第22話
22.
山頂へ到着した。のはいいけれど、途中で見かけた軍人というか兵士というか、彼らの目はとても疲れているように感じられた。
不眠不休でもしていたのだろうかと思わせるそれらに、ときどきお礼の声をかければ、少しだけ気力を戻したように感じられるほどだった。
そして、そんな道中に見かけたのは、魔道具の鎖で繋がれ、なおかつどうやって出したのか檻に入れられた罪人たち。その数は、考えていた以上に多かったと思う。もちろん、それ以上に処罰された者も多かったのだろうけれど――。
三日掛かりで山頂まで登ってきたのだけれど、それは軍人だか兵士が山道を塞いでいたため、木々の合間を歩いてきたからだ。
途中で野営を組むとき、同じように近くで野営を組んだ兵士たちに、少しのおすそ分けとして肉などを大量に渡しておいた。もちろん一緒にたべるためだったが。
そんな兵士たちも、それぞれPTを組んでいるかのように、班長みたいな連中がおり、中には肉を全部取り上げようとする者もいたのだが――キョウとふたりで思いっきり冷たい目で見ながら『そういうことなら提供しないので返してください』と文句を言っておいた。
ひどいやつだと、『誰のお陰で楽になったと思ってんだ』とか叫んでいたけれど、『それでお給金がもらえるんでしょう』と言えば、生意気だなんだと喧嘩腰になられたので、結界を外してからもっと美味しそうな肉を取り出して近くの兵士と仲良く食して見せつけておいた。
このときの班長の顔は思いっきり面白かったのだが、他の兵士たちまでもが笑いをこらえていたのが印象的だ。
まあ、そんなこんなで、やっと山頂まで到着したわけだが、今度は下りが待っているのである。
今までは仕方なくテントでやり過ごしてきたけれど、今度こそ結界を張って家を――と思っていたのに。
山頂では、ケネス、クローディア、どちらともの部隊長という大物と、たぶんそれらの側近なのだろう連中が待ち構えていやがった。とはいえ、自分たちを待っていたのではなく、事後処理ってのをしてただけっぽいけどな。
「クソが……」
「カナさん、言葉」
「だって……」
「まあ、分かるけど我慢しよーよ」
「美味しい飯」
「あるから」
キョウの慰めでどうにか立ち直ったものの、偉そうな連中が近寄ってくるのを見ながら悪態が今も口から出てきそうだった。
「君たちは――冒険者かな?」
どっちのやつかは知らん。が、気安く声などかけてくんじゃねえよ――とは思っても、それを表に出すことはなく小さく頷き、首から下げていた冒険者タグを取り出した。それに倣ってキョウも同じようにしている。
「ああ、新人か」
言いながら、その目は思いっきり見下しているのが分かるものだった。しかも、鼻で笑いやがったぞ、こいつ。
「でも、新人がこんな場所にくるなんて、無謀だな」
「す、みません」
とはキョウの返事である。今、自分が声を出したら、思いっきり警戒されるレベルのものしか出てこないはずだ。だって静かに怒っているんだから。
なぜか? 当たり前じゃないか! せっかくの寛ぎな時間を――こんな人を見下すような連中に邪魔されたんだから。
「このまま、下りるのか?」
「はい」
これまたキョウが返事をしながら、こちらを心配しているのが分かる。けれど、自分が声をだすことはしなかった。
「食料は残っているのか?」
「ええ、それは」
「そうか――なら少し提供してもらえるか?」
その途端、声を掛けてきた人よりも上司なのだろう男がやってきて殴り飛ばした――何事だと、思わず目を瞠った自分たちに、殴り飛ばした人が頭を下げてきた。
「すまない。こちらの食料は足りているのに――どうやら貴族ともなると我儘がすぎるらしくてね」
あー、貴族か……と思ったけれど、それだけで許せるものじゃないのも事実。知らんし――って顔で、殴られた男へ侮蔑の目を向けてやった。もちろん、きっちりと気づくように、だ。
