第19話
19.山頂へ
家に戻ってしたことは、浄化と寝ること。
けれど、頭がそれを拒否して眠ることができなかったのは――きっと、まだどこかで不安になっているからかもしれない。
キョウが起きたのはすぐに気づいた。
だからこそ、それに合わせて部屋を出ていけば……。
「ちょ、カナさん、何その顔!!」
「あ゛!?」
「目の下、隈ができてるよ、隈!!」
「熊が出た??」
「ちっがーうっ! そっちの熊さんじゃないってのっ」
言われて、ああ、と気づいた。
眠ろうとしたのに頭が拒否したことで、もしかしたら身体的に何某かの影響が出たのかもしれない。
「でも、飯、食いたい」
ぐぅっと鳴る腹の虫。
自分でも驚いたほどだ。あれだけの惨劇を繰り返してきて、なおかつ人を殺めてきて、ついでに言えば血の匂いで酔っててもおかしくないのに、とうとう頭がおかしくなったんだろうか?
「カナさん……もしかして、行ってたの??」
問われて躊躇うことなく素直に頷いた。するとキョウが傷ましそうな顔で自分を見つめてくる。
まったく、いつまで経ってもガキンチョめ。
「気にするな――少し腹立たしい連中だったから、なんか心が追いつかなかっただけだ」
「で、でもっ」
そうだ。追いつかなかったんだ。心が――体が先に動いちゃってて、怒りに任せて殺してきたから、それに心が追いついてなかっただけだ。
でも、自分が悪いことをしたという気持ちにはなれなかった。
彼らはきっとこの先も同じことを繰り返し、下手をすれば自分たちにその刃を向けてきていたかもしれないのだ。
遅れは取らないだろう。けれど、そのときにキョウを人質にされれば――自分がどうなってしまうのか、容易く分かる。結局は、彼らに命はなかったはずなのだから。
「腹減った」
「……分かった。なにか作る」
「よろしくー」
「けど、その前に風呂ってきなよ!」
「えー?」
「気持ち、楽になるから」
そんなふうに気遣う言葉を放つキョウは、どうやらかなり自分を心配しているらしい。仕方ない。たまには言うことも聞いてやりますか。
そうして落ち着いて朝食を食べたあとは、寝た。今度は本気で眠った。いや、本当は体も心も、そして頭も休息したがっていたのだ。
お蔭で夕方に起きたときにはスッキリしていて――けど、またお腹が減ったことでキョウからジト目で見られてしまった。
今朝、戻ってくるまでの間、ウダウダと考えていたことは、眠ってしまえば消え去っていたのだ。驚くほどに――あれほど言い訳ばかり頭の中で繰り返していたというのに。
しかもキョウの作った食事を食べたせいか、心も随分と軽くなっている。自分たちの世界の飯って、本当に素晴らしい。歪かつ壊れ気味のオムレツ程度ですら心が和むのだから。
そして昨夜のことは一応なりともキョウに伝えておいた。
人数までは把握していないけれど、彼らを粛清してきたこと――もちろん、その詳細は教えない。だってまた泣き出すからな、キョウは。
それでも、悪辣な連中が何をしていたのか、どんな連中だったのかを教えた途端に、珍しくキョウが驚愕したあとには目に怒りを乗せていた。初めてのことかもしれない。前回の盗賊たちが行っていたことですら怒ってはいたけれど、殺してしまうことにはかなり躊躇していたのに、今回は信じられないほどそこに殺意すらのせているのだ。
「そんな、連中……人間じゃない」
「そうだな。自分もそう思ったし――まあ、完全に感情が先に立って剣を取ってたけど」
「……僕は、本当に頭の中が平和ボケしてた」
そう言って自戒し始めたキョウは、自分の思いを吐き出し始めたのだった。
「今まで親の言いなりになって僕自身じゃ進路すら決めたこともなくって、彼らの言いなりに敷かれたレールの上を歩いてきて――それを嫌だとは思ってなかったし何も考えなくていいのがらくだったくらいだ! でもでもでもっ! どんだけお花畑な脳みそをしてたんだろう! この世界に来て、この世界で旅をして、もう一ヶ月近く経ってるのに、あの女性たちの怯えも見てきたのにっ!」
頭を抱え始めたキョウに、けれどそのお陰もあって自分が冷静になるという面白い状況が起こっている。
不思議なほどに落ち着いている自分。あの場面を思い出して話したときは、少しだけ胸の辺りに靄がかかって苛立ちすら覚えていたのに。
今、目の前で頭を抱えて小さく叫んでいるキョウのお蔭で、なんだか辛かった思いが、壊れかけた心が戻っていく気がした。
