第11話

11.南へ

 

 

 南の都市フェレスへ行くには、徒歩の旅だと一ヶ月以上掛かる。それほどの距離を歩き続けなきゃいけないわけだが、それでも行くだけの価値はあると信じているのだ。

 

 フェレスという都市は、はじまりの街リーゾルの領主とは異なる侯爵家が治めている領地だ。境界線は存在しているけれど、実際にそこで手続きやら税金やらを払う必要性はない。というのも、この世界には冒険者が多数いて、その人たちのお陰により平民だけでなく王侯貴族たちの平安が保たれているからだ。

 

「でも、ケネス領に入るためには、山を越えないといけないんだよね?」

「まーねー」

「トンネルとか――」

「作れないんじゃない? 失われた技術とかでー」

「えー? だってキャラバンはあるんでしょー!?」

「あるねー」

「なんで、作れないの……トンネルくらい」

「トンネルか……まぁ、自分たちの生まれ育った世界にあった技術なら簡単かもしれないけど――今じゃ廃れた魔術のせいで作れないんじゃないの? だいたいにおいて、だ。あの境界線にあるだろう山ってのがさ、とーんでもなくデカイわけ。そこをぶち抜くとか正気の沙汰じゃない。現実世界でも数年がかりの作業だと思うぞ?」

「その魔術だけど、なんで使えないわけ?」

「簡単に言えば、学校がないから」

「は?」

「よく考えてみれば分かるじゃん。自分たちだって、学校がなかったら勉強出来たと思う? 文字にしろ数字にしろはテレビでもわかったかもしれないけど、そんなものが存在しないこの世界で学校がない以上、学問も魔術も特級階級しか手に入れることができない代物だろ? けど魔術とかは基本的に誰かを師事し教えを請うてたわけだ。でも、その師匠が自分の持つ全てのものを手渡すと思う?」

「……もしかして」

「みんな、自分だけが特別でいたかった。だから、消えていった。技術にしろ学問にしろ、魔術にしろ、だ。しかも、それらを書き記して残してもいないってわけ。だって教えるのが嫌なんだから残すはずもないんだよな」

「あー、なんか、とっても人間って」

「欲深いだろ? でもって、他の種族はそんな人間族たちに自分たちの大事なものを委ねるはずもないわけだ。エルフの魔術は魔法といって、人間族が使っているものとは異なっているし」

「あぁ、エルフの魔法って確か自然のものを主体にしてるんだっけ?」

「そう。彼らだけが持ち得る精霊たちとの対話により使える魔法。だからこそ消えていくことなく連綿と続いていくことができている――そして、他の種族たちにとっても大事な技術を邪な感情で使っている人間族には渡さない。まあ理由はそれだけじゃないが、今はそうだと思っていてくれ」

「……うん」

「ってことで、だ。廃れたモノが取り戻せるはずもないので、今の状態」

「だからトンネルなんか作れない。という答えになるわけね」

「はい、そのとおりです。なんか先生になった気分だな」

「全然、教師には向かないけどね!」

「なん、だ、と!?」

 

 確かにキョウの言うとおりで教師には向かない。ましてや教える立場には絶対に向かない! そんなことは、言われずとも分かっている。けれど、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、これがこの世界から様々な技術やら魔術が消えていった事情であるのも本当のこと。実際には何度も何度も行われた戦争によって消えたっていうのもあるみたいだけど。

 さて他の種族は、いずれ消えていくだろう人間族を虎視眈々を見ているのかと思えば、実のところそうでもなく、共存できるのだから気にしてないってのが真実。

 

 ドワーフたちは自分たちの技術で懐を肥やし、エルフたちは持っている力で人間族たちに恩を売っている。ほかの種族に関しても同じで魔人族なんかは特にそうとも言えるだろう。

 だけど、その力で人間の世界を発展させるためになぞ使ってやる気はない。それは共存している国においても同じであった。

 

 他種族を隷属しようとした人間族もいたようだけれど、残念なことにそのようなことがないようにと、それぞれの種族たちは生まれたときから『魔法』を掛けられているのだという。それはエルフ族が主体となって開発された魔法ということで、魔力を多く保持していると言われている魔人族が魔術という形に書き換え人間族以外に配布して回ったのだと知らている。

