第24話

24.(ちょこっとキョウ視点)

 

 

 ようやく――ようやくひとり、見つけることができた。

 

 僕の存在を見つけたカナさんは、この領地に入ってから町や村、どんなところでも裏通りの確認を怠らなかった。

 もしかしたら、僕みたいにこちらへ来ている仲間がいるかもしれないから――と。

 普段は飄々としてオチャラケているようにも感じられるカナさんだけど、最初の頃に比べたらどんどん口調が荒くなってきている彼女だけど、こういう話をするときだけは真剣で、人探しをしているときの目など怖いと思えるほど真摯だった。

 

 そんな中で、ようやく見つけたひとり――僕らの仲間。

 

 カナさんは躊躇うことなく仲間だろう人に近づいて、そして安堵のため息を漏らしていた。

 僕はっていえば、そりゃ嬉しい気持ちはあったけれど、少しだけ不安と恐怖が混ざりあったような気持ちでいっぱいだった。それでも嬉しい気持ちだけは本物だったけれど。

 

 カナさんが、その人を連れて宿屋に行くと聞いたとき、僕はまだこの辺りを探したいと申し出ていた。

 本当は怖かったし、カナさんと一緒のほうが安心だなんて、今になっても弱腰な考えばかりが過っていたのだけれど――山越えのときにカナさんひとりにすべてを負わせてしまった罪悪感から、そんな申し出をしていたのだ。

 

 ずるい人間だと思う。

 僕は卑怯者だとも思う。

 

 だけど、これもまた僕でしかなくって、カナさんはこんな自分でも受け入れてくれると笑ってくれていたから。

 だからこそ、今回だけは頑張ろうと――ひとりでもやってやろうと心に決めて、そして裏通りを案内人さんと一緒に歩き続けた。

 

 ときどき小さな路地を見つけて、そこにいるかもしれない人を覗き込み、必死で探していく。

 案内人さんが『どんな特徴があるのか』と聞いてくるたびに、どう返答すれば良いのか迷ってはいたけれど、カナさんが説明したとおり『黒髪の人』と言えば、苦笑しながら『珍しくないですからね』と返された。

 

 確かにこの世界にも黒髪はいる。多くないってだけで、いないわけじゃない。そんな中で黒髪の人を探していると言われても、彼らにとったら難しい特徴としか思えないだろう。

 けれど、言えないのだ――この腕に巻かれたバンドのことだけは。

 もし知られてしまえば悪用されかねない。

 

 もちろんカナさん曰く、個人設定がなされているはずだから、本人以外がインベントリを開けることはできないだろうとは言っていたけれど、それでも完全じゃないのだ。

 

 腕に巻かれた白いバンド。これは汚れても、なぜか僕らには分かってしまうものだった。

 だから、人が一緒のときでも見る場所は髪色と――そして腕だった。

 

 腕のない人もいる。けれど、そういった人の多くは明るい茶色の髪をしていて、なおかつ案内人さんが『どこそこの漁師だった人だ』と言ってくれるので、間違える心配はなさそうだった。

 

 一度、海の方まで出ていけば、そこには日雇いなどをしてるのだろうと思われる、復帰を願った人々が寝転がっていた。見た目は汚れていたけれど、顔色だけは悪くない、そんな人たち。

 

 そして、そんな中にも子供はいっぱいいて――少しだけ同情しつつ、けれどカナさんに言われたとおり決して手出しはしないまま、通りの人たちを観察し続けた。

 

 一度、二度、三度と裏通りを往復して、そして案内人さんからもこれ以上見たところで変化はないと言われると、ようやく僕は納得して宿屋へと戻ることにしたのだった。

 もちろん、最初にカナさんが案内人さんにお礼をしてあったけれど、こちらからもお礼は渡しておいた。だって、かなりの時間を拘束してしまったのだから。

 

 そんな案内人さんもまた漁師だったそうだ。ただし、腕を痛めて二度と船には乗れないと諦め、そして違う職種についているのだという。

 総合ギルド――という名前になっているギルドの事務所で、旅人などに案内を行う仕事に就けたのはラッキーだったと笑った彼は、決して将来を諦めていない目をしていた。

 

 

 そうして、ようやく宿屋に戻ってみれば――床に男が蹲ったまま眠っていたのである。

 

 

「カナさん――これはないと思うんだけど」

「だが、ようやく静かになったんだ」

 

 そう憮然としながら言い放つカナさんに、僕は呆れたようにため息を吐き出した。

 何でも部屋に到着し結界を張った途端に、この男の人は床に崩れ落ちて泣き出したのだという。『助けてくれ』と縋るように言っては泣いて、あとは意味不明な言葉の羅列を繰り返していたのだとか――そんなのを数時間に渡って我慢し続けたカナさんは、ある意味で優しかったのだろう。ただし、一般的な意味ではなく、カナさんとしてはって言葉が追加されるんだけれど。

 

