第29話
29.
フェネスは思っていた以上に広く、そして整地された街でもあった。ただ、他の場所と違ってスラムらしいスラムはないのも特徴なのだとクレアさんは言う。
なぜならば、仕事を失った場合にでも新人冒険者が受けるような仕事をこの街の役所で斡旋しているんだとか。そのために無職となる人が少ないんだというのだ。
もちろん無職になる人が皆無なわけじゃない。商店、商会などの倒産があることも別に普通なのだ。そんな中でも、計算ができる者であれば別の仕事を斡旋するという――まあ、元の世界でいうところの○ローワークみたいな場所があるんだという。
また、この街の人たちにとって仕事をしていないことのほうがプライドを傷つけるのだとか。
クレアさんのような案内人をしている人たちの中にも、そうやって斡旋されてきた者も多数いるのだと教えてくれた。
「この街の中央にある城の周りには、確かに高給取りの方たちが住んでいるけれど、もともと庶民だった人たちも多いの。役所やギルドなんかは、中間地点と呼ばれているところに集結しているのよ。そのために迷うことも少ないわ」
「それなら助かりますね」
「ええ、ちゃんと案内板もあるし、道で迷っても地図を広げたらすぐに分かるわ。図書館などもその辺りにあるから――しかも作りが独特なのですぐに分かるはずよ。他には、そうね――商店街というのは、一般市民たちが行くような場所でしょう。そして商会っていうのは大きな取引をする人たちが多いから、基本的には商店街の最奥、中央に近い場所にあるの」
クレアさんの説明は、いつでも分かりやすく、そしてその場で地図を広げれば迷子になる可能性を消し去ってくれる。キョウとシュウも必死に場所を覚えながら、クレアさんの話に耳を傾けていた。
けれど、今回の街では目的がいくつもあるわけで――最初に訪れたのは宿屋だったが、何よりも必須な場所にはまだ到着すらしていない。
「ところでクレアさん」
「何かしら?」
「この街では騎獣が手に入るって聞いたことがあったんだけど――見ることもできるんですか?」
「あら! 当たり前じゃないの。冒険者にとって騎獣は大切なパートナーでしょう? そんな騎獣が冒険者に見られないとかありえないわ」
クスクスと笑いながら言うクレアさんに、自分たちは苦笑を漏らす。そして『それが目当て?』と問いかけられて、三人が揃って大きく頷けば。
「実は騎獣市は午後の三時までしかやっていないのよ――残念だけど、案内は明日になるわ。大丈夫?」
「もちろんです! 見られることが楽しみだったから。そりゃ手に入れば最高だけど……」
「そうね……新人さんだと人気の騎獣を手に入れることは難しいかもしれないけど、それでも騎獣が絶対に買えないわけじゃないはずよ。それなりに良い子も揃っているわ――騎獣ねぇ。それなら、わたしからも後押しするから、明日にでも市場へ行ってみましょうか?」
「はいっ!!」
思わず大きな返事をして周りから視線をいただきましたが、決して悪いものじゃなく、とっても生ぬるい視線だったことに残念感が満載だ。あぁ、本当に解せないっ。
その後もそれなりに街を案内してもらい、けれど自分の腹の虫の限界がきたことによって、考えていた以上に早い時間で切り上げとなった。
宿屋に行けば、すぐにクレアさんがまだ受付にいてくれたセントへ時間記入を申し込み、残りの時間は明日へと持ち越しになる――本来なら、案内所へ向かってクレアさんと会ってから案内が始まる予定だったのだけれど、今回はこの宿屋まで迎えに来てくれるという。
時間的には午前の9時。そのくらいから店などが始まるそうなので、騎獣市へ行くまでの間に飽きることはないだろうという計らいだった。本当によくできる女性だ、クレアさんという人は。ある意味では見習いたい――そして、見習ってほしいものである。
ちらりと視線をキョウとシュウに向けてみれば、向こうは向こうで同じように感じていたのだろう視線を向けられた。当然だが、部屋に戻ってから思いっきり蹴りを繰り出しのたのは言うまでもないことだろう!!
