第31話
31.
翌日は各ギルドと商店街をクレアさんに案内してもらった。
冒険者ギルドでは、案内所でも聞いたとおり様々な仕事が張り出されており、仕事をなくした人たちも同じような仕事をしているのだとクレアさんが教えてくれる。
ギルドの職員さんたちも、ほかの町にあった総合ギルドの人たちより大らかな感じがして、人当たりも対応もすべてが良いと言えるだろう。
それぞれのギルド内にあった資料には、はじまりの街リーゾルのものと大差ないものばかりだったけれど、地図はやはり地域別とギルド別で手に入れられる大事な資料と言えるだろう。
もちろん、即座にどこのギルドからも地図だけは購入してきてある。なにせ、それぞれのギルドによっての地図に書き足されている注意事項が違うのだから。
商店街では、昨日の市場では見られなかったようなものを見て回った。
保存食品や保存するために必要な素材、入れ物などなど。
現在はアイテムバッグが主流となっているため、保存食も多様にあるのだが――如何せん、味が保証されないってのは辛いところだろう。だいたい何のためにこれだけの香辛料が揃っているのか、と思わず唸りたくなるほどだ。
商店街の中では、あまり目新しいものはなかったけれど、クレアさんのオススメとして本屋へと連れてきてもらった。
この世界での紙は貴重だと以前にも言ったように、本もまた貴重なものではある。印刷技術も未だにドワーフのみが所有するもので、人間族では決して扱えない代物とすら言われているため、本は貴族や豪族たちの楽しみでしかない。
まあ、それ以前に一般庶民が楽しめる本というものが存在しないのだけどな。
「そういえばクレアさん」
「なにかいいものでもあったかしら?」
「この本にもあるけれど、本当なら様々な街に様々な種族の人たちがいるはずなんだけど――今まで会ったことがないので、どうしてなのかなと」
「あぁ……そうねぇ、最近はドワーフやエルフは自国に閉じこもってしまっているとも聞いているけれど、冒険者がいないわけじゃないわ。ただ昔ほど見かけることがなくなってしまったけれど」
「……そのキッカケって」
「そう、世界大戦のせいね。けれど、それでも冒険者の中には様々な種族が混ざっていたけれど、ここ近年は人間族とのトラブルも多いと聞いているの……悲しいけれど、人間族の冒険者にはとても傲慢な方たちもいるから」
言われて彼らの特性を思い出し納得せざるを得なかった。
エルフは魔法を行使するのが得意だけれど、基本的には遠距離を得意をした種族だ。戦うための道具としては弓矢や、剣でも魔法剣が強力なのだけれど、魔法という力に関しては補助や治癒が強化されていると思う。攻撃に関してはあまり得意じゃないというのも、自然の力を借りているからこそと言えるだろう。
ドワーフは腕力だと言われているが、その力も大地との相性が良いからこそと言えるだろう。そして、彼らの力は決して侮れないものもあるけれど、一発必勝的なものでもあるのと、やたらと酒を好むため所持金がなくなることも多々――だと言われているとかなんとか。
でも自分が推測するに、人間族にとってドワーフの力程度なら自身たちの魔術師に任せたほうが楽に魔獣や魔物を狩れると、傲慢な考えから一緒に行動しなくなったのじゃないかと思うわけだ。
彼らの力はそれ以上に素晴らしいものがあるというのに……。
他の種族に関しては――たぶん偏見やら何やらじゃないだろうか。もしくは嫉妬心。
自身たちよりも強いものを保持している彼らを目の当たりにすれば、どれほど人間族が劣っているか図る必要もないほどによく分かる。そういうことを嫌う人間族は、そこに『プライド』と名をつけた小さくも下らない『自尊心』ってものが傷つくと逃げ出したに違いない。
「そっか。知らないんだね、本当の彼らの力を」
ボソリと言ってみればクレアさんが驚愕した目で自分を見つめてきた。そして、その目には不安そうなものも見えて。
「大丈夫、他では言わないですから――ただ、自分はエルフさんから助けてもらったことがあるから」
少しだけ自嘲気味に言えば、クレアさんは悲しそうな表情となって『エルフが人間族を――そういうこともあるのね』と呟いた。
事実、自分はエルフ族に助けられたことがある。ただしゲーム内での話なので、現実的ではないけれど!
「でも、それなら納得です。これで他の種族に会えないってのが普通だって理解しました」
本当は色んな種族の人と会いたかったんだけどなーと、冒険者になったキッカケを話せば、クレアさんも本屋の人も眩しそうに、けれど気の毒そうな表情で笑っていた。
けれど本屋の店主が言う。
「冒険者なら、いずれ彼らの国へ行ける。行っておいで――そして、自分たちの小ささを実感しておいで」
真面目くさった顔で、とても遠い目をしている店主に、自分たちは何を返せただろう?