 仕方なく寝入っている男を担いでベッドに寝かせれば、顔中が涙と鼻水で汚れきっているのが分かった。カナさんが嫌そうに顔を背けたのも――まったく、そう思うなら浄化くらいかけてやればいいのに。

 

 

「あの路地に他の仲間はいなかったよ……」

「そうか。まだ探し始めたばっかりだしな。今回はいてくれて良かったと思っておこう。見つけることができただけでも御の字だ」

「うん……これからも、いるのかな?」

「さあ、そんなの自分にも分かんないさ。けど、放置はしねえし見つけたいと思っている」

「……うん」

「自分の目標は、この世界にいるだろう仲間を探し出すことと、みんなで自分たちの世界へ戻ることだ。とはいえ、無闇矢鱈な行動は避けなきゃいけない。分かるな?」

「それは、分かってる――この世界において、僕たちの存在は異物でしかないってことでしょ? それと持っているスキルだとか、アイテムだとか」

「ああ。今は、あのゲームの時代から随分と時間が経っているという設定になっているが、これが何を意味するのかも分かってない」

 

 そう言われて大きく頷いておいた。

 最近、こちらの領地に入ってから街を訪れるたび最初にするのは人探しだった。次は僕の勉強時間。

 

 まだ、この領地に入って間もないけれど、それでもカナさんほどじゃないとはいえ、随分とこの世界のことを知り始めていると思う。

 ゲームをしていた時代から未来に来てしまった僕たち。NPCだった人たちは存在しなくて、みんなが生きている世界。

 魔術師という存在はあっても、他のジョブを分けるような言い方が成されなくなった冒険者たち。もちろん剣士とか、拳闘士みたいな言い方はするっぽいけど、ジョブ自体がないに等しい。

 

 ほかにも色々とゲームの世界とは違っている、この今の世界。

 アイテムなどと言われていたものは、今の世界じゃアーティファクト扱いで、魔道具だって何だって、とてもレベルの低いものばかりだ。

 

 魔術にしても、僕らが普段使いしているようなものは文化遺産とまで言われるほどのもので、誰もそれを行使することはできていないみたいだった。

 結界とかは低レベルの魔術師でも使えるらしいけれど、極々弱いもので、半径が何メートル程度。それに引き換え、僕らが使っている結界はかなり広範囲で施行できるものだ。特にカナさんだったりすると――小さな町程度なら結界で守れるくらいの力があるんじゃないだろうか?

 

 そんなふうに変わってしまった世界で、僕らはとても危険な存在でもあるのだ。

 だからこそ、カナさん曰くの『縛りプレイ』である。

 

 なるべく新人冒険者であることを通しておいて、ランク上げには興味はないけれど、あちこちを旅したいというスタンスでいること。

 魔術に関しては、一般的な物は使えるけれど、治癒に関しては傷を少しだけ治す程度に抑え、あとは薬草を一般的に弄って使うことにしているのだ。

 

 剣にしても、力にしても、魔術にしても、僕らのレベルはこの世界じゃ利用したくなるもので、隷属されたらアウトだと言っていたカナさん。だけど彼女なら決して誰かに捕まるようなことはないんじゃないかなって思わずにはいられない。

 

 だけど、カナさんは言うのだ。

 どんなに強くても人間である以上、何かの弾みや隙きを取られて隷属されたり利用される可能性がないわけじゃないのだと。

 そういう意識こそが大事なのだと、僕は色々と情報を集めていくたび感じるようになったと思う。

 カナさん曰く――少しだけ成長して、小学1年生になったところだな。だそうで、思い切り膨れてみせれば、カナさんに大笑いをされた。

 

 それでも、少しずつカナさんの危機管理能力などを尊敬し始めているし、それに倣って上手くやっていこうと考えてもいる。

 なによりも、僕はカナさんに感謝しているのだ――彼女以外の人だったら、助けてすらもらえなかったかもしれないし、利用されるだけ利用されていた可能性があったのだから。

 

 カナさんは口が悪いし、ときどき態度も悪いけれど――それでも、決して非情じゃないのだ。

 僕みたいな弱虫で卑怯者を助けて、一緒に旅をしながら様々なことを教えてくれている。見捨てることはしないとすら、口にしてくれるのだから、感謝せずにはいられない。

 

 まあ……それでも、ときどき普段のカナさんには腹が立つこともあるけれど。

 

 

 そんなことを考えている間に、カナさんから後頭部への打撃を食らった。

 

「ちょ、カナさん!?」

「お前の顔がムカついた。絶対に良からぬことを考えていただろう」

「ひど! そんなこと考えてないってば」

「お前は本当、顔に全部出る――だから、ムカつくんだよ」

 

 言いながら顔を顰めるカナさんに、やっぱり腹立たしい気持ちが溢れてしまう。

 

 でもさ、それでもカナさんを嫌いになれないのは、彼女が本当の意味で僕を怒ってないからなのだと……嫌っていないからなのだと、知っているんだ。

 

  

 そうこうしているうちに、ベッドで寝かせていた男が意識を取り戻した。

 そして――僕らの時間がまた進みだすのだ。

 

 

 

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