翌日は、全員が興奮していたせいで示し合わせたかのように、早くから目覚めてしまった。
まあ、それだけ楽しみにしていたのだから仕方ないってものだろう。
ゲームの世界では騎獣を持っているのが当然だったのだ。ひとりに一匹の騎獣、それはクエストで貰えることになっていたけれど、ある程度のレベルにならないと手に入らない、そんなアイテムでもあったのだ。ついでに、それぞれのキャラによって相性もあったため、それなりに苦労はあったけれど可愛がっているのが普通のことだったと思う。
自分もそうだった――気難しいと言われていた騎獣だったけれど、とても可愛がっていた。この世界に来てインベントリに入っていないと知ったときの落ち込みようは、本当に呆れるほど凄かったと今でも思う。
この騎獣――残念なことにファンタジーすぎる設定からか実際に存在しないような獣で、もちろんモチーフはあるのだけど、普通の動物からはかけ離れたものだと思って欲しい。
ついでに、この騎獣たちの種別に関しても独自に設定されたものだったらしく、元の世界の神話だったり逸話だったり、また神様にちなんでいたりなんてことは一切なかった。本当に信じられないほどに独自性の強い名前だったのだ。
少し早めの朝食を口にしたあとは、また部屋に戻って荷物整理をしつつ――時間を潰した。そう、時間つぶしだ。
ようやく時間になったときには、全員の顔が上気していたのは、もう想像に難いだろう。
朝、クレアさんと落ち合うと、即座に騎獣市場なる場所へと向かった。
その行き途中に通る市場には、様々な食料品が売られていて、そっちも見ながらの移動。もちろん美味しそうな食材は購入していった。
騎獣市場が開かれるのは10時からなのに、余裕を持って出たのはこの道を通っていくからだとクレアさんは笑う。
「絶対にこの道を通るから、どうしても見ちゃうじゃない?」
「そうですよね。みずみずしい野菜とかいっぱいです」
「果物も。こんな美味しそうなの見ちゃったら、手にしちゃうよ」
「どれもこれも美味しそうだ」
市場に並んでいる食材は、本当に様々で野菜から果物、肉類に香辛料、薬草までも売っていて目移りしてしまうほどだ。そのお陰もあって、騎獣市場までの距離がとても短く感じたといっても過言じゃない。ましてや、早めに出てきたのは間違ってなかった。
あちこちの露天で売られているものに目を向け、それなりに気になるものは手に入れて、香辛料やら調味料になりそうなものもシュウが厳選しながら購入したり――気づけばいい時間になって騎獣市場の開かれる場所まで到着していた。
市場からそう離れていない開けた広場に、まるでサーカスでもやっているのかと思えるような大きい仮設テントが作られ、出入り口なのか一面だけは幕が張られていない、そんな場所に人々がひしめき合っていた。
奥から聞こえてくる獣の鳴き声は騎獣のものなのだろう。
「こっちよ」
クレアさんに先導してもらって移動して行けば、そこから見えたのは――立派な騎獣たちだった。
「あぁ……騎獣」
「凄い」
「そうでしょう? ここからなら、どんな子たちも見たい放題――実は、うちの兄が調教師をしているのよ。お蔭でこんなところまで入ってきても叱られないの」
うふふっと女性らしい笑みを見せるクレアさんに、自分たちは思わず頭を下げてお礼をした。
ありがたい。こんなに近い場所で騎獣たちを見られるなんて思いもしなかったのだから。
キョウもシュウも、それはそれは真剣に騎獣たちを見ながら選別をしている様子で、クレアさんはどうやら兄なのだろう人を見つけたのか、声を掛けていた。
自分はといえば――本当は無理だって知ってる。いないんだって分かってもいる。だけど、どこかで諦めきれていない自分も存在していて――探していたのだ、自分の相棒を。
