第4話
04.
その日は森の中がやたらと騒がしく感じられた。別に魔獣が暴れている様子があるわけじゃなく、なぜかざわめいているというか――予感にも似た感じだろうか。
拠点にしている森の家で、失敗に終わって未だ放置されている畑を見ながら、今日は何をしようかと考えていたときのことだ。
いつもなら静かな森――ときどき鳥の声が聞こえてきたりすることはあっても、森の木々のさわめき以外は静かに感じられるほどの森の中。確かにときには魔獣の鳴き声が聞こえることもあるけれど、それも数日に一度程度のことで、基本的には危険の少ない森と言ってもいいと思う。
それが今日は何かが違っている気がしたのだ。
それは昼過ぎのことだった。
街に顔を出そうとしていたころのこと――突然、空の上から大きな音が聞こえてきた。
当然だけど反射的に上を見やれば、そこには大きな影があり、一気に光を遮っていくのが分かった。のだが、その形を見て驚きのあまり固まったのである。
だって――うん、だってって言わせて欲しい。
その影の形は、間違いなく翼竜のものだったのだから。
色的にも大きさ的にも竜人族が竜の姿をして飛んでいるとは思いにくい。とすれば――答えは『ワースドラゴン』という魔獣だろうの種だろう。
けれど、どうして一匹だけ? とも思う。なにせワースドラゴンという種は、なぜか群れを作って生活をしているのだ。ときには山の中腹だったり、洞窟の中だったりに巣を作って群れで生活し、そして群れで狩りを行っている。
そんな種の魔獣が一匹で行動するというのは、どう考えてもありえない。とすれば、もしかしたら新たな巣を求めて先に偵察をしているのだろうか?
そこまで考えて、ワースドラゴンの行動をジッと見守った。
だって、ここは街に近い森だ。確かに森の範囲は広いし、この森の中にだって魔獣は存在している。とはいえ、ワースドラゴンが巣を作るとなれば街の存続に危険が生じるのだ。
なぜならば――ワースドラゴンにとって人間族は特にごちそうなのだから。
上空を行くワースドラゴンがクルリと旋回をすると、森の中が一層ざわめいていく。魔獣かもしれない。普通の野生動物かもしれない。けれど彼らも何かを感じ取っている可能性が高いのだろう。
自分もまた同じだ――首が痛くなるほど、ジッとワースドラゴンの動向を探る。
なのに――なぜだろうか? やけに冷静な自分がいた。いや、ある意味では恐怖心すら感じてない自分がいるのだ。
相手は中級冒険者なら10人以上で相手をする魔獣だ。上級だって、数人がかりでの討伐となる相手――それを見ても、恐怖心すら抱いてない自分が、やけに恐ろしくも感じられた。
クルリ、またクルリと旋回を続けているワースドラゴンは、今度こそ咆哮を上げる。それはあまりにも大きくて、耳を塞いだところで意味をなさないほどのもの。鼓膜が破れてしまうんじゃないかというほどの音だった。
それは威嚇なのか、それとも仲間に知らせるものなのか、まるで理解できない声でしかなかったけれど、それでもやっぱり恐怖心はなかった。ただ煩いと思っただけ。
さて、どうしたものかと考えて上空を睨みつけると、まるでこちらが分かっているかのようにワースドラゴンが自分の上空を旋回し始める。それは挑発しているかのような行動に思えて、本気でイラッとした。
とはいえ、ここから攻撃をかます訳にもいかないだろう。なにせ、いくら畑がだめになっているとはいえ簡易な家と不思議な泉が湧き出ている場所なのだ。いずれ離れるにしても、せめて畑の跡と家の跡を消し去ってからにしたい。
けれど、ワースドラゴンがこちらを分かっているかどうかも怪しい。なにせ、一応は誰にも知られないよう結界だけはしっかり張ってあるのだ。もちろん自分よりも上のレベルであれば見破られる可能性は高いかもしれない。けれど相手は魔獣である。魔獣避けだってしてあるのに、気づかれるものなのだろうか??
そんなことを考えながら上空を見やれば、少しずつワースドラゴンの飛ぶ位置がズレていくのが見えた。
どうやら気づかれてはいないらしいが、それでも不安だけは残るのも当然の話だろう。
そして――やはりというか、当たり前というか、森の中に人の気配が増えてきているのだ。
今現在、この『はじまりの街ーリーゾル』には中級冒険者までしかいないわけで、そう考えれば自分よりもレベルが上の人間は存在しない。なので、この場に関しては見つかる可能性が低いだろう。
結界、幻影、魔獣避けなどの術を施してあるこの場ならば、自分以上の能力者でなければ感知される可能性は低いと言えるのだから。
けれど、そうなれば――違う意味での不安が出てくるわけで。
間違いなくワースドラゴンを退治なんかできるはずないよねっていう、言わなくても分かるような、不安である。
ウダウダと考えている間にも、人の数は増えていく気がした。それは決して自分にとって良いことじゃないことも理解してる。
ならば、どうするべきか――。
答えは討伐一択だった。
それでも、この姿で行くのには問題がある。なにせ、街の人間とは顔馴染みになりつつあったし、親しくしている(相手側のみ)人たちだっているのだ。姿形を晒す訳にはいかないだろう。たとえ、これをキッカケにして街を出ていくにしても、だ。
準備は入念に――インベントリから取り出したのは変装アイテム。肌の色から髪の色、そして目の色まで変えられるアイテムだ。本来ならありえないアイテムではあるのだろう。けれど、課金アイテムとして買ってあったものが今じゃインベントリに入っていていつでも使えるものとなっているため、ありがたく使いまくることにした。使い切りじゃないところも美味しいとこだろう。なにせ、課金アバタだ、課金アバタ! 着せ替え自由な課金アバタシステムなのだ!!
そして次は装備品。防具などは間違っても粗悪品など使えない。店売りだった装備じゃ、絶対に撃ち負けるだろう。
ってことで、取り出したのは生産スキルで作り置きしてた装備品である。まぁ、それらもすべてゲーム中に作っていたものだし、レアアイテムを使いまくったものだし……今じゃアーティファクトと呼ばれるほどのものらしい。
とはいえ、自分で制作したものだし関係ない――今は、それどころじゃないしな。
武器は、こちらにきたとき手にしていた刀剣。武器アバタで実物とは違う様相になっていたものだけど、今は解禁。武器アバタを外して腰に下げる。見た目は日本刀そのものな刀剣は、ゲームのときなら名前があったのに今じゃそれが記されていなかった。それでも、愛用している刀剣だという気持ちがある。
すべての装備を身に着け、変身アイテムを使用した自分の姿は――どこからどうみても別人で、男女の区別のつかない姿になっていた。
まあ、これも狙いの内だ。
さて、行こうか――ハグレなのか、単体で乗り込んできたのか、よく分からない魔獣さん――ワースドラゴン。
今から討伐させていただくよ。
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