第16話

16.

 

 

 布を持った女性が中に入って行ってから数分後、中にいたのだろう人たちが出てきた。思ったとおり六人の女性たち。

 この人たちがどうしてここにいたのか、それはなんとなく推測もできるだのだけど、今はそんな些細なことなどどうでもいいだろう。それよりも、彼女たちの状態は最悪といっていいだろう。

 

「とりあえず、そこに固まってくれるか?」

「え?」

「全員で固まってくれたら、簡単に終わるから」

 

 そう言っても彼女たちには何のことか分からないだろう。けれど、そんなことはどうでもいい。早くしろと言えば、ビクリと体を震わせた女性たち。けれど逆らうだけの力などないと理解しているのか、素直に集まってくれた。と同時に発動したのは――浄化の魔術である。

 

「え……これって……」

「浄化だよ、浄化。これから飯くったり、自分が用意したテントに寝るのに、汚いまんまとか嫌だろ?」

 

 そう言ってやれば何度も頷いてみせる。けれど、それと同時に彼女たちは顔を強張らせていた。

 

「わたしたち――お金なんか」

「は?」

「浄化の魔術などされても、返せません」

 

 言われて思い出したのは、この世界でも浄化の魔術はあるものの、割りと上級の術だと資料に書いてあったっけ……ついでに商隊とかだったら普通にいるだろう魔術師でもお金を取るとかなんとか。

 けれど自分にとってこの程度の魔術を施行したあとに金を取るとか冗談じゃないって思う。大した労力でも何でもないのに。

 

「あのな、これから飯を食うのに変な匂いを撒き散らされたら、美味い飯も不味くなるだろう? ついでに、そんな嫌な思いをした洞窟で寝泊まりとか嫌だろうし……それで、自分たちが持ってるテントを貸そうってのに、やっぱり汚れた人間を入れるとか気持ち悪いだろう」

 

 少し意地悪な言い方をしたけれど、このくらい言えば理解するはずだ。今まで虐げられてきた女性たちは、下手に優しい言葉をかけられても自分たちを卑下するだけだ。それくらいなら、はっきり言っちゃったほうが少しでも罪悪感を抱かなくて済む。それどころか反発してくれたらなおよしだ。

 けれど思ったような反応ではなく、女性たちは少しだけ嬉しそうな顔をしてホッと息を漏らした。

 

「ありがとう」

 

 そう言ったのが誰だかは知らない。けれどそれを皮切りに、女性たちがお礼を言い始め、終わったあとには涙を流していた。

 この程度で――これから、どうなるかもわからないのに。そんなことを思いはしたけれど、女性たちは素直に自分の言葉を受け入れてくれたらしい。

 それを聞いていたキョウはっていえば、最初こそムスッとしていたけれど、お礼を聞いた途端に自身こそがお礼を言われたかのような顔をして胸を張っていた――ので、ムカついたため後頭部を打撃しておいた。

 

 

「さて、飯にしよう。飯、はよ出せ」

「はいはい」

 

 ニヤニヤと笑いながらもアイテムバッグからお弁当のようにした食事を取り出した。それを見た女性たちが、あまりの多さに驚きで目を丸くしている。

 

「アンタたちのもある。食わないとどうにもならんし」

「ですが……」

「色々と話も聞きたいしな――あ、あの連中はみんな死んでるから安心しろよ」

「え……っ!?」

「なんか、血の匂いがしたからさ、見に行ったら魔獣に食われてた」

「は!? ま、まさか! だって……」

「その辺のことも詳しく聞きたいからさ、飯食いながらでいいから話してよ」

 

 そう言ってみせれば戸惑いながらも『分かりました』と、あの気丈に振る舞っていた女性が代表で言ってくれた。

 

 

 彼女たちは盗賊たちに襲われた商隊や引っ越しのために移動していた者たちの同行者だったそうだ――けれど、一緒に同行していた者たちの裏切りや冒険者たちの裏切りによって、あるいは盗賊たちに売られた女性たちでもあったという。

『どんな同行者たちだよ、それ』と唸ったのはキョウだけでなく自分もだった。

 冒険者の裏切りに関しては、少し違和感がある。もしかして盗賊たちと結託していたのか、それとも自身たちの力及ばずで逃げ出したのか――聞いてみれば、どうやら逃げ出したというのが正解らしい。まったく、そんなことなら最初から受けなければいい依頼だ。

 

「呆れたな……どんな冒険者なのかは知らないけれど、ブラックリストに入れてもらったほうがいいだろう」

「けれど、基本的には助けようともしてくれていました」

 

