第33話

33.

 

 

 今日は奴隷市があるのよ――そう言いながら迎えに来たクレアさんの言葉に、自分たちは眉を顰めて顔を見合わせていた。

 すぐさま宿屋の受付に、延長しても大丈夫か問い合わせてみれば、今のところ自分たちのように金払いがよく行儀の良い人はいないからと、快く受け入れてくれたため、二日ほど延長することを伝えた。

 

 けれどクレアさんとの契約は、今日までの予定で引き伸ばすことはしなかった。

 なぜなら――もしものことがあって、彼女のような良い人を巻き込むことだけはしたくなかったから。

 

 この街でいう奴隷市というのは、犯罪奴隷を売り買いする場所だという。

 それも街の中央に近い場所――役人やら偉い方々が住んでいるようなところで、その市場を開くと聞いて、そこまでの案内を頼むことにし、あとはクレアさんとの契約解除をお願いしたのである。

 

 それなのに――。

 

「あなた達が何を探しているのかは知らないわ。だけど、そんな切羽詰った顔をしている子たちを放置なんてできない!」

 

 そんなふうに言い募るクレアさんは、この日まで自分たちの態度を見ていれば、どの冒険者とも違うのだと感じ取ってしまったらしい。とはいえ、危険な意味ではなく『礼儀正しい』とか『常識的』だとかという意味で、もしかしたら良いところの子供だった自分たちが、出奔して冒険者になったのかもという、そんな考えだったのだけれど。

 

『あなた達が貴族だとは思えないけれど』と言うクレアさんは、それでもちゃんとした躾をされるだけの環境で育ったのだと、そう思ってくれたみたいだ。

 そんな彼女を騙しているようにも感じられるけれど――それだからこそ、彼女を巻き込むのは嫌だったのだが。

 頑なに引こうとしないクレアさんは、きっと犯罪者たちがどういう連中なのかを知っているのだろう。

 

「クレアさん――でも、相手は犯罪奴隷でしょう? それなら、自分たちでも対処できるよ。だいたい犯罪奴隷って、反抗はできないはずじゃない?」

「それでも、よ。彼らだって人間なのだもの。何をしでかすか分からないわ」

「それでも任期が開けて、その手続きが終わるまでは反抗もできない。これが鉄則となっているからこそ、奴隷市なんてものがあるんだよね?」

「……それはそうだけど! でも、君たちはまだ子供よ? ま、まぁ、そちらのシュウさんは大人だろうけど、カナくんは子供じゃない。心配なの」

 

 見下ろし言われてしまえば、悔しいかな、反論なんぞできるはずもなく――この声もあって、余計に少年だと思われていても仕方ないのだろうが、本当に遣る瀬無い気持ちになる。

 

 そして結局のところ、クレアさんに押し切られて一緒に行動することになったのだが、彼女は案内人としてではなく保護者としての同行となったのだった……ナサケナイ。

 

 

 

 そして辿り着いた奴隷市。

 クレアさん曰く、身分証明ができれば誰でも入れるのだという奴隷市ではあるけれど、実際に入るのは貴族やお金持ちという人たちと、役人たちだけだそうだ。

 クレアさんは、父親が役人をされているとかで顔パスだった――驚きだったが、本当に顔パスってあるんだな。ついでに、席まで用意してもらった。ありがたい。

 

 入場してから15分ほどはガヤガヤと人の声が聞こえていたが、20分くらいしてくると後ろの方からしか声が聞こえなくなってくる。そして30分後、奴隷市が開催されたのである。

 

 初めに出てくる者たちは窃盗など軽い罪を犯した者たち。年齢は成人するかしないかくらいの子から、大人までだが――どの人も痩せ細っていることから、貧民層の出だと分かる人たちだった。

 実のところ、こういう人たちの奴隷制度は、救済処置でもあったりするのだとクレアさんは言う。買い手に寄るけれど、商家などだったらそのまま継続で仕事をもらうこともできるんだというのだ。他の仕事でも、同じく手に職をつけたりすることもあるとか。

 

 そんな人たちが、どんどん買われていく。

 男も女もない――誰もが必死になって、主になる人へ頭を下げているさまは同情しなくもないが、可愛そうだとも思えない。彼らは確かに罪を犯した人たちなのだから。

 

 そうして時間の経過と共に、どんどん刑期の長い人たちが連れ出されてくる。

 このくらいになると強盗などをした者もいるのだという――そう、人の命を奪った人たちだ。そんな中でも殺人未遂の者もいるのだというけれど、彼らの目は最初に出てきた人たちに比べると、少しだけ濁っているようにも感じられた。

 だからといって、怖いとも思わなかったけれど。

 

 何人、何十人という人たちが連れられてきては見世物となり、そして買い手との契約をするため別室へと連行されていった。

 またひとり、ひとりと買い手がついていく奴隷たち。

 

 そんな中で突然、自分の心臓を撃ち抜くかのような人が目の前に晒されたとき、たぶんキョウもシュウも同じ顔をしていたに違いない。

 刑期はかなり長くなり始めているのだろう犯罪者の中のひとり。間違いなく、自分たちの仲間であることが、その腕に証明としてある人。それも――まだ子供と言ってもいい年齢の、女の子だったのだ。

 

 

『買う!!』

 

