第6話 西の町ミールド
06.
街を出て歩くこと二日。もちろん休憩や野宿もしてきたけれど、何が不便って……移動である。
現在社会において、徒歩での移動などたかが知れていた。駅まで行くことや社内を歩くなどという日常的な徒歩はあっても、基本的に一日中歩きづめってことはありえなかった。
ところが、ここでは新人冒険者ならば基本は徒歩での旅となるのだ。もちろん、ある程度の余裕があれば乗合い馬車などもあるけれど、それも数日に一度程度しか動いていないことから、やっぱり基本は歩きになるのだろう。
ゲームでならば一度行った場所に戻れるアイテムなんかもあったけれど、インベントリを見てもその手のアイテムはなかったことから消失したのだと思われる。ちゃんと所持してたはずだからね……店売りのも課金のも。
中級冒険者になると自分たちの馬車を持つようになるけれど、上級者もしくは新人であろうと上級であろうと関係なく、資産が多い人であればキャラバンという特別な乗り物を使っている。特に大所帯なチームとなれば必ずと言っていいほど所持している可能性が高い。
このキャラバンは、移動型の簡易的な家とも言えるだろう。
寝泊まりは当然のこと、それぞれの持ち主にもよるけれど、キッチンがあったり生産ルームがあったりと多彩である。
自分がゲームをしているときには『クラン』というものに入っていたけれど、そこではいくつものキャラバンを所有していた。何人かで乗り込んで一気に移動するための乗り物として――。
けれど、この世界の場合にはテレポートシステムというものは存在しないため、キャラバンを所持していても普通に移動式のお家って感じなのだと資料に書かれていた。
大きなモノになると三階建ほどにして、個人のスペースをよりよく作っているのだとか。その辺は見たことがないため分からない。なにせ、自分たちがゲーム内で使っていたキャラバンは、外見しか見ることができなかったのだから。そして、その外見をいろいろと改造しては楽しんでいた。もちろん武器装備なども装着できる乗り物として。
まあ、そんな感じで凄いものがこの世界にもあるのだというけれど――普通では手に入れられないだろう。
まず、キャラバンを作ってもらうためには専門店に行かなければならないし、それらは基本的に小さな町ではないと言ってもいい。またドワーフが主体でキャラバンを作ったため、その技術が広く知られていないとか。お蔭でキャラバンを作っている専門の街すらあると聞いているけれど、まず金額的にポンと買える代物ではないみたいだ。
新人冒険者だって本当はもっと便利だった――といっても、ある程度のレベルにならないと手に入らないもの――それが騎獣システム。こちらはゲームを遊んでいるユーザーなら必ず貰えるという乗り物だった。一応は育成システムを取り込んであるのだけれど、毎日ゲームにインしていれば、それほどの苦はない。なにせ話しかけたり移動後にご褒美を上げるだけで良かったのだから。
それなのに、この世界での騎獣は、ある場所でしか購入できないし相性に寄っては手に入れられないという――とても不便なものとなっているらしい。
というわけで――とっても不便な思いをしてると言いたいだけである。愚痴だ、愚痴!
自分だってゲーム内ではキャラバンを所持していたのに……連名でだったけどさ……騎獣だって居たのだ! それなのに、今じゃ徒歩だ、徒歩!!
本当に不便極まりないっ。
未だ街の影すら見えない荒野を歩き続けている自分は、とても可哀想に感じられる。
というか、景色が変わらないことへの不満も大きいだろう。
ゲームの世界じゃ、この辺り一帯、緑あふれた草原だったはずなのに。小高い丘とかには、大きな木だってたくさんあったはずなのだ。それなのに、右を見ても左を見ても、ついでに後ろも前も、360度全部が――廃れた荒野である。物悲しすぎるだろう……こんな場所をひとりで歩くとか。
人気がないわけじゃない。行商なのだろう一行が通り過ぎたり、馬車で移動している旅人が通り過ぎたり――そりゃもう、いくつものグループに追い越されてきたわけだよ。
――虚しい……非常に虚しいけれど、たったひとりで徒歩。
ときどき通り過ぎる馬車の御者さんが、何とも言い難い目で見ていくのを横目に感じ、凄く居た堪れない気持ちになったものだ。
それでも、歩き続けているのは、この先にあるかもしれない希望を夢見て――はいないね。現実的に、今はまだあまりお金を使いたくないだけである。そこに尽きる!!
