第10話
10.
ミールドの町が随分と見えなくなったころには、追いかけてきていた不審者たちも消え失せていた。
まあ、自分の足に追いつけるとか思えないんだけどね――戦闘用のスキルをかなり発動させてのジャンプ移動だったんだから。
「……カナさんってさ」
「ん?」
「ドSとか言われない?」
「言われない」
「即答!?」
するよ、即答。
生まれてこの方『事なかれ主義者め!』って、友人に言われ続けてきた自分にとって、何を言うのだ、このガキンチョは。
「絶対にドSだよ!」
「ないから」
「なぜ即答!?」
「だって、言われたこともなければ、そんな行動をとったこともない」
きっぱり言い切ってみせたのに、相変わらず両手を地面につけての項垂れ模様なキョウ。なんでなのか、真面目に問いただしたい気持ちでいっぱいだ。
「僕、真面目に死ぬと思った……」
「あんだけ死にそうな思いをしたあとに、あの程度で死ぬとか――よく言える」
そう言った途端にキョウはがばりと顔を上げて目を見開いた。けれど反論するよりも何よりも『確かに』と同意してしまう彼は、ある意味で単純な生き物なのだと思う。
あ、一人称でも分かると思うけど、キョウは男である。
身長は190cmもあるのだと自慢された瞬間、思いっきりケツ蹴りを食らわしてやった。デカけりゃいいってもんじゃねえんだよ、身長ってのは! と叫んだのは、決して悪いことじゃないと思う。
「それにしてもカナさんさ」
「ん?」
「なんで、男みたいな格好してるわけ?」
「女一人で旅するとか、色々面倒だから」
「てか、誰も女だって思ってなかったよね……ここの人たち」
「自分たちの主観で物を見る習性があるんだろ。だから言葉遣いだけで判断してる。たぶん、誰もが少年くらいに思ってるんだろうさ」
「それって……わざと?」
「素だが、なにか?」
「いいえ……なにも」
「いや、実際さ。言葉遣いがどうのってわけじゃないんだと思うんだ。基本的に女性の冒険者って誰かと一緒にってのが、この世界じゃ通説みたいになってるからな。ひとりで旅してきた女の冒険者、しかもチビみたいなのがいるわけないって、思いこんでるんだと思うよ」
「そっかぁ……」
そう、自分ことカナという人物は生物学上の女である。ゲームのキャラクターだって、可愛い女の子を選んでいたのだ。
だがしかし、中身が中身だっただけに、この世界へ来てからというもの『子供』の括りの中で『少年』ということにされていた自分――まぁ、一人称が『自分』というところでも、男と判断されてもおかしくなかったのだろう。そしてなによりも……悲しいかな絶壁にも見えるお胸さま。少しはあるのだ、少しは! けれど、この世界の基準でいえば男性が鍛えた胸筋でしかなかったのである。
まったく、本当にクソ忌々しい。
身長だって、この世界じゃチビのレベルだ。それでも女の子にしては、若干高めかもしれない160cm。いくら世界の基準が大きくなっていると言っても、これだけあれば充分だと思う身長なのに――それなのに。
「それにしても少年って……あぁ、身長のせい、ですか」
「うっさいわっ! お前、この身長は日本女性に対して『小さい』とか言っちゃいけないレベルだぞ! もっと小さい女の子に『身長だけは羨ましいな』って言わしめるレベルだ!!」
と叫んでから虚しくなった――身長だけは、うん、身長だけはって自分で言ってしまった。ここは言わなくても良いところだったはずだ。何がどうしてこうなった。
「あぁ……うん」
そしてキョウの視線が自分の堪忍袋を切らせてくれた。
「死ぬのか?」
「いいえ」
「素手と武器、どっちがいい?」
「だから、いいえって言ったじゃないですか!」
「お前の視線が物を言った」
「言ってません!!」
「言ったのだっ! 首を差し出せ!!」
「えー!? いきなりそこに飛ぶとか、やめてください!!」
「お前の視線が、自分の堪忍袋を切らせたのだっ!!」
「ちょっとカナさん、落ち着こう!! マジ、落ち着こう!!」
次の瞬間には、バコンと音を立ててキョウが地面に墜ちた。悪いな、キョウ――自分としては、ストレスはすぐさま発散させる人間なのだよ。
「カナさん、酷い……いくら中レベとはいえ、カナさんの場合は上レベ以上じゃん。素手でだって普通なら死ぬレベルだよ」
「分かってるなら、少し自分の行動を考えたほうがいい」
「すみません……けど、これからは、どうするんですか?」
唐突なまでの切り替えをするキョウに、思わず瞠目した。まさか、こんな風に切り替えができるような性格だとは思っていなかったのだ。なにせ、どん底じゃないまでも情けないところしか見てなかったような気がするから。
けれど、それが転機になった。
「一応、これから南に下りるつもり。目指す都市は――「フェネス」」
お互いに顔を見合わせ、ニヤリとした。
