第26話
26.
朝から買い物をして回ったせいか、宿屋に戻ると受け付けの人からニコヤカに対応された。
この町では、それほど多くの冒険者が来るわけじゃないとのことで、こうして消費してくれる人が来てくれることをとても快く思っているのだとか。特に装備らしい装備が売っているところもなかったけれど、中古でならいいものも揃っているというこの町では、できることなら冒険者たちが通ってくれるようになるような場所にしていきたいのだと笑っていた。
自分からしてみたら、こんなに漁業が栄えているなら多くの旅人がくるのではと思っていたのだが、フェレスへの通過点には使われてもそれ以上には需要がないと思われているとのこと。ついでに新鮮な魚ならフェレスでも充分に事足りるのだと自嘲気味に笑っていた。
まあ、それはそれで仕方ないのだろう。独自の発展を見せなければ、独自の集客を狙わなければ、やっぱりそういうことは無理だと思う。
自分が何かを提案することは簡単だ。けれど、そのせいで目をつけられるのは面倒でしかない。ましてや、この世界じゃ珍しいものを提案してみろ――絶対に領主が乗り出してくるに決まっている。
そのため『冒険者が楽しみにしているのは食べ物だからなァ』っていうヒントだけは出しておいた。けれど、それが生かされる可能性は――皆無だけどな。
さて部屋に戻ってみれば、いまだグッスリと眠っているシュウの横で、必死に資料の整理をしているキョウがいた。
彼なりに今まで立ち寄った町々で図書館に入り、そこで色々な本から大事な部分をメモしてきたのだという。もともとは大学生だったことから、そういった手間を嫌がる感じじゃないみたいだ。
自分はといえば、メモとか面倒すぎてしていない。だいたいの情報を頭の中で整理したら終わりって感じだ。なにせ、この世界じゃ紙が貴重なのである。だからこそ、あんまり公の場では出すことができないというものなのだ。
じゃあ、キョウはどうしているのかといえば――こいつったら、しっかりと道具屋でメモ用の木の板を入手し、その場で大事なことはメモしてきているらしい。
それらは、後ほど宿屋に戻ったり家を出したときに部屋で紙に書き写しているみたいだ。
この世界での紙は貴重だが、自分たちにとって紙はそれほど手に入れるのに難しいものじゃない。なにしろ、自分の生産スキルで充分に作れる代物なのだから。
そう――キョウは、自分に紙を提供しろと言って今までの情報を精査しつつ、大量に作らされた紙に記していっているのである。
「カナさん、いいものゲットした?」
「魚介類は一応、それなりにゲットしてきた」
そう言ってニンマリ笑ってみれば、嫌そうな顔でキョウが『アイテムバッグ持ち程度なのに』と言い返してきた。
「アイテムバッグだと時間経過されちゃうって知られているじゃないか」
「それはそれだ。三人になったんだから消費率が上がるんだし、それなりに魔道具を持っているんだからちゃんとそれを取り出して入れてきたぞ」
「それって、向こうでのアイスボックスみたいなもんじゃんかー。目立ちたくないって言いながら、食料のことになると目の色が変わるんだからなぁ、カナさんは」
「家」
キョウの言葉にボソリと呟けば、その後すぐさま謝罪を口にしてきた。だけどな、それってもう条件反射で、反省すらしてねえだろ。とは思いつつも、それを狙って言っている自分には言えない言葉でもあったりする。
「でも、シュウが仲間になった以上、家に手を入れないとだな」
「シュウさんは、どんな生産スキルを持ってるんだろ?」
「さぁ? その辺は知らんけど、とりあえず個別の寝室は必要だろ? ついでに風呂も女と男で分けるか」
「――資材はどこに?」
そう言われてインベントリのバンドを叩いてみれば、やっぱりチートめと悔しそうに唇を噛むキョウ。悪いがゲーム歴が違うんだから諦めろと何度となく言ってきたのに、未だにコレなんだからな。本当にガキすぎる。
けれど、今回はシュウという大人が入ってきたのだ。少しは成長してくれることを祈ろう。ただし、シュウが一緒に行動すると言えば、の話なのだが。
「シュウさん、一緒に来るかな?」
「さあな。けどその辺はこっちでとやかく言うことじゃねえし、好きにさせるしかねえだろ?」
「でも……せっかく見つけた仲間だし」
「それはそれだ。ひとそれぞれってのが分かるようになっとけよ、キョウ」
「――分かってる、つもり」
「つもりじゃだめなんだよ」
