第28話
28.フェネスへ
ケネス領の最大都市フェネスは、遠目で見たときにも存在感があると思えるほどに大きいと感じていたけれど、門を前にすればその広大さで視覚が麻痺してしまいそうだった。
しかも、門番の数もすごい――ついでに丁寧だし、とても感じの良い人たちだ。
街の入口付近には、案内人貸出所というものまであって、初めて訪れた人々が迷子にならないよう、困ったことにならないようにと配慮も成されている。それが代々この領地を守っている領主の考えなのだと教えられた。
街の中に入ったときの感想はと言えば――三人揃って圧巻としか言いようがなかっただろう。
そして即座に案内人さんを頼んだのは言うまでもない! なにせ、どこに何があるのか、どうやったら宿屋につけるのか、いくら案内板があったとしても、すべてを記憶するのは難しいのだ。
ただし、ちゃんと地図は売られている。表通りや商店街、それぞれのギルドがある場所や大きな商店などの説明が書かれた地図。また倉庫を利用する人たちのために、それらも記載されているものだ。
けれど、自分たちが案内して欲しい場所はそこだけじゃない。まあ、それでも案内人さんにお願いできそうにもない場所だったけれど。
「案内は一日で大丈夫ですか?」
「はい」
「地図はお買い求めになられますか?」
「ええ、お願いします」
「一番に案内される場所はどこが良いでしょうか?」
「一番は宿屋。あんまり高額じゃないところを――見た目同様の新人冒険者なので」
言いながら冒険者のタグを見せれば、案内所の受付さんが苦笑を漏らしながら『大丈夫ですよ』と言ってくれた。
「ほかに必要なのは、きっと道具屋とかかしら?」
「そうですね。あとは武器と装備はどうにかなっているので、食事処とか冒険者のギルドがある場所、ついでに図書館などの資料が置かれている場所などをお願いします」
「図書館、ですか?」
「はい。この辺り周辺の情報を知っておきたいって思ってます。この先、まだまだ旅をするから」
照れたように言ってみせれば、それだけで好印象を与えるというもの。受付さんは『新人の冒険者さんなのに、偉いわね!』と素敵な笑顔をくださった。
そのうえ、受付のお姉さんから『それならば』といくつかの情報が手に入る場所も案内してくれるように、今回の担当さんに伝えてくれると言ってくれた。まったく、ありがたいことこの上ない話である。
「詐欺師」
「なにか言ったか、キョウ」
「いいえ――何も」
「子供顔、いいな」
「なんだ、喧嘩でも売るつもりか? シュウ」
「すまん」
こっそりと受付のお姉さんには聞こえないように言ってくるふたりに、同じく聞こえないようコッソリと返しながらふたりの足を思いっきり踏んづけておいた。もちろん、ふたりが声を上げるような真似はしなかったけれど。
「じゃあ、今回の案内担当は、クレアさん、アナタで良いかしら?」
「はい。大丈夫ですよ」
受付さんが声を掛けたのは、後ろで待機をしてくれていた、たぶん20代半ばくらいの女性だった。濃いめの茶髪と紫に近い青い目をした、とても穏やかそうに笑う女性だ。
「クレアといいます。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、今日一日よろしくお願いします」
「あら、一日って話よね?」
「え? はい、そう、ですけど」
「一日とは24時間という意味――それなら、本日の開始時間から終了時間、そして残りは明日になるのだけど、マーシャ、説明していなかったの?」
「あら、してなかったかしら? 基本的に一日という単位での計算だから――ごめんなさいね? てっきり知っていると勘違いしてしまったのだわ。許してくれるかしら?」
「あ、いいえ、気にしないでください」
にこりと笑いながら言えば、それに釣られてふたりの女性も笑みを見せてくれた。ついでに『24時間よろしくね』と付け足されて――ってことは、だ。その間、クレアという女性の面倒もみなきゃなのか……そんなことを考えていたら、受付の人が説明不足だったからと色々教えてくれた。
