第3話
03.
この世界に堕ちてきて数ヶ月。
色々を様子を見ながら生きてきて思ったのは、最早ゲームの世界だなんだと言ってられないってことだろう。なにせ、ここは現実世界なのだから、生きていくためには必要なものがあるのだと思い知らされたのだから。
寝食は必須――そりゃそうだ! 生きてるんだから当然と言えるだろう。
だけど、そのためにもお金は必要となるわけだ――今のところは不自由ないけれど、それでも何年も仕事をしないではいられない。
一応は冒険者としての登録がなされているため、仕事はギルドへ行けばないこともない。ただし、ランクの低いものが生きていくのには非常に辛いものばっかりだけど!
冒険者としての仕事はギルドの掲示板にランクごとの色分けで張り出されている。
このランクが色という形で識別されているため、新人冒険者には一番わかり易いと言っていいだろう。
新人は基本的には討伐などの依頼はなく、植物採集や依頼人の手伝いなどが多い。例えば農家の手伝いとかそんな感じのものだ。そして討伐は虫の駆除や追い払う程度のものばかり。
では、ランクアップするにはどうするのか――それはそれぞれのランクで変わってくるらしい。
まず、青と緑の色を持ったものが新人と呼ばれる。次に黄と茶がようやく一人前の冒険者。そして赤と銅が中級と呼ばれており、銀と金が上級、そして最後に最高ランクが白と呼ばれている。
さてランクアップするためにはどうすればいいのか。
新人の青と緑はそれぞれ100個の依頼を受けて達成させる。この際、失敗があった場合にはふたつのペナルティを受けてしまうらしいが、基本的にはそういうことがないよう簡単な依頼内容となっているらしい。この際、依頼人が『難あり』と言えば達成にはならない代わりに満足度が高い場合には上乗せをしてくれることもあるのだという。
けれど緑から黄になるためにはランクアップ試験がある。これについては、それほどの問題もないらしいけれど、一緒に依頼を受けた高ランクの人にも『良』と言われなければ試験に合格しないんだとか。
そのあとのランクアップも同じく試験をするらしいけれど、毎回の試験内容は異なっているという。その際に采配するのはギルドの本部なので誰も文句は言わないそうだ。
さて、自分も同じく試験をうけるのか――と問われれば、即答で否とする。なにせ、冒険者のランクよりも自分にとって大事なことが存在するからだ。
それなのに――。
「カナー! お前、まぁった一日一回の依頼達成か!?」
だみ声がギルド内に響いたかと思うと、自分の方を掴む男がひとり――最近になって、やたらと絡んでくる中級冒険者のダリルという男だ。
「もう少し多めに依頼を受けて達成していかなきゃ、いつまで経っても新人冒険者だとバカにされっちまうぞ?」
「……ダリルさん、少しうるさいです」
この人、悪気はないのだ――それどころか、新人教育を買って出てるくらいお人好しなのだ。けれど誰にでもこういう状態なので、自分のランクアップしてる余裕がないってのが問題点だろう。なにせチームを組んでリーダーまでしてるのに赤のランクから上がれていないのだから。同じチーム内のアタッカーさんのほうが既に銅ランクを取っているっていうのにね。
「ダリルのお節介が始まった。もう少し相手を見極めてやりなって……カナは、あんまり気負わずゆっくりと自分を成長させていくタイプだって言ったじゃないか」
「けどよー!」
仲裁に入ってくれたのが、このチームの銅ランクであるスミさん。この人はアタッカーだというけれど、猪突猛進なのは魔獣にだけだと豪語している女性だ。
「ほんと、もう少し考えて行動してね、アナタ!」
ダリルの背中をドンと叩いたのは、彼の妻でもありチームメイトのマイ。この人は魔術師なのだが、未だに茶ランクで止まっている人物だ。まあ、それもそのはずでダリルの尻拭いを続けているせいでもあるのだろう。
そんなマイとスミさんの後ろからコッソリ顔を出しているのは、このチームの補助魔術師であるカルという男性で、アタッカーでもあるスミさんの旦那さんでもある人。
このチームは全員がこの街の出身で幼馴染という関係なのだという。子供のころから仲が良く、冒険者になろうと一緒に育ってきたそうだ。そのため出世頭とまで言われていたのだけれど――年齢的には若者と言っていいダリルさんたちだけど、既に冒険者歴10年だというのに未だ中級ランクに手が届いたところでしかないのである。そのうえ、魔術師ふたりは今もまだ茶ランクという、うだつの上がらない冒険者というレッテルまで付き始めているとか――まぁ、それでも戦い方の基本はよく分かっているように感じられるんだけどね。
「ごめんね、カナ。ダリルの悪い癖なんだ」
「本当にごめんなさいね。お節介をする以外は良い人なのよ?」
「おいおいおいおいっ! 嫁が言うなら納得するが、スミが先陣切るなよ!」
「仕方ないだろう! 毎度のことだけど、アンタが新人冒険者にお節介ばっかりするから、なかなか依頼も受けられない状況が何度もあったんだから」
「そうよ! スミの言うとおりだわ。アナタのせいで、どれだけ私たちが苦労してると思ってるの……」
「……それは、うん……申し訳ないとは、思うが……思うけどな! 新人たちが頑張ってるのを見たら、どうしても手を貸したくなるだろう!!」
いや、ならんだろう……とは心の声である。というか、手を貸していたら新人だって成長しないだろうというのが、自分的な考えだ。本来、冒険者というのは個人でどうにかやっていく職種でもある。ただし、ひとりではどうにもできないときにはパーティーを組んでお互いに助け合い依頼をこなすというのが正解のはずだ。もちろん、チームを組むのは悪いことじゃないけれどね。それでも新人のうちからってのは――いただけない。実力重視ってのが冒険者なのだから。
「それはそうと、今日は終わりなの?」
「はい、今日はこれで終わってます」
「それなら、一緒に飯でもいかないか?」
「あー、いいえ。今日は少し森の近くで野宿するつもりなんですよ」
「……え? も、森の近くで?」
「子供の君が!?」
あー、確かに見た目は子供っぽいかもしれないですね……同じ人間族ではあるけれど、自分の容姿はゲームのときのキャラクターではない日本人そのままなのだからね……うん、この世界の人たちは、西洋人タイプのせいか、かなり大きめだ。そりゃ、日本人だってだいぶ大きな人が増えてるけどな。自分がこの世界じゃ、小さい部類に入るってことくらいは――悔しいが理解してるつもりだ。
しかーしっ!
言っておくが、自分は立派な成人した大人なのである。それを子供扱いとか――子供扱いされるとか、情けないやら悔しいやら悲しやらだ!
でも、そう誤解させておくことが今は重要とも言えるだろう。なので、この誤解を解くつもりはない。あぁ、断じてないっ。冒険者タグにも年齢は出てこないのだから誤解させまくっておくぞ。
「危ない……んじゃ?」
「そうでもないですよ。既に何度も森の近くで野宿してるけど、一度も問題はなかったです」
「でも……森の近くだと、魔獣が出やすいのよ」
「それは運だと思います。森じゃなくても普通に魔獣は出てくるでしょう?」
「そうだけどっ!!」
マイが心配そうに両手を口元で組みダリルのほうへ向くと『どうしたら』とか言い出している。けれどスミとカルは気にした様子がない。というのも新人の間であるなら、別に問題なくみながやっている野宿なのだから心配することもありえないのだ。
こうしてみると――ダリルがお節介なのは、このマイのせいでもありそうな気がしないでもない。何だか、うん……とても似た者夫婦だね、このチーム内は。
「安全結界っていうアイテム、ギルドで貸し出してもらってるから大丈夫」
「え? あ、結界針を? で、でも、あれは結構お高いんじゃ?」
「貸し出しだと安いですよ。買い取りはさすがに絶対無理ですけど……」
ちょっと視線を逸していってみたけど、実のところ、それよりも性能の良いものを持ってたりしないでもない。ただ、人に見られる可能性が高い場所では使わないんだけどね。
「なので、ご心配なく――今日だけ借りて、明日の朝一番で森の入口付近の薬草を取るつもりなんですよ」
「あぁ……朝露の薬草か」
「はい」
「それなら――うん、大丈夫か」
「そう、なの? アナタ」
「あぁ、それなら新人のうちに何度もやっただろう? もう忘れてるか?」
「そうだったかしら? でも……森の近くって」
「あー、マイは怖がってこなかった依頼だね。あたしたちは普通にやってたよ――カルなんか、結界針があるから安全だとか言って、即行寝落ちした依頼だ」
「あー、そうだったなぁ! 不寝番、誰もしなかった記憶すらあるや」
ガハハっと大きな声で笑うダリルに、スミが呆れたような視線を向け、そしてカルは体を小さくさせながらスミの後ろに隠れていった。けれどマイは何だか腑に落ちないらしく『私だけ除け者だったのね』などと愚痴っていた。
そんな彼らを横目に『じゃあ、そろそろ行くよ!』と上手いこと逃げ出すチャンスを作ってギルドをあとにした。
確かに悪い人たちではないのだ、彼らも――けれど、自分としては放っておいて欲しいというのが一番。なにせ、お節介な彼らは放っておけば勝手に人の時間を奪っていくのだ。夕飯をと言いながら真夜中まで付き合わされることも多々あるらしい。自分ですら数回ほど連れ回された経験者だ。
悪い人たちじゃない――確かにそのとおりだけれど、ダリルの場合は思い込みの激しいタイプのため、新人はみんな困っているから助けなければならないという固定概念があるのだろう。決して悪い人じゃない。悪い人たちじゃない。けれど、自分にとっては――お節介は人のためにならないのだと言い切りたい気持ちでいっぱいだ。
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