第17話
17.
翌日、起きてみればキョウがテントの端っこで丸まるように転がっていたが、それを蹴飛ばしながら外に出た。
すると、そこには女性たちの半分がすでに起きていて、何かすることはないかと問いかけてくる。
朝からすることといえば――顔を洗って歯を磨いて、んでもって朝飯を待つことだ。今はキョウも慌ててテントから飛び出してきたことだし、飯を出してくるまで待つだけである。
けれど、女性たちは困ったように眉を下げていた。
「何もすることなんかないんだ。アイツが飯を出すから、それを食うだけ。というか、他の人たちは??」
「それが、まだ……」
「起きてないのか?」
「気を張ってたからだと思うのですが」
ビクビクとしながらも答えてくれる女性は、昨日の気丈な女性とは違う人だ。
お互いに名乗り合うつもりもないので、あえて聞かないでいるのは、いずれ彼女たちを安全な場所に連れて行ったあとで別れるつもりだから――彼女たちを連れての旅など、疲れてしまうからな。
「とりあえず、朝食がでてきたら他の人たちも呼んでやって。そのあと、どうするか話し合うし」
「……そのこと、なんですが」
「ん? 決まってるのか?」
「……いいえ……その、一緒に」
「悪いが連れてはいけない」
彼女が最後まで言わないうちに遮って、きっぱり言い切った。それを聞いたキョウは、少しだけ批判するような目を向けてくる。
「あ、あの、ダメなんでしょうか」
「無理だってこと――悪いが、自分たちの旅にアンタたちを連れて行くのは無理なんだ。それとも――アンタたちの歩調や行動に合わせろって言う気か?」
そう言った途端、ハッと目を見開いた女性。そしてキョウも同じような顔をしている。
ってかさ……気づこうよ、最初にさ。
どう考えても冒険者との旅など無理だと思うのだ。ましてや相手はこの世界の、標準以下で冒険者にもなれそうにない女性たちだ。いくら少しくらい体力があったところで、足手まといになるのは必至だ。
「冒険者ってのは、体力はもちろん、普通に移動している最中だって狩りをすることだってある。アンタたちの依頼で、仕事として、同行するというのであれば話は別だが、定住する場所を探すまで付き合ってくれとか――そんな依頼は受けられないし受けようとも思わない」
一気に言ってしまえば彼女たちもシュンと肩は落としつつ、それでも理解してくれたのだろう。ハイと小さな声で返事をしながらテントの中に入っていった。
それを見てキョウが近づいてくるが、彼は何も言わずにアイテムバッグから昨日の残りやら新しい食べ物を取り出す作業に取り掛かっている。
自分は決して悪くない。
このあと、山の中を移動しながら、まだまだいるだろう盗賊やらなにやらを討伐していかなくちゃならないだろう――そんなところに、彼女たちを連れ回すなどありえない。
そりゃ、今度もまた女性たちが囚われていたり、奴隷がいたりするかもしれないし、人身売買してる連中なら商品として人を囲っているかもしれないけれど、だからって連れ回すとかありえないのだ。
キャラバンでもあれば別だったかもしれない。そうすれば部屋に閉じ込めて運べばいいんだから。
だけど、今現在、そんなものを持っていない自分たちにとって、足手まといな人間はいらない――それでなくても、まだまだキョウが不安定な状態なのだから。
朝食を終えると、女性たちにこれからどうするべきかという話をし始めた。
本来、この山越えには定期的にキャラバンで移動をする乗り合いキャラバンってのが存在するという――ちょっと待て、そんな情報はどこからもなかったんだが!? と思わず叫んだ自分は悪くない。
けれど、このキャラバンに乗れるのは割りと裕福な人たちに限られているとか――そりゃ、情報として入ってこないな。新人冒険者であれば特に乗れるような代物じゃない。
「この山の手前に小さな町があったけど――あそこは、盗賊たちの息が掛かってるんだよな?」
「だと、思い、ます」
小さくなって答える女性たち。キョウを見てはビクビクし、自分を見てはオドオドする様は、見ていて気持ちの良いものじゃない。だけど、彼女たちに起こったことを考えれば当然なのだろう。
それでも――自分を女だと気づかない時点で、少しだけ腹立たしい気持ちになるのである。理不尽だけどキョウに当たっておこう。
「でも、そこから乗合馬車とかは出てるはずだが」
「お金が……」
「そのくらいならどうにかする。こっちの手持ちがそれなりにだけどあるし、次の町までに山で稼いでいくから心配ない」
そう言った途端、随分とホッとしたような雰囲気を醸し出してくる女性たち。一番気になるところは、やっぱり先立つものでしかないのだろう。
だけど、この世界において女性たちが自分たちの身を売りお金を儲けるなど、別に珍しいことじゃない。もしものときには、そういうことも考えている節すら感じられる彼女たちは、乗合馬車まではどうにかしてほしいという思いがあったみたいだ。
この山の近くにある町は怖い――そこから離れてしまえば、どうにかしてやる。
そんな気概を感じる女性たちは、もしかしたら強かに生き抜こうという思いがあるのかもしれないな。
「いいんで、しょうか?」
「いいよ、そのくらいなら」
「実は昨夜、彼女たちとも話し合っていたのです」
そう切り出したのは、女性たちの中でも年長に当たるかもしれない落ち着いた人だった。
彼女の話だと、自分たちに付いていきたいという話と、彼女の知っている大きな町に行って生活するという話とで二分していたらしい。けれど、今朝になって自分が旅への同行を断ったことによって、どうやら彼女の提案を通すことに決めていたらしい。
「その町って?」
