま待っているのも無駄なので、階下のセントさんのところへ向かった。

 

「セントさん」

「おう……どうだったよ」

「んー。まだ芳しくないけど、大丈夫そうです。服も買ってきたのでクレアさんにお着替えを頼みました」

「そうか――うちの嫁も手伝わせたがいいだろうか?」

「んー。クレアさんから救助要請がきてからで、いいと思いますが」

「そうか……それなら、その間に飲み物でも出そうか?」

「お願いします」

 

 返事をしながら食堂の方へ移動すれば、会話を聞いていたのだろうセントさんの奥さんが飲み物を運んできた。

 ここにきてから毎日のように飲んでいる、この辺りで特産だと言われている果汁である。爽やかな口当たりで甘くないところが、みんなのお気に入りだ。

 食事に関しては部屋でとお願いしているため、今準備をしてくれているそうだ。

 スープは……自分たちが食べさせてやればいい。クレアさんがしてくれると言いそうだが、そのくらいなら自分でもできるからと言えばどうにかなるだろう。

 

 あとは――あの子の精神が回復するのを待つだけだ。

 

 

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