第13話

13.

 

 

 雨が降り続いていた。

 あの日、とりあえず早めに休もうと言って移動してから数日間、ずっと雨続きで身動きが取れなかった。というよりも、雨の中を移動しようとも思えなかったのだ。

 だから、数日間とはいえ岩場に結界を張り巡らせ家の中で過ごしていた。もちろんキョウも一緒に――といっても、あの家には個室をいくつか作っていたため、キョウにはキョウの寝室を与えている。かなり狭いスペースではあるけど。

 自分のほうも同じように寝室だけは別にあって、そこもキョウの寝室と変わらない広さだ。それでもプライバシーを守れるってのは良いことだったのだろう。数日とはいえ、お互いにずっと顔を突き合わせているってのはキツイ。ついでに性別的にも問題が存在しそうだ。

 

 とはいえ、キョウは自分を『女』としては理解してるけれど『女性』として恋愛対象に見ていない。年齢差もあるのだと思う――だって、自分は成人してから随分経っているし(実年齢なんか言わない! 絶対にっ)、キョウはまだ成人すらしてないお子さまだ。そりゃ18歳ってのは子供とは言い切れないけどさ……体は大人になりつつあっても頭の中身がお子さまなので問題ないだろう。

 

 まあ、そんな感じで恋愛的な意味でお互いを見ていないのである。

 

 それはそれとして、だ。

 お互いに寝室へ篭ってみたり、同じ部屋でくだらない話をしてみたりと、この数日はある意味じゃ充実してたとも言える。ついでに、ここまでの旅路で疲れた体と精神を癒せたとも思えるのだ。

 

 そして、漸くの晴れた空を見た日。

 

 

「やっと晴れたー!」

 

 キョウは嬉しそうに外で両手を空へと広げて大喜びである。本当に子供じゃないかと思わずにはいられないが、彼なりに暇してたんだろうな。家の中にジッとしてるとか――ゲームやら何やらあった世界とは違うので、とても苦痛だったはずだ。

 

「人の気配がない今のうちに、出るぞ」

「オッケー! 準備万端!」

「アイテムバッグを持ってから言ってくれ」

「……あ」

 

 指摘した途端、慌てて部屋に戻っていったバカを無視して、自分の準備を施した。ついでに飯も食わねばっ!!

 

「あ、キョウ!! 飯は?」

「昨日作った弁当っ!!」

「早く持ってこい。行くぞ」

「はーい!!」

 

 

 

 

 数日間の休養があったお陰か、随分と足が軽く感じられた。たまには休む日を設けてもいいだろうって思うくらいには。

 だけど、そこから何日も掛けて漸く目にした領地の境界線でもある山を見た途端に感じたのは――疲労である。

 

「あぁ……面倒くさい」

「……でもここを通らないと、行けないんだよね?」

「面倒だ……」

「カナさん?」

「解禁したい」

「は?」

「もう、色々と面倒すぎる」

 

 目の前に広がる大きな山と、そこにある木々やら何やら――そして、さっきから索敵した結果によるものが、思いっきり憂鬱にさせてくれていた。

 

「カナさん……そこまで?」

「凄いよ、ほんと。もうね、ほんと。ムカつくくらいね、ほんと。やだっ」

 

 そう言って座り込んでしまった自分に向けて、キョウが大きくため息を漏らした。

 ここ数週間程度で、キョウも随分と索敵ができるようになっている。あの雨の数日間で、魔力の垂れ流しをしなくていいようにと、何度となく助言をしていったお陰で、3日ほど掛かりはしたものの魔力の制御ができるようになったのだ。そして、その後は毎日のように訓練をし続け、今に至る。が、しかし、自分に比べるとまだまだ荒いのが分かるのだけどね。

 