「キョウ――それでも、まだ覚悟はしなくてもいいぞ。辛いだけだ」
「でもっ!!」
ガバリと顔を上げたキョウの顔は、今までにないほど辛そうに歪んでいた。そして――『許せないっ』と、また小さく叫ぶ。
「あのさ、キョウ。自分も、前回、今回と粛清なんてカッコイイ言葉を選んじゃ人間たちを討伐してきたわけだけど、終わったあとは自分が壊れているような気すらしてた。ここに戻ってきて、アンタの顔を見て、飯食って――ようやく落ち着いたくらいだ」
「……カナ、さん」
「それなのに、今のアンタが参加すれば間違いなく心を壊す。そんなのを見せるのか? この自分に、そんなお前の姿を見せるのか?」
「……そんな」
「怖かったよ、自分だって――でも、アンタがいる。アンタが普通に出迎えてくれて、普通に飯作ってくれるから、どうにかもとに戻れる。けど、ひとりだったら――間違いなく壊れてしまってた。元の世界に戻るという意欲すら、捨ててたかもしれない」
そうだ。
自分はそう思っていたんだ。
このまま、こちらの世界の色に染まり続けてしまえば、もしかしたら元の自分には戻れないのじゃないか、と。
人を殺すことで安心してしまう自分になってしまうんじゃないか、と。
正義という言葉を振りかざすような、バカに成り下がってしまうんじゃないか、と。
もしも、キョウがいなかったら――最初から望みのキョウがいなかったら、どうだったか。
もしも、キョウが参加していたら……一緒になって討伐をしていたら、どうなっていたのか。
その答えは分からない。どちらにしても分からないとしか言いようがない。
キョウの言葉が自分と元の世界を繋いでいるようにも思えるから。だから――そう。
「だからさ。今までどおりでいいんだよ、キョウ。自分を正常な心と頭に戻してくれるストッパーなアンタがいてくれることが、唯一の助けになるはずだ」
「……でも、それなら余計に、こんなことは」
「うん、もうしたくないとも考えた。けど、頂上にはもっと酷い奴らがいるとしたら? もし、姑息な連中がいたとしたら?」
「……カナさん、でも」
「きっと、やっちゃうんだよなぁ、自分は。人質さえいなけりゃ、放置するっていう手もあるけど――やっぱり、なんとなく、だけど」
つい笑ってしまったけれど、自嘲気味だったかもしれない。それでも、自分の中にどうしても許せないものがあるのだ。
今回の連中には特にそうだった。ただそれだけなのだ。
「カナさん……ほんと、もう、馬鹿すぎる」
「アンタにだけは言われたくない!」
「でも、ホント、辛いなら――やめてよ」
今にも泣き出しそうな顔で言って、そっと視線を逸していくのを見て、彼もまた自分以上に辛いのだと知った。そりゃそうか。誰かの死を喜ぶような子じゃないのだし、こんな展開など予想すらしてなかったに違いないのだし――自分も、こんなシリアスな展開など想像すらしてなかったんだものな。
「まあ、そのときそのとき、だな」
「カナさん……強がらないでよ」
「強がりじゃないんだよ、これは――ただ、そのときにならないと、自分がどう行動するのか本当に分かんないだけだ」
まんま言葉にしてみたら、そのとおりだと納得できるほど、心の声が聞こえてきた。
壊れたくないと思う一方で、きっと何かあったら行動してしまうだろうという、そんな感じで情けないとは思うのだけどな。
「じゃあ、約束して――必ず、僕がご飯を作って待ってるから。だから、今回みたいに知らせないで行くのはなしにして!」
「あー……うん、分かった」
「絶対だから!!」
本当にこの男は18歳なんだろうか? 18歳の男がこんなんでいいのだろうか? 思いっきり頭に耳と尻に尻尾が見える気がするんだけど。しかも犬の、だ。
「何笑ってんの! 本気で心配してるのに!!」
「あー、悪い悪い。うん、ほんと、悪い」
マジ犬だ。こいつはワンコだ。尻尾振って待ってる犬そのもの。
まあ、自分を主とかは思ってないけれど、一緒に旅する人を思いやる気持ちが強く感じられた。
嗚呼、自分が正常な心を保っていられるのは、同郷でもあり大事なパートナーになりつつある、この子が居てくれるからなのだ。
心から、そう思えた出来事だった。
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