無駄なことなのだと、自分のどこかでも否定し続けているっていうのに、諦めきれないのはそれだけ騎獣だった相棒を本当の意味で大事にしていたから。
ゲームの世界の話だ。相棒と言ったって触れられたわけじゃないし、会話だってシステム的なそれだけだった。それでも、可愛くて愛しくて、大事にしていて、毎日のように会話をしてたのだ。
馬鹿な話だけどゲーム内では割りと多くの人が、自分の相棒でもある騎獣を大事にしていたと思う。しかも親ばかみたいに『うちの子は~』と自慢しまくっていた人ばっかりだった。
自分の愛する騎獣。二度と会うことは叶わない相棒。
そんなことは分かっていたはずなのに――。
「ギュォーーーン『オイ、キヅケヨ、バカ!』」
耳に何だか分かんない音が飛び込んできた。たぶん騎獣の鳴き声――のはずなのに、どこかで聞き覚えのある声。
ふと目線を鳴き声のした方へ向けてみれば――。
「嘘だ……まさか……」
「ギューン!?『マサカッテ、ナンダ!?』」
ああああああああああ――。
「あら、どうしたの? カナくん」
「……あぁ、あの、あの子、あの子は」
「あら!! 目が高いわねー」
「本当にいい目をしてんな……でも、あの子は気難しくって、未だに買い手がないんだよなぁ。調教しようにも人を近づけさせなかったのに、それなりのことは勝手にできちまうんで金額を釣り上げたら――人を見すぎるせいもあって、今じゃ破格扱いの騎獣になってる」
クレアさんともうひとりの男性、たぶんクレアさんの兄なのだろう人の言葉が、頭の中を勝手に通り過ぎていく気がした。
システムじゃないあの子の声が、自分を占領していってしまう。
「あぁ……グラン……グランーーーっ!!」
「ギュオーン!!『ハヤク、キヅケ、バカ!!』」
見つけた――自分の相棒を――見つけてしまった。
まさかなはずなのに、こんなことはないって思っていたのにっ。
そう思っていたのに、自分の知らないところでキョウとシュウも自分の相棒だった騎獣を見つけていたとか――いったい、この世界で何が起こっているのか。
「グラン??」
「あの子――あの子がいいんです。もう、ひと目見た瞬間に名前が浮かんだくらい!! あの子が……でも、でもでもっ!!」
「おお! 相性の問題か! ちょっと待っとけ」
言われて待ってられるかって思いと、グランを引き取るだけのお金があるかっていう心配と、もうどうしたらいいのか分からない焦燥感とが入り混じって、頭も心も混乱しまくっていた。
だけど、クレアさんが背中を撫でながら『大丈夫よ』と笑ってくれる。
「あの人はわたしの兄でナキというのだけど、たぶんカナくんが気に入った子の担当もしているわ。だから安心していていいわよ」
「ナキ、さん……あぁ、あの子……あの子がいいんだ。あの子以外、いらない」
「凄いわね。そこまでの思い入れだと、きっとうまくいくわ」
うふふと笑うクレアさんに、けれど自分はただただグランのことしか目に入ってこなかった。
クレアさんの兄というナキさんが、グランを繋いでいる綱を引っ張るのが見えて――けれど、グランは抵抗することもないまま、こっちへと歩いてやってくる。
嗚呼――グラン。
近くまで来たグランは、突然ナキさんを無視して自分に特攻を掛けてきた。もちろん綱に繋がれているのだけど、そんなものも無視する勢いで、だ。
「ギューンギューン『イツマデ、マタセンダ、バカ!』」
まるで本当に泣いているかのような甘え声を出すグラン。これはゲームのときだと構えって言ってるときの鳴き声で――思わず涙が溢れ出しそうになった。
けれど、それができなかったのは――。
「パドル!!」
『ケーン!!』
「キッド!!」
『オーンッ!!』
後ろでもまたキョウとシュウが、相棒との再会を果たしていたからだった。
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