そりゃ、目立ちたくはないと思ってはいる。なにせ、この世界での基準から大幅に外れた自分たちなのだ。何があるか分かったもんじゃない。
それでも許容範囲ってものがあるのだ。冒険者にとって食料というのがどれほど大事なのか、それこそが命綱だと言っても過言じゃないのか、貴族さまには分からないらしいのだから。
「おい! なんだ、その目は!」
「貴族さま、失礼しました――けれど、僕らの持つ食料は命を繋ぐものです。水も何もかも、簡単にお渡しできるものではありません。あなたさまたちの持っている食料よりも劣るそれらを提供するというのも失礼にあたると思います。どうぞ、お許しください」
慇懃無礼というのは、こういうときに使うものだ。きっちりと頭を下げて言い放てば、相手も黙らざるを得なかったらしい。
ざまぁとは思ったが、そのときにはもう普通の顔に戻して、そんな貴族を殴り飛ばした男をみやった。こちらもきっと貴族なのだろうことは、その態度で充分に分かるというもの。ただ大物か小物かってだけの話なのだが。
「悪いね――躾がなってなくて。ときどき自分より弱者なら傷つけても良いと思う連中がいてね……その末路が」
そう言いながら山頂で片付けをしている辺りを見やる男に、嗚呼と納得した。
ここにいた連中の中にも、貴族だったやつらが混じっていたのだろう。呆れるほどに墜ちた連中だったのだな、と周りを見ながらため息を漏らした。
キョウも同じように感じたのだろう。大きな大きなため息を、これでもかってくらいこれ見よがしに零して、未だ転がっている貴族をみやる。その目には憐憫すらみえて――。
「できることなら、今後はこんなことがないといいですね」
「ああ――今から一年くらい前に、貴族の大粛清というのがこの国であってね。そのせいで、あちこちにこの手の者が住み着いてしまったのだ。本当に残念で仕方ない。平民として生きていれば、こんなふうに処刑されず済んだだろうに」
そんな言葉を聞けば、本当にそのとおりだと感慨深く頷いてしまった。
転がっていた貴族さんは、何だか居た堪れない気持ちになったのか、一瞬だけこちらを見てから俯いて『すみません』と、隊長なのだろう人に向かって言っている。
「言う相手が違う――君も、あのような連中に成り下がりたければ、それも良かろう。今度こそ、都度都度で討伐していくつもりだからな」
そんなことを言われて、悔しさよりも衝撃のほうが勝ったのか、自分たちに向けても謝罪を述べてきた。それも、嫌々ではなく、自分が墜ちたくないばかりにって感じで。
ま、それでも謝罪は謝罪だ。受け取ることはしないけれど、流す程度には聞いておこう。
「それじゃ、僕たちはこれで」
「ああ、気をつけて」
「ありがとうございます」
キョウが珍しく率先して言葉を募れば、相手も疲れた様子ではあったけれど、普通に返してくれた。
ほんと、面倒だな――とは思ったけれど、仕方ない。このまま先まで進むしかなさそうだ。
「カナさん、大丈夫?」
「なように、見えるか?」
「ううん、見えない」
「風呂……とベッド」
「涙目で言わないでよ」
「だって……温かいご飯」
「それは毎日食べてるじゃんか」
「……一汁三菜」
「そこまで豪華だったことはありませんっ。自重して、自重」
きっぱり言い切られると、何だか悲しくなるのはなんでだろうか。
ちょっとムカつく。
それはともかくとして、まだまだ続くのは――腹立たしいまでに、兵士たちとの行動だったのである。
本格的な同行とは違っていたけれど、それでも同じ道を同じように降りていくというのは、同行しているのと同義ではないだろうか。
そして、今回一緒なのは――ケネス領の連中だ。
ただ、こちらの兵士たちは、上も下も信じられないくらいに気さくだったけれど――。
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