 残念なことにそれでも頭の緩い人間族たちは、ほか種族を取り込もうとしたけれど、大きな戦ですべてを一度失ったと図書館の歴史書に書かれていた。

 

「そんなこともあったんだー。戦争か……どこの世界にも存在してるんだね」

「人が多ければ意見も異なっていく。その上、種族が多くなれば余計だろう」

「確かになぁ。学校とかでもそうだもんな」

「うん、派閥争いとか――医科大学とかのドラマでも多いじゃんね! あとはイジメ問題。あれもある意味で戦いだな」

「うん、そうだよね……って、あぁ……うん」

「どーした?」

「なんか、少しずつだけど現実の方のって言えばいいのかな? そっちの自分を思い出し始めた」

「あぁ、ゆっくりでいいぞ。少しずつでいい。じゃないと疲れる」

「そう、かな? なんか、今はスッキリし始めてるって感じだけど」

「いや、かなり辛くなるっ。断言するぞ!」

「……え?」

「ホームシックって、突然くるんだ!!」

 

 豪語した途端、キョウは息を呑んで固まった。そして『ありえる』と呟くと飯の味が――とか言い出した。

 

「だろう? だから言ったのに」

「ってか、思い出させたのはカナさんじゃないか!」

「仕方ねえじゃん。自分もすっごい寂しかったんだから――近所のおでん屋さんの味とか思いだしたら……日本酒の味とか思いだしたら……悲しすぎたっ!!」

「待て待て待て!! なんでそこ!?」

「他になにかあったか?」

「親のご飯とか……家族の、こと、とか」

「いやいやいや! 自分は独り立ちをしてたからな! 一人前までは行かなくとも、大人であるっ」

「は!? ってか、それなら自炊してたでしょ!? なんで作れないの!?」

「うっさいわ! 人には向き不向きってのがあるんだよ!!」

 

 はいはい、自分は自炊ができませんでした。ついでに毎日コンビニやら外食で済ましてた人だ。でも、生きていけるのだよ、現代社会においてはさ。こっちにきて、一番に躓いたのはそこだったし――。

 

「もしかして、こっちでも外食メイン?」

「いや――アイテムがあるじゃん。なんとかのステーキとか」

「……はぁ」

「なんとかのスープとか」

「回復、アイテムですよね、それ。モンスターを倒したときにドロップする」

「でも、食えないことはなかった!! 相当に腹をすかせていればいける!!」

「女なのに……」

「は? 女だから、なんだ?」

「だって、女性って料理とか」

「偏見だ!! なんで女だから料理して当たり前とか思ってんの、アンタは! どんな育ち方したの!? お母さんに怒られなかったわけ!? なんてことだ! アンタのお母さんが可哀想過ぎるっ!!」

「……ごめんなさい」

「アンタねぇ。世の中には女性も男性も関係ないだよ。特に現代社会において、それは差別だと思うぞ!」

「そうですた……ごめん」

「なので、これからも料理はキョウが作ればいいのだ」

「えー!? なんで、そこに行き着くかな!?」

「だって、自分が作ったら意味不明な、食べ物とすら思えない物体ができるんだぞ? こっちの世界にきたら余計に、だ」

「料理のスキルは」

「あれは取ってない! 残念だったな」

 

 ふふふっ! と笑ってやれば、ガクリと肩を落としながらも必死に歩いているキョウ。

 でもね――そろそろ。

 

「あの森辺りで野宿すっか」

「……はぁ」

「結界張ったら、家を出すんで、よろしくー」

「飯、ですね」

「そのとおりですね!」

「はい、かしこまりました」

 

 本当なら料理スキルをとってれば作れないこともなかったのだろう。だけどキョウも料理スキルは取ってないのに、お料理上手である。

 なんでなんだろうな。

 

 

 

「なんか、こうやって考えるとさ」

「なに?」

「カナさんってチートだけど、何でもチートってわけじゃないんだね」

「……バカなの? バカなのか!」

「……いいえ、ごめんなさい」

「言っておくけど、チートとか、俺様THUEEE! とか、ここじゃありえないんだってのっ。だいたい、今は縛りプレイよろしくスキル全般は基本的に封印中だろうが」

「……そう、なんだ?」

「そうなのっ! それにゲーム内で培ったものは生産スキルでも何でもチートなものはないっ」

 