「まず、これからの案内してもらうわけだけど、時間をこちらに記しておくの。この案内所を出るときに、あの出入り口のところね? あそこでこのカードを入れると時間が印字されるのよ。そうして、今日の案内が終わった時間帯は宿屋やどこか第三者に記載してもらうの。そして残り時間は翌日、この案内所に来てくれればまたクレアを案内に回すわ」
「……でも、それだと時間の無駄じゃ?」
「それが仕事なのだか心配しないで。ね? マーシャ」
「ええ、これがわたしたちの仕事なの。時間計算する仕事でもあるから――面倒でも何でも、この街を知ってもらうために、迷子にならないように、問題が発生しないためにと考えたものなのだから。これから数時間で今日は終わるのよ? 時間的に勿体無いじゃないの」
「そう、だけど……」
「一日という計算での金額設定よ。それなのにぼったくったりしたら、領主さまからお叱りを受けるわ!」
笑いながら言うマーシャという受付のお姉さんは、領主さまの名前まで出してきて、こちらの不安を拭い去ってくれる。これこそが本当のサービス業というものだと、思わず苦笑を漏らしてしまった。
「では、行きましょうか?」
「はい! ではクレアさん、お願いします!」
「ええ」
この会話の間、ずっと黙りっぱなしだった男どもふたりは、どこか遠い目をしながらお金の計算をしていたのだった。もちろん受付さんにお金を支払ったのは、年長に見えるシュウである。ただし、そこには自分とキョウのお金も入っているのだけれど。
街の宿屋はピンきりなのだと教えてくれるクレアさんは、それでも三人だという自分たちの泊まりやすいだろう宿屋へ案内してくれた。
「この辺一体は宿屋街と言われていてね。高級宿屋は中央に向けて多くなるの。お店も何もかもそうなのだけど、この街の特徴は丸い円のような形をしていて、中央に向かって高級になっていくのよ」
「そうなんですね」
「この街の中央には、領主さまがいらっしゃったときにお泊りになられるお城があるの。ここからも見えるでしょう?」
「ええ。なんかすごく遠く感じますね!」
「それは、お城の周りにお堀を作ってあるからなのよ。危険な人たちの侵入を防ぐため――領主さまがいらっしゃらないときは、あちらに領主さま代行の方がいるのよ。今は領主さまのご子息が住んでいらっしゃるわ。まだ少し先でしょうけれど、いずれは領主さまになるためのお勉強を兼ねて、この街の執政を行ってくださっているのよ」
「それは凄いですね。これだけの規模の街を管理されるなど、本当に大変だろうに」
「まあ! やっぱりとてもいい子ね、貴方は――けれど、今のご子息さまはすでに成人もなされていらっしゃるし、結婚もされているの。家族思いのとても良い方。そして、そのご家族も領主さまと同じように、わたしたち民にも気さくで素晴らしい方たちなのよ」
本当にこの街を大好きなのだろうクレアさんは、そんなふうに言いながら中央に君臨するお城を嬉しそうな目で眺めていた。自慢するほどに素晴らしい人たち。そんな人が存在するのかと少し疑わしく感じなくはないけれど、街の雰囲気を見ていれば、そんな自分の考えが間違っているのだろうとも思えた。
そうしてクレアさんが案内してくれた宿屋は、新人冒険者にも優しい値段設定がされているという小さな庶民派の宿屋だった。
「この街にも多くの冒険者がいるから、こういう宿屋は街の人たちにも大切にされているのよ」
そう言いながら宿屋の扉を開ければ、そこには見た目とは正反対の大男が受付に居座っていた。
「あら、セント。今日は貴方の受付?」
「あぁ。昨日の夜に乱闘騒ぎが中間部であっただろう? そのせいで流れてきた連中を捌くのに、女が相手だと他所から来た冒険者は偉そうな態度になっからなー」
大男は厳つい顔とその形で、思いっきり自分たちを睨みつけてくる。けれど、そんな彼の頭をポカンと叩きつけたのはクレアさんだった。
