第27話

27.

 

 

 マカノの町を出たのは、シュウを見つけてから四日目の朝、この町に入ってから一週間も経ってからのことだった。

 それでも大きな収穫があったことは、自分たちにとっても心の余裕ができたように感じられる。

 

 さて、すぐにでも家を出して増築やら何やらをしたいと思うのだが、ここからフェネスまでの間に森がひとつもないのが問題だ。かといって放置するわけにもいかないわけで。

 

「どうすべ?」

「んー、増築だよね?」

「あぁ……シュウの部屋を作らんといかん。ついでに風呂ももうひとつ欲しい。でもってできたらキッチンも料理のスキルを持っているってんなら快適にして差し上げたい!」

 

 やっぱり早くキャラバンが欲しい――と思うのは贅沢ではないと思う。

 家を出すにしてもキャラバン持ちなら移動速度が違ってくるのだ、森だって探そうと思えば簡単なはずなのだ。

 

「この辺りだと、フェネスへの道とは逆方向にいかないとダメだよね?」

「そうなんだよなぁー。戻るのも面倒だし、作らないわけにもいかねえし」

「フェネスまでは、そう遠くないんだろ?」

「まーね」

「それならフェネスまでは我慢して、その先にある森を目指したらどうだ? というか、なんで森なんだ?」

「結界を張って不可視を掛けたとしても、だ。どこで誰が見ているかも分からねえじゃん。森の中なら幻影を掛けてから結界、不可視ってやればわりと見つからないんだよ――人の気配は辿れても、どこから誰が見ているか分からん状態では、何もできない」

「――そこまで警戒しなきゃなのか。まあ当然といえば当然なんだよな。キョウが見せてくれたメモに詳しいことが書いてあったけど」

「うん。僕も初めは、そこまで警戒する必要があるのかなって疑問だった。カナさんが何に警戒しているのかも、あんまり理解してなかったし」

「キョウは能天気だったからな」

「カナさん……日に日に僕への扱いが悪くなる気がする」

「そんなことはない」

 

 警戒して警戒して、それでもまだ足りないというのは、キョウも最近になって気づいてくれている。シュウもそんなキョウが書き取ってきたメモを見て何となくだが理解し始めていた。

 そりゃ、変装アバタがあるんだから、最初からそれをつけて移動したり狩りをしたりすりゃいいじゃねえかってのは、自分でも思ってたことだ。だが、はじまりの街リーゾルで図書館やらギルドやら様々なところで集めた資料や情報で、それではダメだと気づいたのである。

 

 まずどこの街や村に入るにしても、身分証明が必要となるわけだ。ましてや冒険者ギルドに行っても同じなわけだが、その身分証明を隠して中に入ることは不可能となっている。というのも、門番さんが魔道具を行使し管理しているからだ。

 そのうえ、村になれば見知らぬ人というのは見つけやすくなるわけで、宿屋のない場合は村の隅っこで野宿することだってある。そんなときに身分が分からない者を置くわけがない。身分証明を持たないものが入る場合の税金ってのは、問題を起こしたときに支払われる慰謝料みたいなものの保険なのだ。

 

 支払いができない者は、たとえ小さな村や町でも入ることはできない。そして、その金額は問題を起こしたと同時に連絡が入り、出るときに還してはもらえないとされているのだ。

 

 冒険者にしろ商人にしろ、ブラックリストに入っている者たちにしても同じことが言える。彼らは入る際に問題行動をしないという魔道具にて作られた誓約書にサインをさせられた上に、税金という名の保険金を支払わされるのだ。もちろん魔道具で作られた誓約書なため、もしものときには二度とそこに立ち入ることができなくなるのだという。

 

 ってことで、だ。

 小さな町や村では変装アバタを付けても見知らぬ人がいるというだけで、すぐに誰なのか把握されてしまうわけだ。

 ついでに、大きな街でだって門番が持っている『身分証明探知機』っていう魔道具は、警邏隊たちも持っているわけで、どんなに変装して問題を起こしても見つかってしまうってわけだ。

 

 自分たちの起こすだろう問題行動ってのは、この世界では失われたモノを使う行為。

 魔術にしろ、魔道具にしろ、アイテムにしろ、変装アバタだって同じ意味合いを持つわけで――そんなものを行使している人間がいるというだけで、国から指名手配され捕まった暁には間違いなく自分たちの力を搾取されるだろう。

 