けれど、恐らく彼らの心の中には遠い昔には、この世界もひとつだったのだと記された歴史を思い出しているのかもしれない。
本屋では見回るだけで、さすがに購入はしなかった。いや買えるだけのお金は所持していたのだけれど、ここで目をつけられるわけにもいかないからな。
その後は図書館の前まで送ってもらい、クレアさんと一旦別れることにした。
「ここで色々と資料を見てみます」
「分かったわ。司書さんに時間を記入してもらうので、中までは一緒ね」
「はい!」
図書館での資料は、もう今までに見かけたものがほとんどで、キョウとシュウだけが必死に資料を見ながら情報をあさっている感じだった。それでも自分がここにいたのは――他にも知りえないことがあるのではと、必死に探していたから。
途中で司書さんがやってきて、どんなものを探しているのかと問いかけられたが、旅に関係するものだと言えば、それらしい場所に案内してくれた。しかし残念なことに、その辺りは既に調べ尽くした本ばかりしか置かれていなかったのだけれど。
そうしてノラリクラリと歩き回り、とうとう奥深い場所まで来たときのことだった――それは、あまりにも不自然にも、そしてわざわざ自分に見せつけるかのように『置いて』あったのである。
光る本――いや、実際には光らせている本か。
『何のマネだ?』
『だって知りたいんでしょ?』
『何を知りたいか、知ってるのか?』
『知らないけど知ってる。知ってるけど知らない』
意味不明な会話は念話と呼ばれるものでなされているもの。そして、目の前で鎮座しているのは、精霊と呼ばれていた自然界を愛する者……だと思われる存在。
『この辺りのこと、書いてある』
『この辺りのこと?』
『嘘と本当』
なんだそれは――と思いながら本を手にとって見れば、タイトルもない革の表紙の重さがありそうなはずの分厚い本。けれど持ってみても重さすら感じないそれは、間違いなく人間族のものではないのだろうことが見受けられた。
そして、それを開いてみれば――。
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今から数千年前に起こった現象により、この世界はある場所と繋がってしまった。
多くの人々が集まり、そして世界を蹂躙していった。
けれど、それらは世界を守ってもくれていたのだと創造神は知っていた。
だから、決してそこには触れず、そして好きにさせておいた。
それを知らぬ、小さな生まれたての神が、ある日勝手に壊そうとした。
繋がりを切ることが、この世界の幸せだと信じて――。
そして、その生まれたての神は、この世界ともうひとつの世界の一部を――壊したのである。
ここを守っていた神に――創造神へと知らせないままに。
創造を司る神がそれを知ったときには、抑えることができないまでになっていた。
けれど、小さな神は褒められると信じて創造神の前に跪く。
創造神は、何も知らない生まれたての神に問うた。
なぜ、こんなことをしたのか、と。
何も知らない小さな神は答えた。
この世界だけが壊されないためにしたと。
結果は、真実壊れた両世界。
創造神は生まれたての神を罰することにした。
何も知らなかった生まれたての神だったが、それでも手を出してはならないことをしたのだから。
生まれたての何も知らなかった神への罰は――――――。
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そこまで書かれて止まっていた文章は、とても分かりづらいものとしか思えなかったけれど、どうやら魔法が掛かっているものらしいことは精霊を見れば推測できる範囲だ。
そして、その本に書かれていたはずも文字は、視線を逸した隙きに消え去ってしまったのだった。
『消えたが』
『消えるよ』
『もう一度』
『見れないよ』
『コレは?』
『魔法の本』
『それで?』
『あげられないよ』
『この話は?』
『さぁ? アタチたちは見えないし読めないもん』
『そう――ソレで?』
『終わり――また今度ね!!』
そう言うが早いか本と共に精霊は綺麗サッパリ消えてしまっていた。まるで夢でも見ていたかのように――そう、白昼夢のように。
でも――それが自分たちの身に起こっている何かを示しているのだと、本能が言っている。
自分たちが巻き込まれている今の現象のすべてが、あの言葉の羅列にあった気がするのだ。
覚えていられる限りをメモした。そしてキョウとシュウに見せた。
でも――三人では答えを見つけることができなかったのである。
だって、今のこの世界では神などというものを信じている人などいないのだ。だから、神殿すら存在しなくなっているのだ。
どうすればいいのか――それは、まだ自分たちでも分かり得ないことでしかない。分かることが来る日も、あるかどうか――。
ただ呆然とメモした文字の羅列を眺めるだけしかできなかった三人。
それでも、まだ諦めていない三人。
けれど――そう、けれど!!
いつの日か――自分たちは絶対に帰るのだ!!
何が原因で、何が問題かなんて関係ない。
自分たちは、自分たちの世界へ戻るために――旅を始めたのだからっ。
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