第21話
21.
数日は静かに過ごしていた。ときどき鳥の魔獣だったり、猪みたいな魔獣だったり、普通の獣だったりを狩ったりして食料の保存に勤しんだりもしたけれど、基本的にはまったりしていた。
キョウは『これで楽に山越えができるかなぁ』などと楽観的に言っているけれど、自分としては不安もあった。
ひとつ、魔獣が多くなる、または大物の魔獣が出てくる可能性。
ひとつ、あの連中(どっちの領の軍人たちも)の中に裏切り者や、犯罪者たちと通じている者がいて逃してしまう可能性。
まあ、どっちもどっちでこの先に行けば倒さないといけなさそうなんだけどね。
キョウは、絶対に気づいてない――うん、こいつの脳みそならありえるな。
だけど、ほんの少しだけは期待している。
脳筋なのか、それとも抜けきっているだけなのかは知らないけれど、軍人たちが犯罪者の団体を討伐してくれていれば、この先に戦うのは魔獣相手のみ――自分たちの食料アンド軍資金になるものだけとなるのだから。
まぁ、なるようにしかならないので、彼らがまた戻ってくるのを待ってから移動することにしようと、キョウとも決めている。その間中、ときどき家を出すことはあってもテントでの生活は、ほんの少しストレスを感じるのだけどな。
さて、このテント――元の世界でいうところのテントよりも性能は良くない。雨が降ればときどき雨漏りをするくらいだからな。
けれど、中の設備だけは魔道具があるお蔭で、快適とまでは言わないまでもそれなりに使える代物だ。
テントの中央部には魔獣避けの魔道具が設置されており、大きいものを持ってきているため広さもある。
アイテムバッグさまさまといったところだろうか――これは、冒険者は当たり前だけれど、ほかにも旅をする人たちの必需品となっている。ゲームの中でもあったくらいだしね。
食事を作るためのキッチンは存在しないけれど(そんなの当たり前なんだが)、寝るだけのスペースと考えれば最高だと思われる。
だがお互いにプライバシーを守れないため、一個ずつ出して使っている状態なんだけどな。
「カナさん!」
「んー?」
「そろそろ食料――いらなくないと思うだけど」
「……いらなくなるほど、貯まったってこと?」
「鳥は――特に」
フンヌという感じで胸を張るキョウは、最近になってようやく解体ができるようになった。
確かにここのところ、鳥の魔獣を狩ることが多かったかもしれない。
もともと、この世界の魔獣というのは獣が魔力を多く摂取しすぎたことから魔獣へと進化したという設定のせいか、とても美味しいものだと認識されているのだ。
これはゲームの世界でも同じ設定だったっけ。魔物って言い方をするのはヒト型のもので、獣型は魔獣という区別がついているのは、この世界だからこそかもしれない。だってゲームの世界じゃ、すべてがモンスターって言い方だったんだから。
それはさておき――鳥ばっかりか。飽きるな、それは。
「猪みたいなー」
「あれも、わりと多め!」
「マジか!」
「うん」
こっちも多いのか……そりゃまぁ、最近は山の中で狩りばっかりしてるもんなぁ、と独り言を言えば、それに反応したキョウが『暇だから』と返してくる。いらんぞ、そんな返答。
「以前なら歩き疲れて寝るってのが普通だったもんな」
「それ、僕だけだったけどね!」
うん、そのとおり。自分はどっちかというと余裕があったからな。
けれど、ココ最近はキョウもまた余裕が出てきている気がする。だんだんとこの世界に体が慣れてきたのだろうとは思う。もちろん、それは少しの恐怖を誘うけれど、だからといって死にそうになりながら帰れる日を待つだけじゃ、きっともっと辛かっただろう。
本当は怖いのだと思う。自分も、キョウも、とても怖いんだと思う。
もしかしたら、このままこの世界で死んでしまうことが起こるのじゃないか、と。
でも、それは決して口にしない。まるで示し合わせたかのように――『いつか帰る』と本気で信じるために。
「今は余裕が出てきたもんなー」
「カナさんほどじゃないけどね」
「それはレベル差もあるかもな」
「かもしれないけどねー。でも、今からでもレベルが上がるとかないかな?」
「……そうなれば、自分も上がるわけだな」
「あ……」
「馬鹿め――まあ、それはそれとして。余裕がでてきたことで、歩く速度も変えられるし、ついでに夜通し歩くことも――」
「それはやだ!!」
我儘者め! とジト目で言ってからフンと鼻を鳴らしてやった。すると口を突き出して『カナさんは極端だ』と文句を言う。まあ、そういう傾向があることは認めてやろう。けど、しっかりげんこつを落としておいたけどな――あ、キョウが座ってたからこそできた行為だ……言ってて悔しいが。
「さて、人の気配が濃くなってきたな」
「やっと??」
「んー、でも一週間くらいか?」
「二週間は過ぎてるっての! どんだけルーズなんだよ、カナさんは」
「……そうだっけ」
「そうだよ!! ほら!」
そう言ってキョウが見せてきたのは窯に付けた傷跡である。なんていう几帳面な……と思ったが言わずにおいた。面倒だったのもそうだけど、こういうとことは良いこととして利用……ではなく、活用していけないいのだから。