「捕まらない自信はありそうだけど」

「ある――が、指名手配とか面倒じゃねえか」

「確かに。町とか村にも入れなくなるもんね」

「そのとおり」

「今はまだ、そのときじゃないってことだよな?」

「今までも今も、そしてこれからも、だ!」

「でも、カナ、さん」

「シュウ、呼びにくいんだろ? 敬称つけなくていい! 鬱陶しい――毎度毎度つっかえながら呼ばれるのは気分が悪い」

「あー、すまん……それはそれとして。オレたちの力なら抑え込むことだってできるだろ?」

「何千、何万、何百万って数の人間を三人で抑え込むって? バカなの??」

「……いや、そうじゃないけど……でも、三人いれば」

「そこまで面倒なことにして、何が楽しいんだ?? 隠しておくだけでいい話だろ」

「まあ、そう、だけど」

「自身の力を誇示したいのなら、勝手にやってくれ。自分を巻き込まないなら好きにしていい」

「――カナさんの意見に賛成。わざわざ問題を起こして帰り方が探れなくなるのは、面倒だもん」

「あ……すまん! 失念してた」

「失念って言葉を使う人間を初めてみた!」

「カナさん、そこなの!? そこに感動するの!?」

「うっさいよ、キョウ! ってかシュウ、アンタが力を誇示して英雄になりたいってんなら止めないから、勝手にやってくれ。キョウもこっちに賛成ってことだから自分たちを巻き込まなきゃ何してもいいんで」

「いや、うん、悪かった!! オレが本当に悪かったから!!!」

 

 ようやく理解したのだろうシュウは、必死に謝ってきているけれど、別に自分は怒っているつもりもない。だから謝られる必要もないのだ。疑問を疑問のままにしておくよりも、こうして話し合いをした上で、互いに理解し合っていくことが今は大切なのだから。

 

「ほんと、カナさん強いよねー」

「当たり前だ」

「でも、こんだけ無理解な発言をしたオレなのに、怒ってないのも凄いよな」

「この程度では怒らない」

「確かに――死にたきゃ勝手に死ねって言える人だもんね、カナさんは」

「当然だ。自分さえ巻き込まなきゃそれでいい。自分ひとりでだって、いつか帰ってやるつもりだからな」

 

 そうはっきりと宣言してやれば、ふたりして『一緒にだろ!』とか言い出してくれる。まあ、今のところは一緒にってのをスローガンにしてやっていけばいいだろう。問題行動さえ起こさなきゃ見捨てるつもりもないわけだし。

 

「とりあえず、家のことはフェネスを出てからってことにしよう。騎獣を手に入れてからってことで!」

「そうだな。オレ、早いやつがいいなぁ」

「……金、足りっかな?」

「――あ」

「オレ、あるし」

 

 シュウの発言に、思わずキョウと顔を見合わせたあと、後頭部とケツに拳と蹴りが入ったのは、言う必要のないお話かもしれない。

 シュウの身長はキョウよりも少し低いしな!

 

 

 

 マカノの町を出てから一週間近く経った頃、ようやく見えてきたケネス領最大の都市フェネス。

 途中にあった集落やら村では、大した問題もなく通り過ぎることができたし、風呂にもときどき入ることができたので、概ね順調にやってきたという感じ。

 

 食事も大幅に改善されて、野宿をしているときですら美味しいものを口にできている――これが何より素晴らしい!!

 キョウもまた、今までひとりでやっていた作業をシュウとふたりで、しかも手際の良いパートナーと共にできるってことで嬉しそうだった。

 このまま、このふたりがカップリングになったら、自分はどうするのだろうか。

 まあ、きっと見てみないふりを決め込むんだろうな。そんなことを考えていたときもあったけれど、シュウは元の世界にいる嫁と子供が大好きすぎて、キョウの想いは一方通行で終わりそうだ。

 いや、実際にはキョウもそっち方面じゃないのだろうから、カップリングになることはないんだろうけどな!!

 

 ただただキョウは、兄貴分としてシュウを慕っているだけ。ついでに料理のスキルに惚れているだけだ。

 

 自分も同じである。

 シュウが仲間として一緒に旅をしてくれているのは、本当に助かる。美味い飯が毎日食えるのだから。たとえ同じ食材でも、味が違えば美味しく感じるってのを本気で体感しているのだから。

 

 

 

「あれがフェネスか」

「やっと騎獣が」

「――金額に寄るがな」

「足りない分は、オレも手助けする!!」

「シュウさん、お願いします!! ってかカナさんもお願いしなよ!!」

「いーや、自分はいい。身分に沿った騎獣で充分だ。だいたい移動するのに疲れない程度の騎獣がいりゃ、それでいいんだからな」

 

 言いながら、だいぶ近くなってきた都市フェネスへ視線を向ける。

 そして――。

 

 

 

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