第12話

12.

 

 

 ミールドの町を出てから一週間。とっても快適な毎日を送っている。

 雨の日だけは面倒だから休みってことにして、他の日は一日、休憩とか入れても歩き続けた。

 そして、やっとこさ見えてきたのは小さな村である。

 

「先が見えてる」

「村ですから」

「透き通ってるのだろうか」

「範囲が狭いだけです」

「畑が……」

「小さいですね」

「あれで、畑なのか」

「さぁ……」

 

 言葉が端的になってしまうのは許して欲しい。そのくらいには衝撃的な光景だったのだ。

 これで村――集落でいいんじゃないだろうか? と思えるほどに家の数も少なく、ついでに田畑の規模が……小さい。

 そりゃ村だもの、それほど広大なものを求めてはいない。それでも先の道や荒野が見通せる村って、どうなのだろうか!?

 

「これじゃ……仕入れは無理ですな」

「無理でしょうね」

「野菜……お野菜……遠い夢」

「別に今のところは苦労してませんよね?」

「……確かにそうだった」

 

 そりゃ新鮮お野菜には飢えているけど、確かに野菜は口にしている。だっていっぱい持ってたから――アイテムとして。

 

 もともとゲーム内での生産スキルに農業ってのがあって、そこで取れるものを使い調薬調合スキルで薬を作っていた。ただし自分だけではそこまでの生産スキルはできなかったため、クランメンバーに頼み代行を出してもらっていたのだ。

 あ、代行ってのは本当ならそのキャラに頼んで作ってもらうのだけれど、ゲーム内にある代行掲示板ってので『このスキルを使っていいですよ』という張り出すと、その生産スキルを持っていない人でもモノを作れるシステムだ。ただし引き換えにゲームマネーを差し出すのだが、ボッタクリユーザーじゃなければ、一つに付き1円みたいな感じで使わせてくれる。もちろん、凄くレアな生産だと少しだけ色を付けられるけれどね。

 

 ということで、野菜やら何やらっていうアイテムに不足らしい不足はしていない。自分じゃ作れないとはいえ、アイテムさえ持っていれば代行掲示板で作れることから、料理用のアイテムまで持っていたのだから。

 

「そういえばさ――」

「なんだ?」

「料理しないのに、何であんなにいっぱい素材を持ってたんですか?」

「……代行システムだ、ばか」

「あぁ、はい」

「それに、野菜スープが必須なところで、最近は遊んでいたんだ」

「……毒消しじゃないんですか」

「野菜スープなら毒も消せるが、HP、MP共に少しでも回復してくれる。素晴らしいだろうが」

「確かに――けど、微々たるものでは」

「その微々たるものが、命を助くっ!」

 

 はぁ……と徐に大きなため息を漏らしているが、キョウ自身もお世話になっていたというのだから、自分の言い分くらい理解してくれているだろう。だって、たった1でもHPがあるだけで戦闘不能に陥ることはないわけだし、そこにこそ攻略の秘訣があるのだから。

 まあ、この辺の詳しい事情は割愛しておく。知らなくても問題にならないだろうし、RPGをしている人には分かるだろうし……まぁ、やったことがなくてもニュアンスで適当に理解したつもりになってくれたらいいと思う。

 

「でも、どうする?」

「なにがだ?」

「村ですよ、村! 寄りますか?」

「んー、寄らなくても、いいかなって思い始めてる」

「デスヨネー」

 

 目の前にある村を見ながらも歩を緩めることなく進んでいけば、村民の顔が見え始めてくる。その人たちの顔は、ある意味でとても充実してるようにも見えて、楽しそうに家庭菜園してるという印象を抱いた。

 

「楽しそうだな」

「うん、楽しそうだね」

「……いいのか、あれで」

「……いいんじゃないかな……あれで」

「そっか」

「うん」

 

 結局のところ、村は素通りした。といっても、一応は村人さんたちに声はかけたし、少しの情報も見逃したくなかったため世間話程度の情報収集もしておいた。まぁ、あんまり情報というのはなかったけどね。

 ただ、この先にある領地の境界線でもある山を越えるなら、盗賊や人攫いにだけは気をつけろと言われた。何でも人身売買をしてる連中がいるのだとか――本来、この世界では奴隷制度が禁止されている。まあ、犯罪奴隷ってのはいるけれど、刑務所ってのを作っても犯罪者が多すぎてどうにもならないために作られた制度だから、檻のない場所で問答無用に罪人を裁くというシステムから作られた制度らしい。でもって、この場合の奴隷さんたちは任期もちゃんとあるのだ。悪い言葉ではあるけれど、ある意味では実用的な罰を受けていると言ってもいいだろう。

 

 けれど人身売買の場合に行われる奴隷制度は、何の罪もない人々を攫ってきて無理やり隷属し、そして買い取った人の好きに使われる本物の奴隷なのだという。

 もちろん法のもとでは違反しているのだから、見つかれば問題となる――国やら何やらに。

 けれど、やってるのが貴族ともなれば――規制しても無駄だろう、本当に。

 

 ってことで、そういう連中が山越えする連中を狙っているのだとかで、気をつけるようにと言われた。

 

 

