第25話

25.

 

 

 保護した男が目覚め、そしてキョウとふたり彼に向けての軽い説明が終わったころ、もう時間的にはすでに真夜中となっていた。

 途中で宿屋の食堂から、温かくて喉に通りやすいだろうと思われるスープや、腹持ちがいいだろう食事をいくつか頼んで部屋に運んだが、彼が口にしたのはスープのみだった。まあ、たぶんだけど、ほとんど飲み食いしていた様子じゃないから、体のことを考えればそれは間違った選択じゃなかったはずだ。

 

 そして、自分たちからの説明が終わったあとの彼はといえば――とても疲れたように項垂れていた。仕方ないことだと思う。彼にとっては青天の霹靂だろうから。

 自分はそれほどじゃなかったけれど、キョウもまた混乱して取り乱しそうになったことすらあるのだ。まだ若い子だから、本来なら順応性があっても良いだろうに、それでもそんな状態に陥ったのだから、ある程度の年齢を重ねた男性であれば衝撃だったはずだ。

 

 まあ、ラノベにハマってたやつだったら、ヒャッハーしそうな気がしないでもないけど。

 チーレムバンザイと言っていたかもしれないけれど。

 

 だけど、この男性はラノベも読んだことはあるらしいが、それとこれとは別問題だと考えているらしい。現実を重く考えるタイプなのだと、少し感じられた。

 

 

 この男性の名は『シュウ』なのだという。ただし、これ以外の本名は思い出せないというのが、自分たちとの共通点とも言えるだろう。

 確かに、元の世界のことは覚えているし、そのときに自分が何をしていたのかとか、どんなふうだったのかまでも覚えている。それなのに、自身たちの本名だけはいまだに思い出せない。

 

 それは自分も同じだった――ずっと気になっているけれど、そこだけは触れないように考えていた。

 ゲーム名だけは覚えているけれど、個人情報となるものについてだけは思い出すことができないのだ。

 

 社会人であったこと、一人暮らしをしていたこと、家族の顔なども思い出せるし、同僚や上司の顔だって思い出せるのに――そんな彼らの名前すら思い出せないでいる。

 そこに恐怖がないとは言わないけれど、だからといって恐慌に陥らず落ち着いていられたのは、全部を忘れていなかったから。

 

 そう彼らに言えば、そこで何やら納得したのだと思う。

 自分はここにきて半年ほど経過しているけれど、未だに忘れることもなく、ときには夢にも見るからと言えば、彼らも安心したのか――それとも諦めの境地なのか、頷いていたからよしとする。今はそれくらいでいいだろうと思うのだ。

 

 ただ、やっぱり違和感があった。

 それぞれ、この世界にきた時間が異なっているようなのだ。

 

 キョウのときにも感じていたそれが、今回のシュウと出会ったことで余計に思ったことだ。

 シュウは一週間ほど前に来たのだという。

 その間、口にしたのは水だけだったけれど、なぜか生き延びてしまっていたと――死んだら戻れるかもなどという甘い考えもあったらしいけれど、どうにも苦しい思いや痛い思いを繰り返すうちに、無理なのではないかと感じ取っていたらしい。

 

 そして何よりも――そのせいで感情を制御できなくなっていったのだと。

 

 

「オレは結婚してんだよ」

「ふーん」

「子供もいんの」

「へー」

「戻れっかな?」

「「戻るんだよ」」

 

 キョウと自分の声が重なった。

 当然だろう。自分たちの最大目的は、帰還することなのだ。元の世界へ、絶対に戻ってやるつもりなのだ。

 諦めるだけの要素もないのだから、簡単に放り出すつもりはない。

 

 そりゃ仲間を探すこともしているけれど、これはあくまでもキョウを見つけたときに『もしかしたら』と考えた結果についてきた副産物であって、仲間を探しながら帰る方法を探すとしたほうが、効率的だと考えた結果なのだ。

 

 本当は――自分も寂しかったのかもしれないけれど。

 

 

「とりあえず、キョウ、シュウ。この先のこともあるから、色々と話しをしてから出発することにして――キョウ、アンタはこの町での情報収集は?」

「今日の案内人さんには、それなりでしかないけど情報をもらってきた。ここマカノではフェネス行きの乗り合い馬車も出てるんだって――ただ、運行が三日に一度らしいけど」

「そう。ほかは?」

「ケネス領の領主さまは、自身の領地を大事に思っているから、もしも何かあれば嘆願書を出すだけで兵士たちを寄越してくれるとか」

「――それはいらない情報」

「でも、これって大事だと思う。問題行動を起こせば領の兵士が集まってくるってことでしょー?」

「じゃあ、聞くけどな――キョウは問題行動を起こすのか?」

「僕じゃないよ!」

「自分に言ってんのか、喧嘩か? 喧嘩なら買うぞ!」

「違うってば!! 今回のシュウさんみたいに、もしも仲間が暴れてたら? その人が危険に晒されないとも限らないじゃんか」

 