 ひとりの女性がそんなふうに庇っているけれど、もともと捨て置かれるために連れてこられていた女性たちにとっては、信じられる言葉に思えないのだろう。この女性は家族と引っ越すために移動中、襲われたのだというけれど、家族は逃げ切れたのかと言えば……残念ながら殺されたのだという。荷物はすべて売り払われたのだと――そんな話を聞けば、単なる弱腰の冒険者に違いないだろう。

 

「そう……誰一人守れなかったんだな、そいつらは。ってことは、やっぱりブラックリスト入りだ」

「で、でも」

「冒険者ってのは、そういう職業なんだ。君は知らないかもしれないが、依頼を受けたときに自身の力量が適うか適わないかを判断できてこそなんだ。できない依頼を受けて失敗すれば、それも汚点になる。たぶん、今回の失敗も隠し通してる可能性はあるしね」

「……そんな……」

「基本的に依頼を受けた証は証書だけなんだ。この冒険者タグにすら記載されない――本当にそういうところが穴だらけなんだよな、冒険者ギルドに限っては」

 

 本当ならば、証書のみならず冒険者タグに現在、依頼を受けているとかないとか記せるようにすればいいのだ。そうすれば達成してない場合には理由が問われるようになる。

 しかし現実的には無理なのだろう。そういうことすら出来ないほどに、魔術の技法や魔道具の技術が失われているのだから。

 

「とにかく、飯も食ったし、それなりに話も聞いたから、このあとどうするのかはまた明日にでも話し合うとして、今夜はゆっくり眠るといい。この辺りは魔獣避けをしておいたから安心していい」

「あ……あの」

「なんだ?」

「その魔獣よけなんですけれど」

 

 そう話し始めたのは、最初に布を受け取った気丈な女性だった。

 どうやら、あの盗賊たちは魔獣や魔物と喚ばれる類のものを寄せ付けない魔術が掛けられているいう。けれど、それなら魔術師も死亡したことを言えば、彼女は呆気にとられて口を大きく開け放っていた。

 理由を聞けば、あの中でもあの手の魔術を使う魔術師というのは貴重な存在なのだが、どうやら何か犯罪を犯してここへ逃げてきた人物なのだとか――それも、あの盗賊の頭なのだろう男をとても頼っていたとか。

 ここまできて、盗賊の人数を確認することにしたのは、もしかしたら生き残りを作ってしまった可能性が出てきたからだ。自分なりに索敵はしておいたけれど、それに引っかからないほどに力のある魔術師ならば隠密を使われてしまえば見つけることができなかっただろう。

 けれど――。

 

「確か三十三人です。そのうちの魔術師は十人で、その魔獣避けができた魔術師はひとり――お頭さんの隣に並んでいた男です」

 

 すまん……はっきり言おう。見当違いをしていた自分が情けない!

 そうだった……この世界において、彼女の言うとおり魔獣避けなどという魔術を使える魔術師は、きっととても貴重で強い部類に入るのだろう。だけど、自分たちのレベルに関していえば雑魚でしかない相手だったのだ。

 

「あぁ……うん、それなら全員だと思う……あんまり数は数えてないけど、お頭とかいうヤツの周りには魔術師らしき連中が五人いたはずだ」

「あ……」

「それで、全部だろう? きっと」

「は、はい……きっと」

 

 うん、それなら納得ができるってもんだ。

 キョウは聞いているだけで辛くなったのか、途中で何度も俯いては情けない顔を見せないように努力していたようで、そろそろ限界に近いんだと思う。それは今回の討伐にしてもそうだけれど、女性たちの身に起こったことについても――彼は本当に子供だ。そして、とても優しい子なのだろう。けれど、それは弱さの表れでもあるのだけれど……。

 

 

 

 テントを用意して女性たちをそこに入れると、それぞれに毛布やら枕やらを渡しておいた。それを厚意として受け取った彼女たちは、少しだけ不安そうな顔で頭を下げてきた。きっとまだまだ、彼女たちの心には重いものが乗っかったままで、自分たちに心を開くなんてことはないだろう。一応は自分たちの話を聞かせてくれたことや盗賊たちの話を聞かせてくれただけでも御の字と言いたい。それでも中には自身の話をしなかった女性がふたりほどいる。彼女たちは、そのときのことになった途端に顔を青褪めさせ体をガタガタと震わせていた。

 思い出すだけでも恐怖なのだと思う――きっと、今もまだ傷ついたままの心。

 

 だから彼女たちを怯えさせないように言っておいたのだ。

 

「ゆっくり寝て欲しい。ここにはアンタたちを傷つける者はいないはずだから」

 

 いなければいい――あの女性たち同士で、傷つけ合うこともないといい。

 

 

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