「それでも行かないとだし……隠密、使っていけば」

「隠密は自分にしか効かない魔術だ」

「僕の場合には、課金アイテムが」

「あれは一時のみの効果しかない」

「じゃ、じゃぁ、アバとか?」

「あのアバを使う覚悟があるんだ!? へー……マッパになるのに!? 戦闘になったとき、どうすんの?」

「……ごめんなさい。無理でした」

「ったく……それでなくても魔術師だったら杖を媒体にしないと発動しねえだろうが……もっとチートらしく杖なしとかできないもんかな?」

「おい待て! チートはカナさんだろうがっ」

「ケッ、キョウも充分にチートだろうが!」

 

 フンッと鼻を鳴らせば子供みたいに口を尖らせてみせる。まったく本当にまったく……この面倒事を一気に解決してやりたいくらいには、面倒くさいっ。

 

 と考えて、思わず『そうじゃん』って声に出してしまった。

 

「カナさん?」

「ねね、面白いこと、思いついちゃったっ!」

「……カナ、さん??」

「とりあえずさ、まだこっちに気づいてない連中とかいるから、そっと結界張って家に入ろう。もちろん、山に入る前に、だけど」

 

 うふふって何とも奇妙な笑いが溢れたが気にしない。キョウが非常に怖いものでも見たような顔をしてるけど、これも気にしない。

 そんな些末なことなど、どーでもいいー!

 練りに練って、思いっきり、大暴れしてやっちゃうんだぞー!!

 

 

 と思ってキョウに言ったら、思いっきり拒否された。

 なぜならば。

 

「カナさんは、それなりにジョブを経験してるし、レベルだってカンストしてたっていうし、アイテムだって装備だって武器だって、しかもアバだっていっぱいあるかもだけど、僕にはなにもないんだってば!!」

「だから杖くらいなら貸せるって」

「武器があっても防具は!? それでなくても紙装甲な魔術師なんだよ、僕はっ!!」

「えー……でも、やっちゃったら、気持ちいいと思うのに。しかも、すっごい楽できる」

「山越えする時点で楽じゃないってば!!」

「見られなきゃ、いっぱいイイモノ出すし」

「そーゆー問題じゃないって言ってるじゃん!!」

 

 面倒だな、おい……何でこんなに拒否るかな? ゲームだったら絶対に突っ込んでいけそうな場所なのに。

 

「だいたい、怖くないの!? カナさんはっ!」

「へ? 何が?」

「生き物を殺すってこと!!」

「……いや、あのさ……殺してきたよね? ここに来るまでも……魔獣とか獣とか……解体もしたし、飯にしたじゃん」

 

 そう反論したら頭を抱えてしまった。

 だけど、こちらとしては正論だと思うのだが、何が言いたいのか……。

 

「盗賊やら何やらを全滅させるって……殺すってことだろう!?」

「犯罪者を戦闘不能にしただけで、どうにかできるわけねえじゃん。それなら殺したほうが安全だろ? それに魔獣やら獣やらの良い餌になる」

「……カナ、さん。それ、本気で」

「言ってる」

 

 キッパリ言い切った途端、驚愕に目を見開いて自分を凝視してきた。けれど、何が悪いと言うのだろうか――この世界に来てからというもの、犯罪を犯した人間たちがどうなってきたのかくらい、目の当たりにしてきたつもりだ。

 冒険者の場合、私闘は禁止されているし冒険者殺しなどもっての外である。だが、それでもやってしまう連中はいないわけじゃなかった。あのはじまりの街リーゾルでも、新人冒険者をわざと陥れて殺した冒険者たちだっているのだ。

 そして、そんな連中の末路はって言えば――処刑だった。

 

 実際に殺すのではない。

 そんな冒険者たちの糧である腕や足、また魔術師ならば喉を潰すのである。

 

 その実行者は、冒険者の本部からきた処刑人と呼ばれる人たちだった。

 

 確かにキョウはそういうものを目の当たりにしたことはないだろう。けれど、魔獣を倒すのは一緒にやってきたときだってあるのだ。解体だって嘔吐きながらもどうにか頑張ってたくせに――それでも人を手に掛けるってのは、確かに違うけどさ。

 