「冒険者とかも連れ去るのかな?」

「どうだかな。ただ、相当な手練じゃないと、無理がありそうな話だろ。だいたい国境や領地の境界だとかを越えるってことは、それなりに腕が立つ連中だろうし、商人だって中級以上の冒険者を雇うんだ。たいした力もない連中じゃ無理がある」

「でも、多勢に無勢ってのがあるじゃん……たとえば、盗賊だってひとりでやってるなんてないだろうし」

「まーな。けど、自分たちを相手にするなら――この世界だったら上級冒険者でも勝てないからなぁ。無視していけばいいだろ」

「そんなもん?」

「そんなもん……ってかさぁ、そろそろ休まないか?」

「……まだ夕方だよ、カナさん」

「んー。でも、このままだと雨が降る」

「……燕ですか、カナさんは」

「空を見ろ!! 阿呆がっ」

 

 ドカッと頭にバッグを投げつけてやれば、ようやく空を見て納得したキョウ。そして、やっぱりだけど人目を避けられる場所を探して項垂れた。

 

「カナさん、どこにも良さそうな場所がない」

「……岩場を狙うか」

「岩場に乗せるの? あの家を!?」

「……バカなのかな、キョウ君は」

「……たぶん、きっとそうなんだと思います」

「素直でよろしい。しかしながら、お前の鶏頭では説明しても無駄だと思うので、このまま勝手に進めることにします」

「……飯」

「別にいいぞ、今日はスープとステーキな!」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」

 

 この程度の会話で理解できるようにはなったのだろうキョウは、本気の謝罪をしながら追いかけてくる。それを見ながらも、今日の寝場所を探しておいた。

 

「ここから東に少し行ったところかな。あの辺りなら岩場があるし、人の気配もない」

 

 あれなら大丈夫だろう――岩場がいくつか点在しているから、もし人が来ても他の場所に移動してくれそうだ。盗賊やら何やらは、大所帯で身を隠す場所がこの辺りにないからいないだろう。というより、さっきの村以外で人の気配が転々としか感じられないから、たぶんこの辺りにはそういった輩はいないと思える。

 

「人の気配――ってさ」

「ん?」

「どうやって感じ取ってるのか聞いてもいい?」

「……キョウ君はさ」

「はい」

「魔術師さんなのに、どうして魔術の使いみちを考えないのかな? 聞いてもいい?」

 

 キョウの問いかけに何だか遣る瀬無い気持ちになって、同じように問いかけ返してやれば、片眉を上げて悔しそうに唇を噛んだ。

 悪いけど、そのくらいは自分で経験から学んでほしいものだ――何もかも教えていたらキリがないだろうに。

 

「まぁ、少しだけヒントとしては、術やスキルを大きく発動してるわけじゃないよ。索敵だ、索敵」

「……索敵?」

「キョウはダンジョンに入ってたんだろ?」

「うん」

「そのときに、その索敵を使ってボスのいる部屋を探してなかったの?」

「……ついていくのに精一杯でした」

「バカなのか……ちゃんと書いてあっただろう、説明に」

「すみません」

「大きな術を行使してるわけじゃない索敵ってのは、簡単に見通しを良くしてる感覚だよ。魔力を持ってりゃ出来ないわけがない。特に自分たちのようなヤツらはさ」

 

 言ってみればキョウも少しだけ考えた様子で辺りを見渡していた。そして、時間を開けずにシュンと肩を落とす。

 

「なんとなくしか分かんない」

「それでいいんだよ――慣れていくと、どんどんできるようになる。それと魔力を垂れ流さなくなる」

「……垂れ流すって……」

「今の状況だと逆に他の人へキョウの存在を示しちゃうんだよ。そのせいで、エンカウントしやすくなる。変な奴らだったり、この世界でいえば魔獣だったり、な!」

 

 言わんこっちゃないって程度の魔獣が、自分たち目掛けて突っ込んでくる。相手は空からの奇襲だ。

 

「夕飯だな!!」

「カナさんっ!」

「アンタは見てるだけでいい。魔術を放つと目立つ!」

「あ、はいっ!」

 

 言いながらインベントリから取り出したのは弓矢だ。しかも高性能な弓矢。

 放っただけで矢が目標に当たるよう設定されているそれは、別にこの世界でも不思議道具ではない。いや、今でも弓使いならば使っている代物である――ただし、自分が使っているものほどレアではないけどな。

 

 狙いを定めるほどのことまではせず、ただ弓を構えて矢を放つ。すると、矢は思ったとおりに空から奇襲してきた相手へ飛んでいった。もちろん命中である。

 何の苦労もなく――と言わないで欲しい。もともとゲームをしていたときには散々苦労しまくったジョブなのだから。当たらないのよ、本当に。ここぞってときに当たらなかった。それを必死にマスターして、頑張ってスキルを買って伸ばしたジョブ。

 お蔭で今に役立っているっていうね……違う意味で悲しみを感じるけれど、そんなことを言ってる暇はない。

 

「取ってこい!」

「え!?」

「早くっ!!」

「えーっ!? ってか、僕は犬じゃないんだけど!?」

「猟犬のほうが賢いわっ」

「ひど、マジで酷いよ、カナさん」

 

 そう言いながらも素直に射抜かれた魔獣を取りに行くキョウ。そして、自分は悠々自適に岩場へ向かった。

 今日の夕飯は少しだけ豪華になるかもなぁー。

 

 

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