ってことで、今もまた痛々しい目で見て通り過ぎていく幌馬車の御者さんを横目に、歩き続けた。あと少し、一日ほど行けば西の町――ミールドに到着予定なのだから。
西の町ミールドは、はじまりの街リーゾルと同じ領主の治める領地に存在している。そのため、行政などは同じようになっていて、ある意味では不自由のない場所でもある。
ここを選んでやってきたのには、実はそういう理由もあったのだ。なにせ、まだまだ世界のことを理解しきれていない以上、他の領主が治める領地でどうなっているのかまでは分からないから。
もちろん、街などへ入る際に掛かる税金は、冒険者だけでなく身分証明書を提示すればスルーされることは統一されている。そうでなければ流通とかなくなっちゃうからね。
その代り、ちゃんと物品には税金を掛けられており、荷物を運ぶ際には機関へ通して税金を払ってから移動するとのこと。この辺は領主間でのやり取りのため、ちゃんと役所で管理されているのだという。
まあ、それはそれとして、門番さんに冒険者タグを見せれば『新人かぁ……危険はないが気をつけておけよ』と、何とも危機感を煽るような言葉を頂き入町した。
まずは宿屋だ――お金はまだまだ余裕があるから大丈夫だろう。ゲーム内で使っていたお金が使えるってのは本当に助かるってものだ。まぁ、ゲーム内で使っていた金額が金額だったから、こうして現実になってみると随分と価値観が違うなとも感じられるのだけれど。
「いらっしゃいませ!」
「二日ほど、宿を取りたいんだけど」
「一人部屋で大丈夫ですか?」
「はい」
「一泊半銀貨一枚ですね。あとお風呂に関しては共同。また外では温泉がありますので、そちらを利用することも可能です」
「へぇ……」
「それと部屋には簡易ですがシャワーだけ完備されていますので、いつでもご利用できますよー」
「ありがとう」
「では、二階の一番手前の部屋へどうぞ」
門番に聞いた、この辺でも割りと安い宿を紹介してもらったのだけれど、どうやらこれがこの町での普通らしく、一泊は半銀貨一枚らしい。しかもシャワー付き! これはラッキーだろう。はじまりの街リーゾルでは、近くに水場が少ないため、宿屋にある風呂は共同であり、また時間制限もあったほどだ。
それなのに、この町では近くに温泉の出る水場があるらしく、当たり前に風呂へ入れる環境が整っているらしい。
お金に関してだけど、ゲーム内での言い回しが通用しないってことに気づいたのはリーゾルで買い物をしたときだった。
半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨、金貨に白金貨という言い方をするとのことで、半銅貨は十円くらいの価値みたいだ。そして、自分が思った金額を思い浮かべてインベントリの中にあるお財布を弄れば、その金額が出てきた……なんというか、これもまたチートなのだろうかと不安になる思いだ。
まあ、今のところアイテムバッグというものをギルドに所属している者たち誰もが使用しているため、その中に手を突っ込めば出てくるように見せているのだけれど、実はインベントリってのもアーティファクト扱いらしい。怖いことこの上ないね、本当に。自分の持っているものって、基本的にあんまり人へ見せちゃだめな気がしてならないよ。
それはさておき、宿屋の従業員さんから受け取った鍵を持って二階に移動すれば、すぐに自分の部屋の番号が見えた。扉についた鍵穴へと鍵をさす――あぁ、ノブに鍵穴とかじゃないんだ、ここ。扉に鍵穴がわざわざ別口で作られている。これがこの世界の鍵システムらしい。
部屋の中は、至って普通。ビジネスホテルのそれよりも部屋は小さくベッドがあるだけ。簡易のテーブルというよりもベッド脇のサイドテーブルのみってのが、この世界共通の宿屋の部屋みたいだ。
ただ、ここはシャワーとトイレが部屋についているため、リーゾルの宿屋より高級感があるけどね……まぁ、それほど綺麗じゃないけどさ。
ってことで、どうにか町に到着して宿屋の部屋もゲット。今日だけは、ゆっくり寝てしまおうと思う。
一旦、シャワーを浴びて身奇麗にしたあと、宿屋に併設された食堂で食事をし、まだ夕方にもなっていないけれど寝ることにした――だって、ここ3日ほどはベッドで寝ていないため、とても疲労感溢れているのだ。
そう思いながら少し固めではあるけれど、ベッドに体を横にしてグッスリと眠った――3日ぶりの安眠である。
もちろん寝る前に部屋へ結界を展開させたけどな!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます