第20話

20.

 

 

 翌日、心身ともに回復したことでキョウも旅路の準備を始めていた。

 

「ねー、キョウ」

「なに、カナさん」

「お弁当、唐揚げ欲しい」

「……寝言は寝て言え」

「……あ゛!?」

「そんなことに使う油はないっつぅの!!」

「あ……失念してた」

 

 本気で失念してたよ、油――これ、ないと唐揚げも天ぷらもトンカツだってできないじゃん!!

 インベントリを漁ってみたけど、当然出てくるはずもないわけで……生産スキルの料理、とっておけば良かったかも、と本気でこのとき後悔した。

 

「くっしょー!! 一瞬でも考えたら無性に食べたくなるのは、なんでだーーーっ!」

「同じくだぁ!!!」

 

 キョウも一緒に叫んでみたけど、どうにもならないわけで――仕方なくお互いに肩を落として、準備の続きに入った。そして、お互いにブツブツと言いながら、そして郷里の食べ物を思い出しては項垂れながら。

 

 

 準備はそれほどの時間を要さないのだが、唐揚げのせいで随分と時間がかかってしまった。

 けれど、結果的にはこれで良かったかもしれないという事態が起こったのである。

 

「随分と人の気配があるな」

「下から、だよね?」

「そうだな――かなりの人数だな」

 

 思わずそう言いながらも身震いが出るほど、人の数が増えていくのを感じ取っていた――というか、出る前に索敵を行った結果でもあるのだが。

 

「まだ下から、来てる?」

「あぁ……まるで軍隊レベル」

 

 その言葉で自分自身が納得してしまった。

 そう、これは軍隊レベルだ。気配も上手く消して入るし、威圧感もないけれど、ちゃんと統率が取れていると言っても過言ではない移動の仕方。間違いない。これは一般人ではないと断言できるレベルだ。

 

「軍隊……?」

「もしかしたら、だが、今になって山の中の掃除を始めることになったのかもしれないな」

「……じゃぁ……あの」

「大丈夫だ。自分たちが見つかることは可能性として少ない」

「でも……万が一ってあるし」

「それはそうだが、この世界のレベルが低いからなー。この辺りの盗賊は魔獣に食い散らかされているし、それなりに偽装もしてるからいいけど、中腹の連中だなぁ、問題は」

 

 言いながら偽装すらしてこなかったことを悔やむ。

 犠牲者だった人たちの埋葬ばっかりに気を取られて、そっちを放置してきたのだ――とはいえ、ここでヒョッコリ出ていっても、問題はないともいえる。もともと居たのだろう盗賊たちが魔獣に食い散らかされているのを見て、探索したら女性たちが居て、ついでに助けたので戻ってきたって言えばいいだけの話だしな。

 

「うん、気にしないでいこうか――向こうも索敵をしているだろうけど、冒険者ってことで結界の術を使っていたってことにすりゃいいだろうし」

「……でも、僕は」

「自分がそうすればいい。格好も魔術師の格好にすれば問題ないし、そういうのが冒険者タグで確認は取れないようになってるだろう?」

「あ、そっか」

「まぁ、杖は初心者の杖だし、結界レベルを下げておかないといけないけどな……まずは家を片付けるか」

 

 そう言いながら家を片付けると、そのあとには結界レベルを低下させた。そして、着替えだけど――家を仕舞う前にやっておけばよかった。

 

「おい、少し後ろを向いておけ」

「……は? って……あの、カナさん?」

「言うな! ドジっただけだ!」

 

 言われなくとも分かっているさ! バカだったのは言うまでもないが、できるだけ時間を掛けたくなかったのだから仕方ないだろうがっ。とは思いつつも言わないでおいた。

 そして、キョウが後ろを向いている間にそそくさと着替えて魔術師の格好へ。もちろん初心者の杖と初心者のナイフも持っている。ついでにキョウにも初心者の剣を持たせておいた。なぜなら、このくらいやれなければ山越えできるとは思えないからだ。

 

「じゃ、行くか!」

 

 それを合図に結界を解除して、山道の方へと歩き出した。もちろん、軍隊らしき人たちのことを念頭に入れて、だ。

 

