第5話

05.

 

 

 あるジョブのスキル、隠密を使って姿隠しを施すと、拠点から一気に森を駆け抜けていく。けれど、人の気配が多い方とは別の方向へ。

 そして、ある程度の距離を保ったところで姿を現すと、今度は上空を未だ飛んでいるワースドラゴンに威嚇の術を放った。

 すると、ものの見事に気づいて引っかかってくれるワースドラゴン。ニンマリとした笑みが出ても仕方ないだろう。なにせ、この世界で初めて使った術なのだから。

 

 ゲームでは、そのときそのときの切り替えジョブでのスキルを使い、様々なモンスターを倒してきた。それが普通だったし当たり前の世界だったのだ。

 

 けれどここは違う。確かにゲームの世界と類似した場所ではあるけれど、今現在は自分の生きている場所――現実世界なのだ。

 怪我をすれば痛いし血も出るし最悪、傷だって残る。もちろんアイテムや魔術を使うことで治癒できるのだから、大幅に生まれ育った世界とは違うといえるだろう。それでも、今この自分が存在している世界が――現実世界なのだ。

 

 高揚していく気持ちと比例してワースドラゴンが急激に近づいてくる。

 なぜ一匹なのか、あとから増える可能性があるのか――そんなことはどうでもいい。今は溢れる闘志と漲る力を発散させたくて仕方ない。それは今まで知ったつもりでいた自分ではないような感覚だ。

 

 現代社会での自分は、いつだって事なかれ主義で君子危うきに近寄らずを通してきたはずだった。仕事だって人並みにできればいいと思っていたし、誰かと無理に争ったり合わせたりしなくてもいいよう適度な距離を作って生きていた。

 面倒だったのもあるけれど、自分の趣味を邪魔されたくなかったからというのが一番大きいかもしれない。もちろん、自分を守るためっていう気持ちもあったけれど。

 両親から離れて一人暮らしをしたことにも大きな影響があったのだろう。といっても、二駅離れた距離での一人暮らしだったけれどね。

 

 そんな自分だったはずが、なぜかゲームでは好戦的な部分も多々あった。

 その影響なのだろうか――今の、この高揚した感覚は。

 

 

 ワースドラゴンがどんどん近づいてくるのを見ながらそんなことを考えて、けれど頭はとても冷静に攻撃のタイミングや構成を練っていく。

 ブワリと大きな風が周辺を流れていくのを感じたあとは、すぐさまワースドラゴンに飛びかかっていった。術の発動と同時に抜刀して魔獣の足に攻撃をする。それほどの痛手は与えなかったのだろうけれど、飛んでいるワースドラゴンの足に傷を与えたのだから辺りに血が飛び散った。

 けれど、それでワースドラゴンの闘気が上がった。もちろん自分もだったけれど。

 

 相手は飛行系の魔獣だし、相手も個人の有効的な攻撃の仕方を熟知している。けれど、それは自分だって同じなのだ。確かに飛び交うことはできないけれど、だからってジャンプができないと、誰が言った?

 

 嗤いが込み上げてくる――まるで自分こそが悪者になっているかのような、悪魔にでもなっているような、そんな感覚で。

 

 刀剣を構え直しつつ術を発動し、木々を目掛けて走り出す。そして、枝を伝って数回ほどジャンプを繰り返せば、あっという間にワースドラゴンとの距離を縮めていった。

 相手が空からの攻撃。こちらはジャンプしての不安定な状態での防御と攻撃。勝つのは当然相手だろう。力だって相手のほうが重力を使ってくる分強いに決まっている。

 

 でもね――ここまで冷静に考えていられるってのに、何も手段を講じてないわけ無いだろう?

 

 凶悪なワースドラゴンの顔が身近に迫り、そして興奮しすぎているのだろうヤツの目が一瞬だけ見えた気がした。それがどんな色をしていたのか、どんな感情を載せているのかまでは判断できなかったけれど、何か少し違和感を覚えたのは気の所為だったのだろうか?