「これ毎日つけてたんだ?」
「起きたときに付けておいた。ここなら傷がつきにくいし」
「確かに――まあ、こんな奇妙な傷はそうそう付かないだろうしな」
「うん」
窯は石を組み上げつつ大工のスキルと土属性の魔術を駆使して作ってあるが、なかなか人為的には壊せるものではない。それでも、キョウのレベルであるなら傷を付ける程度ならどうにかなるだろう。まあ、この世界の人間だったら、少しの傷すら……不可能に近い。
「生真面目だな、キョウは」
「なに、それ」
「偉いなってこと――こういうのは、キョウが得意そうだ」
たまには褒めてやらないとな、と思って放った言葉だったのだが、予想以上の効果があった。
キョウが赤面とか……しかも、首から上が真っ赤とか……この間の裸に近い女性たちを見たとき以来だ! まあ、あのときとは違って、目を白黒させているのが面白いところだけどな。
「さて、様子を見てくるかな」
「……隠密で?」
「いーや、そんなことをするよりも、どうなったのか直接聞いたほうが効率的だろう? 自分たちの顔を見たやつもいるかもだしさ」
「あー……確かに。じゃあ、ここも撤去?」
「窯に関しては、一時的でも撤去する。じゃないと、変に勘ぐられるから。まあ、この火を使ったあとだけは残すけど」
本当はこのままでもいいのだろうけれど、基本的に冒険者たちは自分たちが野営をした場所に痕跡を残さない。本来なら火を使ったあとすら残さないでおくのは、他の人たちがそこで野営を繰り返し続ければ、魔獣や魔物に目をつけられるからだ。
ということで、窯を壊して痕跡を消しつつ、火の後始末だけはしても使ったあとだけは残して、荷物を持った。といっても、持っているのは冒険者なら誰でも持っているだろうアイテムバッグひとつなんだけどな。
山道の近くまで行けば、なんとそこにあのときの軍人中ボスと上ボスが立っていた。馬も一緒だし、護衛らしき人たち(顔ぶれは違うみたいだが)までもが一緒だ。
「やっぱり、本当に居たんだな」
「大丈夫だったか?」
そう声をかけてくるふたりに、自分たちは小さく会釈しつつ『大丈夫です』と答えた。
「魔獣は狩れたか?」
「はい……もしよければ、持っていかれますか?」
「解体もしたのか?」
「はい。その辺は最初に覚えたので」
「そうか――だが、君たちもこれから山越えなのだろう? 食料も必要なはずだ」
中ボスと上ボスが交互に声を掛けてくるが、申し訳ないほどに多く取れたとは口にしなかった。もちろんキョウも同じくだ。あんまり素直に言えば自分たちがどうなってしまうのか、予想できそうにないしな。
「あの……討伐っていうのは」
「ああ、無事に終わった。向こうも下から殲滅してきたので、抵抗が酷いものは処分しても良いことになっていたし、投降してきたものは鎖に繋がれた」
ふーん、ちゃんとそれらしいことはしてきたってことか――けれどうち漏らしは大丈夫なのだろうかと不安になるのは、この人たちとの会話がチョロすぎたせいだろうか。
「心配しなくても、こちらで索敵をし殲滅したと確認している。途中に広がっていた残党たちも刈り取ってきたから、安心して山越えをするといいぞ」
こっちの心配が顔に出ていたのか? と思ったが、上ボスの視線はキョウのほうへ向かっていて――お前、顔に出すなよと思わず肘を突いてしまった。
「この途中で、かなり残忍な殺しもあったようだが、どうやら新たにそこを根城にしようとしていた連中とのやり合いだったようだ。まあ、陣地争いというところか」
「そ、うなんですか」
「まあ、発見したときには魔獣が群れになって食い荒らしていたから、あまり確認などは行っていないが――相手は、こちらで指名手配にしていた連中ばかりだったから、そのまま焼いてきてある。放置すれば魔獣や魔物の巣窟になるからな」
まあ、それはそうだろうけどな――でも、魔獣たちの餌にちょうど良かったと思ったんだが、それは許さないわけか。
弱肉強食を地で行っているような世界だが、それでも罪のない人たちを守るため、か――良い傾向ですな、本当に。それならもっと早くに行動すれば良かったじゃねえかとは思っても、口にはしないでおいた。頑張った。
「そういうことなら――安全だけど、このままじゃまだ上に行けないですね」
そんなふうに山道を見ながら言えば、上ボスさんが『大丈夫だよ』とか、中ボスさんが『避けさせるさ』とか言ってくれたけど、彼らの様子を見りゃ無理があるだろうに――お前たち、絶対に下っ端だけで仕事させたなというのが、丸見えだった。
とはいえ、いつまでもここにいるのは遣る瀬無い。というか暇すぎるため、このまま道に沿ってヤブの中を歩いていくことにする。そのほうが健全的だ。
「それじゃ、僕たちはこの辺で――討伐、お疲れ様でした」
「いいや、これが私たちの仕事だからな」
キラキラとした笑顔で返してくる中ボスと上ボスさん。けれど後ろの山道を歩いている人たちの視線は――とっても冷たいものだったことに、彼らは気づくことはないのだろう。
自分たちも、決して口にはしないけどな。
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