このフェネスという都市は、王都と変わらぬ規模を誇っているという。ゲームの世界でも、このフェネスは王都と見紛うほどの栄えっぷりで、実はゲーム内では露天(ユーザー個人で開く店)が立ち(座り)並ぶ街でもあったのだ。
ときにはいらない課金アイテムを――ときにはゲームマネーを増やすためのアイテムを売り買いする人たちで溢れかえっていた都市。そのため、ここにはたくさんのユーザーがいると思えたのだ。
もともとゲーム内での王都といえば、はじまりの街リーゾルだった。それが今じゃ王都が移動しているのだから、もしかしてフェネスも過疎っているのかもしれないと不安になったのだが、資料によるとこの都市では相変わらず商人が溢れかえっているとか、またゲーム内での設定どおり騎乗用の魔獣が売っているとかで、とても栄えているのだという。
そこで目指すはそこ――けれど、そこへ行くまでの間には、いくつもの村や町が点在し、そのうえ山をいくつか越えないといけないらしい。
ゲームでならば簡単に転送システムが使えたのだけれど、この世界じゃ一切ない。今じゃ失われた魔術としてあとを残しているだけに過ぎないのだとか。
まったく本当に様々な点で不便になったものである。
「転送システムなしの徒歩移動とか――」
「かなり苦しいよね」
「けど、今のところはそれに従うしかないし」
「途中で寄れる場所があって、宿屋があってとかならいいけど……」
「ああ、その点は心配ないよ!」
「……え? なんで?」
「自分が持っているアイテムの数々!! こっそり見えない場所に結界展開して出せばいい」
「……えっと……チート?」
「なわけがないっ! 自分で必死に取り続けた生産スキルさまさまだ! ついでに時間の許す限り作り続けた結晶」
「……チートじゃん」
「ちっがう! そんな軽い言葉で締めくくるなっ」
まったく簡単に言わないで欲しい。チートってのは神様やらなにやらが勝手にくれる能力だろうが。自分は必死に時間を掛けて、リアルマネーも使って手に入れたジョブと生産スキルだってのっ!
なのにキョウはクスンと泣き真似などをしながら肩を落とす。まったく本当に18歳なんだろうか、この子――大丈夫か?
「僕……もっとやっとけばよかった」
「まぁ、言っても仕方ない」
「それだけ?」
「うん。他の言いようがない」
「言葉――マジで言葉選んで!!」
「優しくされるのが好きとか――どんだけ軟弱者?」
「軟弱でいい……僕もチートが欲しかった」
「いや、今のこの世界でなら充分にチートじゃね?」
「普通は男のほうがチートで……女の子たちにチヤホヤで……」
「チーレム乙! すまんが、そういうラノベは大嫌いだ」
「えー!? 男の子の夢なんだよ!? チートにハーレム! 女の子にチヤホヤクーデレ」
「阿呆だな、マジで――女がそんなに優しい生き物だとか、夢見過ぎだ。裏じゃきっと牽制とか嫌がらせとか殺し合いとか暗殺とか、ドロッドロに決まってるだろう。女ってのは、どの世界においても間違いなく――陰湿だ!!」
「待て待て待て!! カナさんも女! 女だからっ!」
「だから言ってる! 自分の好きになった男、ましてや付き合ってる男や結婚した男がハーレム築いたら、男もろともハーレム女たちすら抹殺してやるわっ!!」
真面目に本気で目を眇めつつ言ってやれば、ブルリと震えたキョウ君。
悪いが世の中それほど甘くないのだよ、お子さまめ!
それどころか実のところ逆ハーに関しても同じ気持ちだったりする。
実際問題、現実社会で逆ハーとか……肉体関係結んだ時点でビッチだろ……公衆便所だろ……ついでに、男がそうだった場合は女同士の戦いとか恐ろしすぎるわ!
綺麗なものと可愛いものは、見つめるだけで愛でるもの。
それがたとえ老若男女関係なくとも、ね。
「カナさん、怖いから」
「お前の頭の中身のほうが怖いわっ」
フンと鼻息も荒く文句を言えば、キョウは情けない顔をしながら肩を落として付いてくる。
悪いけど、夢は夢だから楽しいのだよ、少年。
決して本気でやったらダメ。
チーレムとか逆ハービッチとか、この世界にはいりません。
えぇ、できれば自分の周りには存在しないでくださいませ。
「けどさ、実際問題、カナさんはチート……」
「いいや、キョウもチートですよ。そのインベの中身を考えてみよー! 今は売れないけど、アンタの持ってるものは歴史を司る超レアなレアすぎるお宝ばかりです」
「それはカナさんもじゃないか!!」
「んー……それはゲーム歴の違いだ、気にするな!」
「気にするってばーーーーっ!!」
キョウの叫びは決して誰かに届くことはなかった――なぜならば、思いっきり蹴飛ばしたせいで地面に顔を埋めての発言だったからだ。
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