「東の方にある、少し大きめの町なのですが――そこでなら仕事があると思うのです。わたしたちができる仕事など、たかが知れていますけれど、私の叔父がいるので紹介してもらえる可能性もあります。それに、甘えてばかりではなく自立すると言えば、きっと手を貸してくれると思うのです」
「そうか――なら、その方が安全だな。けど、そっちまでの乗合馬車はあるのか?」
「はい……この山越えをする前に、その町を通ってきたので」
一応は確認をしたんだと言う女性は、その目に『生きたい』という力が篭っているようにも感じられる。だけど、それはココにいる女性たちも同じ。まぁ、ふたりほどすべてを諦めているような人もいるけれど。
「じゃ、町まで送る。ついでに、乗合馬車の賃金を調べて、人数分を渡す。それでいいか?」
「はい」
結局、そういう結論に至ったわけだが、若干二名ほどの女性は気乗りしていない様子も伺えた。けれど、それを指摘するのも面倒だなと考えて、知らん顔をすることにする。キョウはまるで気づいてないみたいだけどな。
少し時間をおいてから出発することにして、今はまだ休むよう彼女たちに声を掛けておいた。
キョウはその間に食事の準備をしている。まあ、簡易の窯を作ったので、どうにかなるとのことだし、彼女たちのためにもと考えているみたいだから任せることにした。
その間にやるべきことは――山のどの辺に、人の気配があるかを探ることだった。
中腹ほどに、随分と大所帯な人の気配がある。
あとは、頂上付近にはいくつかに別れての気配。そこまでは辿ることができたけれど、それ以上先になると、やっぱり近づかないと無理そうだ。
そう思っていたときだった。
昨日の気丈な女性がやってきて、お話したいと切り出してきた。
「実は、ふたりほどどうしたらいいのか分からない子たちがいて……」
「あぁ、うん」
「分かりますか?」
「まあ、目がね……諦めきってるから」
「はい……彼女たちのひとりは、家族をすべて殺されてしまっています。もうひとりは――恋人に売られたんです、ここにいた盗賊に」
「……そっか」
「わたしも……冒険者に逃げられてしまったせいで、一緒にいた商隊の人たちをすべて失いました」
「ふーん。ってことは、商家の人間だったってわけ?」
「行商人の夫が商家の人たちと同行することになって、冒険者を雇ったのですが――」
「全滅?」
「冒険者の方が一番に逃げ出してしまったので……」
「旦那さんも、か」
「はい……目の前で。あれから二年です……この中で一番の古株です」
「アンタの前は?」
「……衰弱して亡くなったか、飽きられて殺されたか、反抗して殺されたか、そんな感じで減っていきました……」
ぐぅっと喉を詰まらせて答えた女性は、それでも今まで死ねなかったのは、新しい女性たちが来たことで助けたかったからだという。
もともと娼婦に売られる予定だったという彼女は、そういう教育を受けている最中だったのだと話してくれた。そのため、こういう場所ではあるものの盗賊相手にどうにか立ち回ることができたそうだ。
女性たちの中で、もうひとり――もとは娼婦だった人がいた。それが、あの落ち着いた年長の女性だった。
「彼女も上手く立ち回って、他の子たちが苦しまないよう取り計らっていました。わたしも夫と出会わなかったら、きっと娼婦になっていたのだと覚悟してましたので、すぐに慣れることができたんです。最初のころは、死にたくて死にたくて仕方ありませんでしたけれど」
そう言いながらも『新しい子たちを守りたかった』という彼女は、とても強い女性なのだと思える。はじめから、自分たちに付いてくるという考えもなかったらしい。
そんな彼女が新たな町で、どうやって生活していくかをずっと考えていたのだという。想像の中で、でしかないけれど、それでも女性たちと一丸になって叶えたい夢だったと――。
「まだ新しい町で上手くやっていけるかは分かりませんが、わたしにもできることが多数あるはずです。給仕の仕事もしたことがありますし、身を売れというのであれば売ることでしょう。けれど、年齢的にはトウが立っていますから無理かもしれませんけれど」
苦笑しながら自嘲気味地に言葉を発してはいるけれど、身を売ることが恥ずかしいことだと考えていないのだと言う彼女は、本当に強い女性なのだと分かった。
そんなことよりも生き抜くことこそが大事なのだと。
「あのふたりを――どうしたらいいのか」
「聞いてやれよ」
思わずこぼれた言葉。即答だったのは、たぶん本能みたいなものだったと思う。けれど、本心でもあるのだ。
「聞く?」
「そう――話を聞いてやれ。何度でも何度でも、同じ話しかしないかもだが、聞いてやれよ。そのことを誰にも言わなければ、それだけで信頼を得られるし、ついでに力にもなっていく」
「……あ、あの」
「アンタが心配してるんなら、そうしろって話。もうひとりの、あの年長さん? あの人も付き合えるなら、そうしてやればいい――ただ、自分も辛くなることもあるだろうから、適度にって感じだけどな」
「聞く、ですか」
「そう。鬱屈した気持ちだ。聞き手も相当な覚悟がいるし、また苦しい思いもするだろうが、聞いてやれば――あいつらは戻れるよ」
「戻れる? え?」
「自分の意思を持った人間に――諦めることをしない、強い女性に」
「……あ」
「難しいし辛いけどな!」
フフンって笑えば、彼女は自分が女だと気づいたのだと思う。
そして、少しだけ目元を緩めた彼女は、今度こそ心を開いたようだった。
「やってみます。それ」
「難しいし辛いよ?」
「それでも――ええ、やってみます!」
それは彼女にとって、新しい決意だったように感じられた。
少しだけ――この人が壊れませんようにという気持ちを込めて、そっと背中を叩いたけれど、彼女は嫌がることなく『ありがとう』とお礼すら言ってくれたのだった。
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