 

 

 15分ほど歩くと山道へと出られた。けれど、すぐに出ていくことはせず、山道を移動している軍隊めいた連中を眺めていた。

 物凄い数の人たちが、気配を散らしながら歩いている。しかも、その動きは一糸乱れずというもので、思わずキョウと顔を見合わせてしまった。圧巻だ――と思う。けれど、彼らの目はあまりにも静かで、これから行うのだろうことに対しての意気込みが感じられない。

 それはもしかしたら気配を断つためのものかもしれないけれど、少しだけ怖くも感じられた。これが軍人というものなのだろうか。覚悟を決めている人たちの――そういうことも厭わない人たちの表情なのだろうか。

 

 自分はどうだったんだろうな。そんなことを考えながら、彼らを見ていれば、途中で馬に乗った人たちがこちらに気づいたようだった。

 当然だが、その人たちが近づいてくるが、こちらは呆気にとられているように装って、人々が通り過ぎていくのを見つめていた。もちろん、ちゃんと彼らが近づいてきていることにも気づいていると、その手に持っている杖で意思表示はしておいたけど。

 

 

「君たちは――冒険者か?」

 

 静かに問われて、ゆっくりと声のした方へ顔を向ける。それはなぜかキョウも同じ行動だった。いや、彼の場合は素かもしれないけどな。

 

「あ、はい」

 

 先に答えたのはキョウだ。そして、自分は頷くことで返事とした。

 すると相手は頷いたあと、今度は馬から降りながら声を掛けてきた。

 

「今から、この先にいるだろう犯罪者たちを粛清する予定だ――今回は、こちらのクローディア領と、この山を越えた側にあるケネス領と合同での討伐、粛清を開始している」

「――あ、そ、そうなんですね」

 

 返事をしながらキョウが萎縮したように声を震わせた。間違いない――こりゃ素だ。まあ、そのほうが相手に不信感を与えないからいいのだけどな。

 

「この辺りにも盗賊がいたように知らせがあったのだが、君たちが討伐をしたのか?」

「へ……? え? いえいえ!!」

「あー、魔獣に食われてた、やつら、かな?」

「はっ!?」

 

 慌てて首を振っているキョウだったけれど、それ以上の言葉は中途半端に口をパクパクするばっかり。そのため仕方なく自分が答えてみれば、軍人の中ボスさんっぽい人が驚愕した目で見つめてきた。

 キョウのテンションで伝えるとなると色々面倒だったため、少しだけ青い顔をしている彼を放置して返事をしてみれば、軍隊の中ボスっぽい人が驚愕した目で見つめてきた。

 そりゃそうだろう、魔獣なんかにやられるような間抜けな盗賊とか――しかも、こんな場所を根城にしてる連中なのにな。驚かなかったら、こっちこそが驚きだ。

 

「ついでに、捕まってた女性たちだけは――自分たちが逃したけど」

「は!?」

 

 今度は驚きで固まってしまった軍人の中ボスさん。すまんね、何に驚いてるのかまるっきり理解できないけど、自分としては適当に相手をさせて貰う予定ですよ。ビクビク担当はキョウにお任せする。

 

「あ、あの……その……昨日、送って、きたんだけど」

「その前々日くらいかな? なんか血の匂いがすると思って、山道から外れた場所へ移動したら、あちこちに死体があったけど」

 

 報告という名のお返事をしてみれば、何だか渋い顔をした軍隊の中ボスさん。もしかして、アンタはそいつらの知り合いだったのか? と思ったけれど、実際には違ったらしい。

 

「女性を捕まえて、いたのか」

「んー、よく分かんないけどね……とりあえず、奥まで行ったら洞窟があって、そこに女性がいた」

「そ、そ、それで、その、人たちを、下の町から、逃しちゃったんだけど……だ、ダメ、だった、ですか?」

 

 もう、本当にオドオドビクビクしながら、必死に話をしているキョウに、軍隊中ボスは『あぁ、それは助かった』と安堵のため息を漏らしながら呟いた。

 本当なら詳しい話を聞くためにも逃したらダメだったはずだろう。ついでに言えば、女性たちがどんな状態で、どんなふうだったのか聞くべきだと思うのに、この目の前の軍人中ボスは気にかける様子もない。本当に軍人なのだろうかと疑いたくなるほどだ。