 言われて最もだと納得した。

 シュウも少しだけ体を小さくしながら『スマン』とか言っているけれど、実際にこの町では問題にされなかっただけで、ほかのところじゃ分からないだろうということだ。

 

「なるべくそういう情報も手に入れながら町を回るか――」

「うん。ただ、フェネスの近隣だと村とか集落程度しかないんだって言われた」

「へー」

「あとは、大きめの街になって、東西南北に位置する場所で、フェネスを守るようにできていると言ってた」

「一応は都市でもあるフェネスに魔獣や魔物が簡単に入り込まないよう考えられているんだろうな。いわゆるスタンピード対策ってやつか」

「たぶんね。名前も聞いてきた」

「ああ、それなら自分も知ってる。地図を見ているからな」

「「え!?」」

「はじまりの街リーゾルで」

「記憶してるってこと!?」

「それなりに――大事な部分だけは覚えてきた。というか、目的地付近だけだがな」

 

 頼りになるな――と言ったのはシュウだったけれど、キョウはせっかく調べてきたのにと文句を言っている。だが、それでも調べるという癖を付けることが大事なのだと言えば、口を尖らせながらも黙ってくれた。まあ、心の中の声は顔の全面に出ているけどな。

 

「それにしても――カナさん、だっけ?」

「なんだ?」

「女、だよな?」

「見たままだが?」

「……うん、すまん」

 

 言いながら視線を逸したシュウに、そして吹き出したキョウに一発ずつしっかりと拳を投げておいた。

 それなりに成長しているつもりでいる自分にとっては、決して間違った行動じゃないと信じている。胸は――胸は仕方ないだろう!? こりゃ遺伝なんだから。

 

 

 そんなこんなで、気づけば朝まで掛かってしまったらしく、空が明るくなってきていた。それでも自分とキョウは眠気など感じていない。それだけ体がレベルに応じているのだと思いつつ、まだまだなシュウには睡眠をとるよう伝えた。ただ、一度しかスープを口にしてないことから、少し早めに朝食を頼むつもりでいるけれど。

 

「まあ、色々と説明したけど、完全に納得も理解もできていないだろうし、ひとりになるのは不安だと思うからキョウと一緒にいるといい。自分はシュウに必要そうなものを買い足してくるし――あ、キョウ」

「なに?」

「飯……魚買ってきても大丈夫だよな?」

「うん、それは――あ、あと調味料も!!」

「あー、香辛料とかもなくなってきたもんな」

「うん。そろそろアイテムが危険」

「あ、そういや、シュウ。アンタのゲーム内でのレベルは?」

「んー、たぶんキャップ改正されてから上がってないから――中間くらいかな?」

「ゲーム歴はどのくらいなんですか? シュウさん」

「んっと、一年ちょいくらい」

「じゃあ、キョウよりはアイテム類も多いかもな」

「……お金だけは使ってない」

 

 そう言われて片眉が上がった自分に、彼は『課金アイテムを売ってたし』と居心地が悪そうに視線を逸した。

 

「インベの開け方、理解できたか?」

「このボタンみたいなところを触れるんだよな?」

「そう――アイテムとか色々確認しておけ。でも申告しなくていい。自分のものだから、こっちに遠慮して出してくる必要はない」

「……カナって……漢前だな」

「自分は女だが??」

「あ、意識的な感覚として??」

「疑問で返すな! あ、ただしアバとか装備とかその辺は申告しておいてくれるとありがたい。この先、新人冒険者を名乗って行くからな」

「――ランク上げは?」

「さっきの話をもう一度繰り返そうか?」

「……いいえ、すみません」

「アンタのほうがたぶん年上だろう? ラノベ大好きだったなら、うちらと別行動で行こう。キョウもそっちのほうがいいなら、そっちへ行け――チーレムヒャッハーには付き合わねえからな」

 

 そう言い残して部屋を出た。もちろん結界はキョウに引き続き掛けるよう言っておいて、だが。

 

 

 その後、朝食を取ったシュウは即座にベッドへ倒れ込むようにして眠ったという。その間、キョウに彼を見張らせておいて、自分は買い物へ。

 とにかく今は――シュウが旅するために必要なものを――そして、自分たちのために必要な、食料たちをこの町ではゲットしたいのである!

 

 

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