 張り上げた声が響いたのは、三人が揃って叫んでいたからだろう。

 目の前に引き連れられてきた女の子は、髪もボサボサなら身につけている物もボロボロで、無残な格好を晒していた。

 顔はまだよく見えていないけれど、一瞬だけ見えた目は朦朧としていて、どこも見ていないという感じだろうか。考えることも忘れているのか、身動きしないその姿は、あまりにもこの世界に見合ってないと感じられた。

 

「ちょ、あなた達……」

「ごめん、クレアさん……あの子、自分が探している子だと思う」

「僕たちの仲間……家族かもしれないんだ」

「大事な子なんだよ、クレアさん。オレたちにとって――だから」

 

 言い募る自分たちに、クレアさんは圧倒され驚愕し、目と口を大きく開いたままだったが、少しすると困ったような呆れたような笑みを見せてから『分かったわ』と了承してくれた。

 金額はかなり張るのだと思っていたら、奴隷でしかも刑期の長い者は、それほどの金額を出さずとも手に入るのだという。なにせ、その間は買い手が面倒をみなくちゃいけないのだから。

 

 タダ働きをさせるのだというけれど、実際には飲み食いだってさせなければならないのだ。人件費が掛からないだけで、手間がかかるのだから当然と言ってもいいだろう。

 それでもタダで下げ渡されるわけじゃない。それ相応の金額を出し、その上で礼金を払ってから契約となるのだ。

 

 けれど、この犯罪奴隷というのは奴隷であることは間違いない。面倒を見られなくなったからと捨てることはできない。そのために契約書があり、奴隷と奴隷の主になる者には、それなりの負荷がかけられるようになっているのだという。

 

 自分たちが買うと言った女の子には、他に買い手はなかった――というか、自分たちの勢いで誰も声を挙げなかったというのが真実らしいけれど、ありがたいことに契約もすんなりと通ることになった。

 金額は――三人で割って支払う形にしたため少しだけ揉めたけれど、それでも同じだけの金額が出せるだけの所持金を持っていたと知って、クレアさんが驚愕していた。

 

「貴方たち……本当に良い家の子だったんじゃ……」

「そうでもないよ。みんなそれぞれ、持っていたものを売りつくしてから冒険者になっただけ。自分たちには、この世界に家族はいないから」

 

 少しだけ辛くなる言葉だ。けれど事実でもある。『この世界には家族がいない』のは、本当のことなのだから。

 ただ、今は会えないという辛い気持ちもあって、顔が少しだけ歪んでしまう。

 

「で、でも……家族だって……」

「仲間はオレたちの家族も同然なんだ、クレアさん。そういう意味なんだ」

「あ……あぁ……そう、そうなのね」

 

 言いながら涙ぐむクレアさんは、たぶん本当に自分たちを心配してくれているのだろう。けれど、少しだけ胸が痛む。こんな良い人を騙しているのだから。

 事実は口にできないことばかりだ。決して、彼女を巻き込むことはできない。

 今まで、これほどまでに近い距離で話をした人もいなかっただろう。それくらいに、彼女は自分たちへ親身になってくれているのだ。

 きっと別れるときは――少しだけ胸が痛むだろうな。

 

 

「これで契約は完了だ。この者が刑期を完了すれば、どこの町でも構わないので役人に申請をしてくれたらいい。冒険者なら、危険なこともあるだろうが、見捨てて置いていくことはこの魔術契約書がある限りできない」

「はい。大丈夫です。決して見捨てませんから」

 

 はっきりと言い切れば、これまた役人が驚いて目を丸くしていた。けれど、そのあとには温和な笑みを見せながら『その意気でがんばれよ』と言ってくれる。

 

「じゃあ、行きましょうか――この子は、ひとりじゃ歩けそうにないけど……」

「シュウ、抱えられる?」

「ああ。だが、怖がらないか?」

「なら荷物みたいに袋へ入れてみるか?」

「……カナ、お前」

「でも、その方が恐怖から少しでも身を守れる」

「……実体験みたいにいうなよ」

「いや、実際に体験した」

「おい、どんな体験だよ、そりゃ!」

「なにそれ、怖いんだけど!!」

「ちょっとカナくん? 何があったの??」

「いや、別に問題があったんじゃないよ。ただ凄い魔物が出たって場所にいて、逃げようとしたけど間に合わなくてさ。そうしたら中級くらいの冒険者が危険だからって担いでくれたんだ。だけど、それこそが恐怖で――そう叫んだら袋詰された」

「……大丈夫だったんだろうな?」

「全然怖くなくなったよ。まあ、行き先が分かっていたからこそかもだけどな」

 

 笑って言えば、全員が表情をなくして固まっていた。だけど、事実でもある。背の高い人に担がれるとか、マジで恐怖だったのだ。それも移動してるんだから余計だろう。それは騎獣にのるのとはわけが違う。視界も変なところへ行くわけだし、揺れ方も尋常じゃないんだから。

 そんなふうに説明すれば、漸く理解したのだろう面々が、何だか情けないものでも見るように自分を眺めていた――ヤルセナイんだが。

 

 結局、奴隷の女の子はシュウがお姫様抱っこで移動することになった。

 羨ましくはない! 自分がやるのは興味あるが、されるのは気持ち悪そうだからな。

 

 

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