 それでも、後戻りなどするつもりはなかった。

 先に攻撃を繰り出したのはワースドラゴンだったけれど、それを躱してヤツの翼に足を置き、術の発動で背中まで一気に突っ走ると、あとはすぐさま首筋へ刀剣を走らせていた。

 

 大きな咆哮をあげたワースドラゴン。

 けれど攻撃の手を緩めるつもりのない自分。

 

 翼に向けてはなったのは火の魔術。続いて風の魔術を投げれば、火の勢いが増して翼に燃え広がっていく。それを確認すると、ワースドラゴンから飛び降りて静かに着地をした。

 

 人の気配が濃くなってきている――こちらへ向かってきているのが分かっていた。

 だからこそ、早く決着を付けたいのだ。

 早く落ちてこい……今すぐに……そう思うのと人の声が聞こえてきたのは同時ぐらいだっただろうか。

 

 ワースドラゴンが落ちてきている。それを確認しつつ、人が来る方向には決して顔を向けないまま、ヤツの弱点へと刀剣を向けた。

 

 ズブリ……と、まるでスポンジに刃を突っ込んだかのような軽い感触で、刀剣がワースドラゴンの体を貫いていくのを感じ、そしてそこから横に向けて剣を引いた。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』

 

 耳を劈くようなワースドラゴンの最期の叫びが辺りに響き渡り、近くに来ていたのだろう人々の足を止めさせてくれた。それを感じ取って、すぐさま隠密の術を発動し姿を隠すと、即座に逃げ出す。

 ワースドラゴンは間違いなく死んだのか――そんなことは分かりきっているから確認などしない。早くこの場を離れなくてはいけないんだから。そりゃ、ワースドラゴンから取れる素材に関しては勿体無い気持ちもないわけじゃないけど、今はそれどころじゃない。いくら変装してるとはいえ、誰とも分からない者がワースドラゴンを討伐したと知れれば一大事なのだ。

 

 人の動く気配が感じ取れたときには、もう自分は拠点へと戻っていた。あんまり術を使いすぎると、勘の良い者たちにはバレてしまう可能性がある。そのため素早く走れるというアイテムを使って移動したのだ。

 

 けれど、まだ安堵などしてられない。今はワースドラゴンの返り血を全身に浴びている状態だ。血の匂いに敏感な魔獣は結界越しにウロウロしてしまう可能性もあるし、勘のいい冒険者たちにバレる可能性だってないとは言い切れない。

 即座に浄化の魔術を施し、身奇麗にすると同時に刀剣も浄化した。この魔術はとても便利だけれど、気持ち的にはスッキリしないものもある。血の匂いも何もかもなくなるわけだし、刀剣だって血濡れではなくなる。だけど、風呂に入ったりしたときの爽快感がないのだ。まあ、それでも今はそんなことを言ってる暇もないので、こちらを使用。この術は、割りと低レベルでも使えるスグレモノだしね。

 

 武器に関しては別の魔術を使い、刃毀れなども直さなくてはいけないけれど、こちらはアイテムも一緒に使う術になるため後回しとなる。ただし、この程度であれば刃毀れもないに等しいのだけど。

 

 

 さてと――どうにか終わったけれど、どうするかな。

 人の気配はどんどん多くなっていくし、このままだとここが危険にさらされる可能性も出てきちゃった気がする。

 それに――下手をしたら上級冒険者を呼んで、調査が行われる可能性もでてきちゃったんだよね、この森。なにせ、群れを作って行動するワースドラゴンが討伐されちゃったんだから。間違いなく調査及び探索が行われるはずだ。

 

 それに、これからワースドラゴンがここに来ないとも限らないため、ある程度の期間中、中級冒険者が森の中に拠点を置く可能性も出てきてしまった。

 コレに関しては、ワースドラゴンが森の上空に出没したのだから致し方ない。

 

 ということで、仕方ないか――少し早いけど、この場を出ていくことにしよう。

 新しい場所に移る時期が来たのだと、そう思えばいいだけの話だ。

 

 

 翌日には拠点だった場所を跡形もなく綺麗に整地しておいた。

 不思議な泉は、なぜか自分が拠点を壊し始めた途端、消えていた。それに気づいたのは家を撤去してからだったのだけど。

 

 

 そうして、こっそり森の中から抜け出して街の手前まで行けば、森に向かう人々とすれ違う。

 知ってる顔に何度か会って挨拶はしたけれど、別に呼び止められることもなく街へ入ることが出来た。もちろん門番たちから『素材を取りに行かないのか』と問いかけられはしたけれど。ソレに対して『新人冒険者ごときが邪魔できないよ』と苦笑すれば、相手も同じように苦笑を漏らして終了。

 

 その後は冒険者ギルドへ移動して『街を出る』と告げてから、この周辺の地図を買って街をあとにした。

 もう少し――本当はもう少しだけ、ここで色々と見聞きしたかったんだけどね。

 だって、少しだけ慣れ始めた街だったから。

 

 また来ることもあるだろう。はじまりの街リーゾル。

 けれど、今は先にするべきことがあるのだ。

 旅立ちのとき――それは、ゲームのときと少しだけ似たような感覚で、けれどどこか高揚する気持ちとは違うようにも感じられた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る