「アンタねぇ……案内人の、しかもわたしが連れてきた客よ!? そんな連中と一緒にしないでちょうだい」
「でもよー! 余所者の冒険者ってのは……」
「この子たちは、とっても礼儀正しいの! そうでなければ、わたしが担当になるわけないじゃないの!! そのくらいわたしが来ただけで把握できなきゃ客商売なんか続かないわよ!!」
クレアさんが呆れたように睨みつければ、それに圧倒されている大男――どうやら名前はセントさんというらしいが。うん、とってもシュールな光景ですな。
「とりあえず、大部屋で大丈夫かしら?」
そう問われて戸惑ったのはシュウだけだった。自分たちにしてみたら、結構そうなるのはいつものことだから、あんまり気にもせず『それで』と答えたわけだが、シュウがこそこそとキョウに向かって『大丈夫なのか』と聞いているのが耳に入る。もちろんクレアさんたちに聞こえるようなヘマはしていないけれど。
「今日はもう大部屋しかねえんだが、五人部屋になっちまう。もし金の都合がつかないなら、相部屋にすっけど?」
「いいえ、それでお願いします!!」
即座に答えたのもシュウである。こいつの頭の中じゃ、きっと『女と相部屋とか……しかも知らないヤツを入れるとか』とあたふたしているに違いない。
まあ、実際に知らない連中と一緒にはなりたくないから、相部屋は勘弁したいところだけれど、仲間であるふたりと同じ部屋になる程度なら問題ない。
「良かったわね! あんまり知らない人と相部屋は――冒険者でも新人だと怖いはずよ」
「ええ、できたら仲間だけが安心です」
「チームでも組んでいるのか?」
「まだチーム登録はしていないんですけれど、いずれはって考えています。ただ全員が新人冒険者扱いなので、もう少し実績を積まないと無理だと思うんですけれど」
少し困ったように答えてみれば、セントは『それなら、ここのギルドに行けばいい』と言い出した。
「この街の冒険者ギルドは、小さな仕事から大きな仕事まで山ほどあるからな。領主さま自ら、どんなギルドにも仕事を出すように指示を出しているから、すぐに実績は積めるさ」
「そう、なんですね……でも、自分たち程度でもできる仕事はあるでしょうか?」
「あるある! たとえば、うちで頼んでいるものなら食材を取りに行ってもらったり、部屋の掃除の手伝いなどもあるし、この街のいたる店でも仕事は出しているはずだ。それでも充分に実績として認めてくれるのが、冒険者ギルドだろう?」
言われて素直に頷けば、キョウもシュウも少し心配そうにこちらへ視線を向けてきた。
けれど、そんな彼らの不安はあとで充分に解消するとして、今は部屋取りが先だ。
「何日の予定だ?」
「できたら四日ほど。それ以上になる可能性もあるので、そのときには決まり次第お願いするかもしれません」
「おうよ――長くなるなら前日には連絡してくれ。早めに出る場合には、メシ代だけは返却できるし」
「はい」
にっこりと子供みたいな笑みをみせれば、セントは頭をワシワシかきながら照れたようにして、自分たちの泊まる部屋の鍵を渡してくれた。
「これが部屋の鍵だ。一応は確認してから出かけるといいぞ。出かけるときは鍵をこっちに置いといてくれ。触られたくないもの、貴重品に関しては結界箱があるからそこに入れておくといい。といっても今どきの旅人でアイテムバッグを持ってないやつはいないから、ほとんど需要はねえだろうけどな。あ、朝と夕は飯が付くが、事前にいらんときは連絡をくれ。突発のときは仕方ないが、それ以外のときは必ず準備しちまってるからよ。風呂は夜の10時までしか使えねえ。部屋のシャワーも同じで水もお湯も止めちまうから、その辺も考慮しとけよ」
「はい、色々とありがとうございます」
そう返事をして部屋を確認した自分たちは、その後また街へを繰り出すのだった。
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