第7話
07.
翌日は、早くに目覚めた。そりゃそうだ! 夕方にもなってないうちから爆睡してたんだから、当然ともいえるだろう。だけど農家の人たちにとってみれば、起床時間だと言われても不思議じゃない時間帯だったけどね。
部屋で少し、体を伸ばしたり動かしたりしてから下が騒がしくなってから移動した。もちろん町を探索するためだ。
宿屋の受付には昨日の従業員であるお嬢さんがいて、朝食のカードを渡してくれる。これで朝食はタダになるシステムなのだとか。その代りに部屋の鍵を預けておく。といってもアイテムバッグを持っっているため部屋には何も置かないのが冒険者の常だから問題はない。
「それでは行ってらっしゃいませ」
「ありがとう」
鍵と朝食カードの受け渡しを完了すると、そんな風に言ってもらって少しだけくすぐったい気持ちになる。なにせ、最近じゃそんなことを耳にしてなかったのだから仕方ない。
朝食は適当に軽く取っておいた。そして、すぐさま町に飛び出したのだった。
昨日のうちに町の情報を少しだけ集めておいたお陰(食事の際に)で、どこに何があるのか、どんな店が繁盛しているのか、また屋台などで売られているものについても少しだけ分かっている。
今日の目的は、この町の外れにあるという温泉だ。
今まで生きてきた中で、温泉に入ったという経験がない自分。それはもう、本当に魅力的な気がしてならないのは、やっぱり日本人だからかもしれない。
この町には大した観光もなければギルドも総合という形で作られているだけ。冒険者に至っては通り過ぎることはあっても、ここを拠点として行動している者は少ないのだとか。ただし温泉というものがあるせいか、商業に関してだけは発展しているという。それでも、自分の記憶の中にある温泉街とは違って、とても鄙びた印象しかないのだけれど。
行く道々で飲食できる屋台がいくつか点在してはいるけれど、たくさんのものを売っているという感じはない。というより、お祭りとかであった屋台とは大違いだから余計なのかもしれないけれど、注文があれば作るよという感じの店ばかりだ。
お土産屋さんっていうものもなく、また町での特産もないため、お店はまばらにしか見当たらない。あるのは、人の住まう民家――それも、あまり良い景観ではない寂れた風景という感じだろうか。
過疎化しているって言えばいいのか――どこか、スラムにも似た感じがしてならなかった。
温泉へ行く手前にある集合住宅、その裏には家を持つことすら出来ない人々が集まって生活していると聞いていた。
ほんの少しの好奇心だったのだ――そこに行こうなどと、もともとは考えてすらいなかった。けれど気づけば足がそちらへ向いており、そして気づいたら歩き始めていたのだ。
路地裏の、本当に路上で布を敷き詰め生活している人々は、自分が来たことにすら興味を示そうとしない。小さな子供もいるのか、ときどき掠れた幼子の泣き声も聞こえてくる。
異臭が鼻をついた――これは、間違いなく死臭というもの。顔を背けたくなるのに、それをしてはならないと自分の中の何かが警告する。なぜなのか。自分でもまだ何も分からないまま、ゆっくりと歩を進めていった。
なんで、こんな場所を歩いているんだろう。
好奇心から――だったはずなのに、なぜ今もまだ進んでいくんだろう。
そう考えながらも、どこかで操作されている感じもしていた。まるで何かに引き寄せられるように。
そして――見つけてしまった。
随分と腐敗が進んでいるのだろう人間の、腕の部分だったのだろうそこに、自分と同じバンドを――間違いなく、それは自分たちと同じものだと分かるもので、思わず目を背けるよりも先にそこへ走り寄っていたのだった。
「な、んで……」
聞こえてきたのは自分の声だったのだろうか――嗄れていて、あまりにも声として認識したくない音。
そっと手にしたバンドは、間違いなく自分と同じゲーム内でもらったインベントリで、同じ場所にボタンすらついている。
「やっぱり――やっぱりっ」
やっぱり同じように、この世界へ来てしまった人間がいたのだと確信してしまったと同時に、あまりの状況で頭が……心がついていかなかった。
死んで……しまったの?
もう、生きてはいないの?
それは――どんなことを意味するのっ!?
叫びたくなるのに、声が出てこない。
泣き出したいのに、涙も出てこない。
ただただ呆然と、その腕に巻かれていたのだろうバンドに触れるだけで精一杯になる行動。
ああああああああああああああああああっ!
戻れないのだろうか、自分はもう生まれ育った世界に戻れないのだろうかっ!?
泣き叫ぶ声が頭の中にこだました。
だけど、次の瞬間、視線を向けた場所に転がっているものを見て、また驚愕に目を見開いていた。
それは同じバンドを腕に付けた――人?
生きているのだろうか? それとも……。
そのあと、自分がどうすればいいのか、どう行動するべきなのか、本当は理解すらしてなかったと思う。
けれど、転がっているモノが人間で、まだ息をしているのかを先に確認することを急いでいたと思う。
口元へ手をやり、鼻先に指を持っていき、心臓のあたりに耳を押し付け――。
「生きてる……まだ、この人は、生きてる……」
そう思ってからの行動は早かった。
アイテムバッグを開いてからバンドのついている腕を突っ込み、低級のではあるけれど店売りポーションを取り出して、眼の前の人の口に突っ込んだ。
始めはコポコポと零していたけれど、少しずつでも喉を通り越していったのだろう薬のお陰か、それとも喉の渇きからなのか勢いよく飲み始めていく。
そして一本を全部飲みきったところで、その人は目を開けてくれた――開けてくれたのだっ。
「大丈夫か?」
「……ここ……どこ?」
掠れて上手く聞き取れない音が耳に届くと、やっとホッとして『ミールドという町』と伝えてみる。すると目の前の人は目を大きく見開いて、体を大きく震わせ始めた。
「大丈夫……混乱するのは当然だけど、大丈夫だから……同じだから」
耳元でそっと伝えてみれば、その人はこちらを見上げて大粒の涙を零し始める。分からないじゃない――たったひとりで彷徨っていたら、きっとそうなるのが普通に決まってる。ある意味では自分の方が精神的にオカシイのだと思うほどだ。
「大丈夫……動けそうなら、自分の取ってる宿屋へ行こう?」
「……」
返事は声として成されていない。けれど縦にも横にも首を振り、まだ混乱から冷めないのだろうその人は、自分に縋り付くよう腕を絡ませてきた。
怖かったのだと思う。何が起こったのかも分からず、どうしたらいいのかも気づけず、ゲームの中にいるのだということすら、きっと理解してないのだろう。
そっと背中に手を回し擦ってやれば、その人は未だ掠れた声で咽び泣き始めた。
この人は、きっとひとりだと思っていたのだろう。
この人は、混乱し孤独から何も考えられなくなってしまったのだろう。
人は――本当にひとりだと弱い生き物なのだ。
自分もときとして、そうだったから分かる感情。
でも、もうひとりじゃない。
大丈夫――いつの間にか、目の前の人にではなく、自分に向けて言葉を紡いでいたのだった。
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