 

「女性が囚われていたという情報は聞いていなかったが……そうか、無事に逃してくれたのか」

「……良かったので?」

「ああ。助かった――だが、町の連中はそこまでの被害じゃないと、そう言っていたのだが」

 

 そりゃ内通してるやつがいれば、そう言うだろう。とは思いつつも返事はしなかった。けれどキョウは顔を思い切り顰めて何か言おうとしていたので、背中を突いて止めておく。どうせ、彼らに言ったところで無駄というもの。だいたいにおいて、町での内通者は決して一般人じゃないだろう。美味しいところ取り、甘い蜜をせしめることができる連中だ。こっちが言うだけ損というものだ。

 

「たぶん……町の人たちは、強い方が多かったんでしょうね」

 

 俯きながら、しかも哀愁を漂わせつつ小さな声で言えば、相手も納得してしまったのだろう、そうだなと返事をしてくる。

 本気で返事をしている様子を見れば、よく分かる――本当にチョロい人たちだ。きっと、こっちが言い募ったところで気にもとめやしないのだと思う。それがお国やら領地やらについている軍人というものだ。いや役人というものなのだろう。

 

「ところで、君たちは大丈夫だったのかい?」

「……この辺りまでは平穏でしたので……血の匂いで魔獣が溢れていたけど、それも二人がかりで何とか追い払っておきました。ただ死体に関しては――すみません。女性たちを見つけてそれどころじゃなくって」

「あぁ、それは構わぬ――魔獣だが、追い払った程度か」

「す、すみません……あの、ぼ、僕たちっ……」

「まだ新人冒険者って程度のレベルで」

 

 キョウが慌てて言い募るのを遮り、そう言ってみれば眉間にシワを寄せた軍隊中ボスさん。そして『初心者でここを通ろうとか……無謀すぎる』と、今度は後ろからまたもや馬に乗った、今度は中ボスさんよりも良い隊服を身に着けている人が言い放つ。

 きっと、この人が中ボスさんの上の方。上ボスさんってことにしよう。

 

「一応は、調べてきたんです……そしたら、冒険者の格好なら、大丈夫って……そう思って……」

 

 少し落ち込んでるように見せかけてみれば、容易く『情報は大切だよ』と忠告だけでとどめてくれた。マジ、チョロいな、こいつら。

 

「とりあえず、一度戻るか、我らの後ろからついてくるかしたらいい」

 

 そんなふうに言う彼らに、キョウと顔を見合わせて小さく頷いた。

 お互いに考えていることは同じらしい。こんな連中と一緒に行ったところで、きっと巻き込まれるに決まっている。とはいっても、町に戻ったところで安心できる要素もない。

 それならば――。

 

「それなら、この辺りで魔獣を追い払っておきます。この先に少し開けたところがあるから、そこで少しの間は滞在します」

「だ、だがっ! まだ子供だろう、君は!!」

 

 唐突に上ボスさんが、それほど大きくはない声で叫んだ――すまんな、子供っぽくってよ……でも、自分は充分に成人した大人だっ。

 とは思っても言うつもりはない。隣でキョウが戦々恐々としていたけれど、ソレに対してもツッコミはしない。大人だからな!

 

「訓練だと思います。少しでも強くなりたいから!」

 

 ニパッと笑ってみせれば、彼らは少しだけ驚いたような顔をしてみせたが、小さく頷いて『そうか』と納得してくれた。まぁ、こうした会話をしている間、後ろから警護していた連中と山道を進んでいく連中が恐ろしいものでも見たような、驚きで表情が固まったような、何とも言えない顔をしていたけれど――そんなことも、知ったこっちゃない。

 

「じゃあ、僕たちは、これで」

 

 少年だと思ってるんだろう彼らに向けて、珍しく一人称に『僕』と付けてから頭をペコンと小さく下げた。それに倣うようキョウも頭を小さく下げ、彼らから距離をとる。

 そして――とっとと阿呆面してる連中に背を向けて、もと来た場所まで歩き出したのだった。

 

 

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