言いながら自分もシュウがどうするのか気にはなっているのだ。この先のことを考えれば、シュウも仲間として一緒に来てくれることはありがたい。けれど、どんな人間なのかまでは把握してないため、キョウがいる手前もあって『一緒に行こう』と脳天気には言えない自分もいる。
決して、シュウのことを悪人だとは思っていない。ただ未だに混乱しているだろう彼は、説明している間中ずっと苦しそうに顔を歪めていたのだ。
もちろん誰でも同じだろう。こんな世界へいきなり連れてこられたのだから、混乱しないわけがない。
それでも、最大の目的を考えて動くことと、他のことにも気を取られている自分たちとでは、行動を共にすることで不協和音になりかねない。それならそれで、最初から別行動をするのも手なのだ。
ただ――彼がどのように選択するのかは、自身で決めてもらうしかないのだけれど。
その日、シュウが目覚めることはなかった。ぐっすりと、今まで使い切ってしまっていた体力を取り戻すかのように、一度として起きることなく眠り続けていたそうだ。
翌日の朝、ようやく目を覚ましたシュウは出会ったときとは違って顔色も良くなっていた。キョウに言われてアイテムを使い、無精になっていた顔や髪も綺麗に整えられており――まあ、普通に大人な男性の出来上がりだった。とはいっても、この世界じゃようやく成人した程度の顔つきと体つきなのだけれど。
「なんか、若返っている気がする」
「君の年齢は聞かないから、こっちにも聞くなよ」
「僕は18歳なんだー。大学生だったはず」
「お前には聞いてない、阿呆」
「カナさん、ほんと、酷い」
「煩い」
まだ、この町の人たちにはシュウが精神的に不安定だと思わせておきたいため、朝食もこちらで取ることにしてある。宿屋の従業員さんや食堂の人たちも『それなら』と快く食事を提供してくれ、部屋で取ることを許してくれている。
「それで、シュウ。今日一日ひとりで過ごしてみるか?」
「――なぜ?」
「今後のことを決めるためにも」
「今後のこと?」
「そう。僕たちと行くのか、それとも単独行動をするのか」
「見捨てるわけじゃない。一緒にといえば一緒に行く。が、シュウにも考えがあるだろうからな」
そう言い放てばシュウは困ったように眉毛をハの字にして固まっていた。
「意地悪でも何でもないから、普通に聞いてほしいのだが――これから先、最大の目標は自分たちの世界へ戻ること。だけど、他にも仲間がいるかもしれないってことをシュウの存在で決定づけられた気がするんだ。それで、自分たちはそんな連中を探しつつの旅になる。あちこち寄り道もするし、ときには冒険者としての仕事もするかもしれない。きっと最大の目的を果たすまでには時間が掛かるだろう。そんな旅についてくるか否かってことだ。決してシュウの決めることに対して異議は唱えない。ただし問題行動だけは別物だけど」
そう一気に言ってしまえば、余計に困った顔になってしまった。キョウもキョウで、本当は言いたいことがあるのだろうけれど、彼に対して急かそうとは思ってないみたいだ。
「それとな――昨日の説明でどの程度のことを理解したかは分からないが、一緒に行動するにしろ単独行動をするにしろ、ゲームで培った力というものがあるが人前じゃ使うな。下手をすれば利用されたり殺されたり、もしくは隷属されるのが一番厄介になる――この場合は、自分たちでも助けられないからな」
恐怖なのはそこなのだと語気を強めて言ってしまえば、キョウが大きく頷きながら後押しをしてくれる。それを見てシュウは、ようやく大きく深呼吸をしてから――。
「オレはひとりで行動できるだけの力はあるんだと思う。きっと冒険者になってもランクを上げていけるだろうし、それに人の役にだって立てる人間だと自負すらある。だけど――それでも、この世界については新人も新人で、赤子同然なんだろう。そんな中でオレを見つけてくれた人たちに、戻ろうと言ってくれた人たちに、恩を仇で返すほどバカにはなりたくない。だから――先のことは分からないけど……本当にどうなるか分かっていないけど、だからこそ、一緒に行かせてください。どうか、お願いします」
最後の方は少しだけ泣き声に近いものとなっていたけれど、頭を一度だけ下げてから自分たちへと向けた顔は、思っていた以上に晴れ晴れとしていて、その上素晴らしいほどに清々しい笑顔を向けてきた。とはいっても所詮はフツメンなので、トキメキなどは皆無だったけどな。うん、それこそ清々しいほど皆無だった。
それよりもキョウのほうが顔を赤くしてるのが気になるところだが――そっちか? そっちに走るのか? キョウよ。自分が巻き込まれないのであれば、好きにして構わないけど、目に見える場所ではやめてくれよ??
