第18話
18.
女性たちを保護して三日目。
ようやく落ち着き始めた彼女たちを連れて、山の近くにある町へ移動した。
服がないことで怖い思いをしないように、布は多めに渡してある。食料も少しだけ多めに渡した。
そして、別れの日――乗合馬車の賃金は、新人冒険者にとってはかなりの額になったけれど、キョウとふたりで出し合いをしたから大丈夫だと笑って、彼女たちを馬車に放り込んだ。ついでに、御者へ少しだけ駄賃を渡したのは、今度こそ彼女たちを目的の地へ連れてってもらいたかったから。
別れ際、諦めきった女性たちの目は相変わらずだったけれど、それでも女性たちと同じように行動しようと考えていることが少しだけ伺えてホッとした。
大した荷物はない。浄化の魔術も、今回掛けるのが最後となる。それでも女性たちは『こんなに良くしてもらって』と、涙を零して喜んでくれた。
キョウは別れ際、思いっきり泣き出しそうになって逃げ出している――まったく、こういうところがまだまだ子供だっていうのだ。
「さようなら。本当にありがとう」
「またいつか、会えたらお礼をたっぷりします」
「心から――心から感謝しています」
中には自分が盗賊たちを屠ったと気づきつつある女性もいるらしく、こっそりと『敵討ちをありがとう』と涙ながらに言ってきた人もいた。けれど、知らぬ顔で答えることもなく背中を叩いておいた――あ、この女性たちは自分が女だと教えてもらったらしい。そのお陰か、怖がらずに触れることも許してくれている。
何よりも、彼女たちの顔が少しでも晴れやかになったことで、自分こそが救われた気がしているのだ。まだ壊れていないのだと――まだ人としての矜持を捨ててはいないのだと。
彼女たちを見送ったあと、早々に町をあとにしたのは、乗合馬車とはいえ六人分もの賃金と御者にまで駄賃を上乗せしたことで、目をつけられないようにするためだ。
このうえ買い物までしてしまえば、絶対に変な連中から目をつけられる。この町には、どうやら盗賊たちと通じてる連中がいるようだからな。
そうしてすぐに山へと戻っていった。
最初の盗賊たちがいた場所付近まで行くと、すぐに結界を展開し、家を取り出す。
たった三日でも風呂に入れなかった時間は、とてつもなく息苦しい。浄化という魔術のお蔭で、体も装備も着ているものすべてが清潔そのものだ。それでも、疲労感は拭えない。日本人の性かもしれないが、お湯で体を洗わないと、髪を洗わないと、清潔になった気がしないのだ!
「風呂って飯る!」
「……どんだけ省いた言葉を使うの、カナさん」
家を出して一番にしたのは、即座に変装アバを脱いだこと。もちろん寝室に駆け込んで、だけど。
次にキョウへ宣言したとおり、飯の催促をしたあと風呂に走った。そんな自分にキョウが呆れていたけれど、そんなことは気にしてられない! シャンプーやらリンスだって作り置きがあるのだ。もちろん石鹸も――ただし、制作したのはリーゾルにいた頃だけどね。
そうして一息ついたのは、真夜中になってからのことだった。
キョウは既に眠っている――そりゃそうだ。彼もまた、今回はとても疲労困憊だったはずなのだから。
女性たちに怯えられていたことも精神的に辛かったはずだし、彼女たちといる間は極力言葉を発さないようにしていた。そのまま町に行ってとんぼ返りだ。疲れないはずはない。
けれど自分はといえば、こちらに来てから疲れにくい体になっている気がする。
眠ることは好きだし、その間は体を休めているような気がするけれど、別段眠らなくても問題はない。その点キョウは夜になると眠気が生じるらしく、一定の時間になるとウトウトとしているのだ。
もしかしたら、まだ彼の体はこの世界になれていないのかもしれない。それなら早く戻りたいはずだ、生まれ育った世界へ。
さて、キョウが寝ているうちに、次なる連中を屠ってこようと思う。
今もまだ、人を殺めることに抵抗があるのだろう彼は、『次だけど』と話し始めただけで体を強張らせていたのだから。
知らないうちにやっちゃうのが一番だ。
そう考えて、即座に実行する自分も自分だけれど、実行できるだけの力が残っている自分にも驚きだ。
中腹付近の連中は、前回と比べ物にならないほどの大所帯だ。まるで、そこに村か集落でも築いているかのようなほどに――それを感じ取ってから隠密を使って偵察を開始した。
人は溢れるほどにいる。けれど、捕虜とかその手のものがいそうにない。が、どうやらここには女性の盗賊なのか人身売買人なのかは知らないが、多数いるのが見えた。
そして、あまりの悪辣な性質を持った連中の会話に吐き気をもよおした。
曰く、人の傷つく顔が楽しい。
曰く、人が苦痛に歪める顔が気持ちい。
曰く、人の裏切られた瞬間の顔が面白い。
どの言葉も自身たちが与える苦痛に歪む人々の顔が見たいという、そんな感じの言葉だった。
それがひとりふたりならともかく、ここに集まる連中すべてが同じ感覚を持っているというのは、とても異質で、それでいて当然のようにも感じられる。
同じ感覚を持つ者たちの楽園――と彼らは言っていた。
酒を交わしながら、それぞれが楽しいと言いながら絡み合っている。男女入り乱れて――楽しそうに体を交わらせているそれは、まるで獣だ。
その瞬間、自分の中で何かが弾けた気がした。
それが何であるのか、そんなものを追求するつもりもなかった。
ただ――この連中を排除したいという感情のみだったのだ。
今回はひとりひとり消していくような手間など掛けてやるつもりはなかった。
ただただ殺戮に近かったかもしれない。
でも、自分の中にあったのは、彼らを人として認知してはダメだということだった。
それでも――それでもっ!!
簡単には死なせてやるだけありがたいと思えっ。
そう心の中で叫んでいたかもしれない。
ひとり、ふたり、さんにんと、愛用の刀剣で切り刻んでいく。
いつもならしないような、弄ぶ行為を施しながら。
阿鼻叫喚とでも言えばいいのだろうか?
目の前の、自分にとっての悪党どもが暴れまわっては逃げ惑う。
切りかかってくる者たちもいないわけじゃないが、剣を振り回しているだけのようにすら感じられた。
ここにいた時間がどのくらいだったのかすら分からないけれど、空が白んできたのに気づいて――そして、悪党どもが酒を飲んでいた中心部に視線を投げる。
そこにあったモノは、いずれも生きていた人間たち。
苦痛に歪めた顔のまま、目を見開いて息絶えている者たち。
ひとりやふたりじゃない。かなりの人数――唯一、心の安寧としては幼い者がいなかったことだろうか。
嗚呼――自分はなんてところに来てしまったのか。
嗚呼――自分は本当に戻れるのだろうか。
盗賊なのか何なのか、自分にとっての悪党どもを消し去ってから、ヤツらの犠牲者たちを手厚く葬ってやった。
何もない場所ではあるけれど、きっと花くらいは咲いてくれるだろう。
石しかおいてやれないけれど、墓とは言い切れないものだけれど――家族だったのだろう彼らを一緒に土へと還してやる。
もう少し早く来ていれば、生きていたのだろうか。
もう少し急いで動いていたら、生かせてやれたのだろうか。
自問自答したところで、答えてくれる者などありはしない。
早く戻ろう。
また壊れてしまいそうになる前に。
早く帰りたい。
本当に壊れてしまう前に――。
ああ、家族の笑顔が……また遠のいていく。
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