「あのさ、キョウ――この世界じゃ、人身売買とかって大罪に値するわけ。でもって、処刑されるのは当然の掟でもあるわけだ。ついでに盗賊でも人を殺していれば大罪。こちらも処刑される。物理的に首が飛ぶんだよ」

「……だからって、それは法律によって裁かれ……」

「いや、冒険者が雇われて処刑させることもある。ついでに、返り討ちとして殺しても問題は起こらない」

「でも、人の……大切な、命」

「そうだな――けど奴らだって、その誰かにとって大事な命を摘み取ってきた連中だ。よく考えてみろよ――そんな綺麗事を並べても、もしお前が犠牲になったら? 自分が犠牲になって人身売買にあったら? キョウはそれでも綺麗事を並べて、法律に任せるからって見捨てるわけ? 自分にキョウを見捨てさせるわけ?」

 

 その言葉に反応して睨みつけてくるけれど、悪いが自分が間違ったことを言ってるとは思っていない。だいたい、そんな悪事をする連中など、わざわざ捕獲してどっちかの領主へ献上するとか無理があるってものだ。

 

「なぁ、キョウ――ついでに言うけどさ」

「……」

「この山は治外法権でもあるんだ」

「え……」

「境界線だって言っただろ? 国のものではあるけれど、どちらの領主のものでもないんだ。だから奴らは勝手気ままに好き勝手なことをしてる。国も知ってたって排除しに来ないって知ってるから」

「ど、いう、こと」

「面倒じゃないか、国を挙げて成敗しに来るなんて――はじまりの街リーゾルが王都だったころなら、まだどうにかなったかもな。けど、今は王都も場所を変えているせいで、こんな辺鄙な場所になど見捨ててる。そりゃ商人とかもいるからな……それなりに時には手入れをしてるだろうけど、今のこの状態を鑑みるに間違いなく数年単位で見捨ててる」

「……で、も」

「キョウ。お前の云いたいことも分かる。気持ちも分からないじゃない。けどさ……ここで自分たちが行うことにより、この山越えが楽になったら商人たちはどう思うかな?」

「それでもっ! 人を殺すなんて!!」

「善人ぶるなっ!」

 

 偽善者と間違えた感もあるが、こっちのほうがなんだかしっくりくる言葉に思える。

 人の命。それは確かに大事なものだと思える――それは、自分たちが日本という国で生まれ育ち、そして教育されてきたからこそ言い切れるものでもあるし、また財産でもあると信じられる。

 けれど、ここは……今現在のこの場所は、自分たちの概念が通じない場所もであり、常識も少しずつズレている場所なのだ。

 ファンタジーと言ってもいいこの世界において、自分たちの考え方だけで生きていけば、間違いなく搾取される立場になっていくだろう。それこそ自分たちを奴隷に落とすくらいには。

 

 自分の言葉にキョウが悔しそうな顔をして唇をかみしめていた。

 こいつの思っていることも考えていることも、そして何よりも気持ち的にも分からないわけじゃないのだ。

 だけどさ。

 

「キョウ――ここは自分たちの生まれ育った世界じゃないんだ。どんなに自分たちが正論をぶちまけようとも、犯罪を犯してる連中にとってみたら異論でしかないんだよ。助けた命もあるだろうし、奴隷として無理やりやってる連中もいるかもだが、だからこそ自由にしてやれるんじゃねえの? 奴隷に意思はない。というより自分の意思を持つことは許されない。ついでに一度奴隷に墜ちたら……奴隷以外になれない」

「……えっ」

「今度のフェネスって都市に行ったら、即座に図書館で学べ――そして情報を精査しておけよ」

 

 言ってみれば自分だってそうしてきたのだ。キョウだって知らなきゃ生きていけないだろう。だからこそ、この世界においての常識やら法律やら行政やらを知っておいたほうが身のためなのだ。

 

「分かった……けど、山越え……の」

「悪いが決定した! お前も少し経験を積んでおけ。手を出せとは言わない。けど、見ておけよ。この世界の犯罪者たちが、どれだけ醜悪かってことを」

 

 

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