そんなことを思いつつ、彼らを見ながら小さく頷いておいた。
「そういうことなら、一緒に行こう」
「やった!! 仲間ができた!」
嬉しそうに飛び上がるキョウのケツを蹴り上げながら、自分も少しだけ安心しているのに気づいた。
なんだかんだ言って、自分もやっぱりひとりでも仲間が増えることが嬉しかったのだ。
「じゃあ、それなりに調べた情報とかメモしてあるから、それを渡しておくよ!」
張り切って取り出してきたメモの量を見て、思わずもう一度、今度はキョウの後頭部を殴ったのは言うまでもないことだろう。
その日一日は、シュウにとっても心の整理やら準備やらでゆっくり三人で過ごすことにした。本当はひとりにしたほうがいいのではと思っていたのだが、本人からひとりだと怖くなるので一緒にという要望からだった。
その間に、昨日彼のために買ってきたものを並べて浄化を掛けてから渡し、これを身につけるよう伝えた。
というのも、現在の彼の格好は死に戻りした格好ほどじゃないけれど、簡素な格好でしかなかったからだ。
インベントリの中身については、それなりに申告されてしまった――キョウにとっては、かなりのアイテム持ちだったらしく悔しそうにしていたけれど、自分にしてみたら一年やってての量にしては少ないなという感想を持った程度だ。ただし、持ち金だけは一番多かったけれど。
ジョブは拳闘士をしていたとのことだけれど、ちょうど切り替えの時期でビショップ目当てに魔術師を選択していたとのこと。ただし使えるスキルは低レベルのものだけというけれど、それらも一応は封印させておいた。なにせ、今のこの世界ではヒールひとつ使えるだけで、下手したら目をつけられかねないのだから。
生産スキルは裁縫で、デザインまでの最大スキルまで取っているとのこと。もうひとつは課金で手に入れた生産スキルで、料理だそうだ。
思わずキョウが叫んだのは言うまでもない。
「やったー! 凄いよ、シュウさん。料理スキルとか、めちゃくちゃありがたすぎる」
「そ、そうなんだ?」
「もぉね、僕もそれなりに料理はしてきたけど、元の世界で親の手伝いをしてた程度のものばっかりなんだ」
「あ、うん」
「煮物とか色々言われても作れないし、そのたびに殴られたり蹴られたり……もぉ、本当にシュウさんは僕にとっての救世主だよ!!」
なんだと? と言葉にするよりも早くキョウを蹴り飛ばしはしたけれど、それを見ながらシュウは苦笑を漏らしていた。
「カナ、さんは、ダメなんだ?」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
「違くてさ。生産スキルで取ってなかったのかってこと」
「ああ、必要を感じなかった」
「確かに――生産スキルで料理とか、オレも最初はスルーしてたもんな。クラメンにポーションよりも遥かにいいと言われるまで気づかなかったし」
言いながら裁縫にしたのは、一緒にプレイしていた嫁さんのためだったとか――ただ、その嫁さんは今じゃ引退してるそうで、それでも旦那であるシュウがゲームをすることは容認していたとのこと。
「嫁が攻撃タイプの魔術師だったからなー。良いものを作ってあげたくて――それに可愛いじゃん? 魔術師の女の子が来ている装備ってさ」
「そうそう! そうですよね!!」
「それで取ってたんだけど、すぐに引退しちゃってさー。でも、そのお陰でとっととデザインまでの最大スキルまで取れたんだから良かったってことにして、あとは料理スキルを取って――また嫁が戻ってきたら一緒にやろうとか思ってたんだよな」
リア充など爆発してしまえ! などという言葉があるが、シュウを見ているとそんな言葉が溢れ出しそうだ。もちろん口には出さない。大人だからな。
でも、そんな話をしているシュウの目が――とても寂しそうだった。思い出すだけで辛いのだろう。
「まあ、これで旅も安泰だな!」
その言葉で締めくくりとして、明日からの準備を始めた自分たちだったのである。
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