 チャットでの会話だったら最後にカッコでキリッと入れたいところだ。けど今は胸を反らせて威張ってみた――ら、思いっきり拗ねた子供みたいに、口を尖らせてムーっとか言ってるキョウ。

 でも、文句を言われる筋合いなど無い。もし言いたいなら、ゲームの世界にそのレベルのまま放り込んだ何者かに言って欲しい。真面目に、だ。

 

「ところでさー、生産スキルっていくつまで所有できるの?」

「んーっと、課金すりゃ、かなりできるんじゃなかったかな?」

「ちなみに、カナさんは、何を?」

「自分はー、大工、彫金、錬金、鍛冶、魔道具生成、解体、調薬調合、採掘、採取だったかな」

「……えっと偏ったチートですね」

「言い方」

「だいたい大工ってゲーム内だと遊びの範疇だったんじゃ」

「そのとおりだ! ゲームなんだから遊んで何が悪い!!」

 

 フンともう一度、無い胸を張って言ってみれば『確かに』と珍しく納得してた。まぁ、キョウが納得しようがしまいがどうでもいいんだけどな。

 

「けど、見事に……料理とか調理とか裁縫とか、ないですね」

「……いらんだろ」

「一応、聞きますけど――ジョブで考えると裁縫は」

「いらんだろ」

「魔術師系は」

「買えばいい!」

 

 キッパリ言い切ると『マジか』とだけ言われて終わった。

 でも、本気でそう思ってるんだから仕方ない。だいたいクランとかに入っていれば仲間内の誰かしらが、それらのスキルを取っていたため必要と感じなかったんだよね。

 一番始めにとった生産スキルは鍛冶だったけど。

 

「最初のジョブって?」

「始めは剣士だったね。アタッカー系のほうで俊敏さと力重視の。で、キョウは?」

「……僕は、魔術師です。本当は友達と一緒に始めたんだ、このゲーム。その友達とペアでやっていくために、魔術師」

「そっか。そいつはナイト系か?」

「うん……でも、途中で彼女が出来てやめちゃったんだけどね」

「……あぁ、うん、あるあるだな」

 

 特に10代だとよくあることだったりする。オンゲとか格好良い言い方はされているけど、比較的にそういうことへ興味がない人間からしたら『オタク』に分類されがちだから。でも、今どきはアプリゲームなども多いことから、それほどではなくなっているはずなんだけどな。

 

「彼女に言われたそうです。ゲームするより自分といてほしいって」

「あー、あるある」

「それで、ソロになって――本当は補助魔術系のプロフとか狙いだったんだけど、分かれ目のときにやめてったから攻撃魔術重視に変更したんですよ」

「へー。それでどうよ?」

「……どう、とは?」

「楽しく出来てた?」

「はい! 凄く楽しくて、フィールドはソロでやってたけど、ダンジョンとかはノラで参加させてもらってました」

「中レベのダンジョンは楽しいからなー。ノラでも充分いけるっしょ」

「はい!」

 

 ノラとは――メンバーの足りない人がエリアチャットとか全チャとか呼ばれるところで、どこのダンジョンに潜るから参加してくださいと募集をかけて乗っかることを言う。所謂、知らない人に混じってパーティを組み、攻略するということだ。

 そういうのもまた楽しみのひとつだろう。そこで知り合いを増やしたり、クランに勧誘してもらったりして、交流を深めていったりするのだ。

 チャットでの会話は面倒でもあるけれど、そのうちに慣れていって――それがまた楽しくなると、ゲームにハマるんだな、これが。

 

 

 

 

「あぁ……思い出してきちゃったなぁ」

「それはいいけどさ、キョウ」

「はい?」

「飯は、いつできんの?」

「……台無しすぎます……ほんと」

 

 そう言われてもね――最近になって、ようやく食事らしい食事ができるようになったんだから、仕方ないと思うのだ。

 せっかく作った家なのだし、キッチンだって綺麗にしたのだ。大工スキルと鍛冶スキルを駆使して!! だからこそ、美味しいものをと強請ってるのだが、何が悪いというのだろうか。

 うん、悪いことじゃないよな!

 

 

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