2人でラブコメやってみる?

 僕と小倉姪さんの関係は日々複雑化している。


 僕自身がはっきりと自覚したのは、小倉姪さんと僕との恋愛が、男女の愛情という気持ちだけにとどまらないものだということ。


 ずばり言ってしまえば、近親愛?

 もっとはっきりと言ってしまえば、小倉姪さんを愛することは、小倉姪さんという20歳はたちの女の子を愛するのと同時に、表面上は死んでしまったはずの僕の母さんを愛すること。比喩じゃなくって、小倉姪さんと母さんは同一人物だろうという事実。


 このままじゃ、なんだか沈み込むような、楽しさをストイックに抑えた2人になってしまう。


 と、思っていたけれども、小倉姪さんがそんなことを許すはずがなかった。


「月出くん、ラブコメしよっか?」


 ああ、出た。

 これだよね、小倉姪さんは。


 マンションのベッドの上でうつ伏せひじに頬杖、両足ばたブラでの、IHで目玉焼きを焼いてる間隙にこういうシーンをぶち込んでくる。


「ほら、焦げちゃうよ」


 と僕が促すと、とっ、とベッドから飛び降りてクッキング・ヒーターの前に素足でつつつ、と走り寄ってフライパンをくるっ、と縦に一回転させて、その後に三枚の皿にターンオーバーのそれをするするすると滑り込ませる。


「お見事!」


 お愛想ではなくって小倉姪さんの器用さを素直にほめたたえる僕。

 へへん、と手に腰を当てて控え目な胸のふくらみを反り返らせる小倉姪さん。

 僕は思わず本音を漏らす。


「この毎日が既にラブコメだよ」

「ううん、まだ足りない」


 その後、小倉姪さんは奇妙な言葉を吐いた。


「渾身の、ラブコメを」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 僕と小倉姪さんのノリにどういうわけかゼミのみんなも乗っかってきた。


 井ノ部さんは、


「見せてよ、あなたたちのラブコメ魂を!」


 矢後は、


「馬に蹴られて死んでしまえ!」


 いや、セリフの主体を間違っている。そして金井は、


「うらやましくなんかないやっ!」


 涙ぐんでいた。ごめんね。


 ということで、僕と小倉姪さんはラブコメを実践するために街へと繰り出した。

 ただの街じゃないよ。


 それは、『救いまくる街』。


「え。そんな街あるの? 月出くん?」

「うん。あるよ」

「どこ?」

「隣の市の、アウトレットの、裏」

「知らなかった・・・月出くん、物知りなんだね」

「行けば、分かるよ」


 2人でバスに乗った。


 ラブコメが難しいのは、恋愛だけでは済まないところだよね。



「小倉姪さん、コメディのネタを何か考えてよ」

「うーん。ギャグなら得意なんだけどなー」


 小倉姪さん。

 コメディが必要なのさ。

 ギャグじゃなく、コントでもなく、お笑いでもなく。


 コメディ。


 まあいいや。なんとかなるだろう。


 ・・・・・・・・・・


『救いまくる街』に着いた。

 小倉姪さん、ポジティブなコメントしてくれるかな・・・


「きったなーい!」


 やっぱり。


「で、でも、ほら、この雑然とした感じがなんか良くない?」

「全然! それに、この匂いって」

「えと。多分、空気の匂い」

「空気の? 月出く〜ん。空気そのものは匂わないでしょ? 空気には匂いが漂うんだよ。その元があるでしょっ?」

「じゃあ、多分あれ」


 僕が指差した木造モルタル2階建のアパートの窓という窓に花を束ねて挿したポットが吊られている。


「あっ。何の花?」

「ポピーだよ。ポピーのドライフラワー」

「月出くん、ここって、何なの?」

「創作者の住まう街、さ」


 がらっ、と2階真上の窓が開いた。


日昇光ニショーコー!」


 ミカゲが上半身を乗り出して手を振ってくれる。


「げっ! つ、月出くん・・・」

「なに? 小倉姪さん」

「ミ、ミカゲちゃんの、家にも遊びに来る間柄だった、とか・・・?」

「うん」

「わーん!」


 え、え。大泣きし出しちゃったよ。


「や、ちょっちょっと。ミカゲー! 早くみんなにも顔出させてよー!」

「ああ、小倉姪ちゃんは嫉妬してるのか。ひっひっひっひ。泣け泣け、もっと泣けっ!」

「えーん!」

「ミカゲ!」


 僕が大きな声を出すと千10-sセンテンスの他のメンバーもぞろっ、と窓から顔を出してくれた。


「よっ、こんちはっ!」


 ギターのサナエ、ベースのシロ、ドラムのペンネも窓からにょきっ、と顔を出してくれた。相変わらずみんな貧乏そうな顔色だ。


 メンバー4人とも部屋から降りてきてくれて、アパートの庭と繋がっているガード下の、ブランコと滑り台がポツン、と配置されてる公園のベンチに座った。電車が5分に1度通過する、騒音基準ぎりぎりセーフのエリアだ。


「ようこそ、小倉姪ちゃん。ここが創作者の住まう街、『救いまくる街』よ」


 ミカゲがそう言うと、小倉姪さんはガード下の風景に気づいた。


「コンクリートの柱に書かれてるのって、もしかして油絵?」

「そうだよ。スプレーペイントのアートもいいけど、これもいいだろ?」


 僕はもうお馴染みになってるけれども、その柱の高さ5m四方のコンクリート壁に描かれたオーケストラの油絵。小倉姪さんも気づいたようだ。オーケストラなのにギター、ベース、ドラムを抱えた少女が加わっていることに。


 ミカゲが小倉姪さんに解説してくれる。


「小倉姪ちゃん、この2棟のアパートにね、クラシック、ジャズ、ロック、演歌、雅楽、ありとあらゆるジャンルのミュージシャンの卵が住んでるのよ。それから、画家、漫画家、小説家の卵たちも」

「ほほほ。ここの家賃は日本一安いからね」


 シロが自嘲するように笑う。


「ねえ。あのポピーはなんなの?」


 小倉姪さんがアパートの窓という窓に吊るされたドライフラワーを指差して質問する。ミカゲがそれに答える。


「アパートができたばっかりの頃に住んでた小説家がね、ケシの花と間違えてポピーの花を育てたのよね」

「なんで?」

「ケシの花って麻薬の原料になるのよ。当時百科事典かなんか見て、市の記念公園の花壇にあったケシに似た花を根こそぎ盗んで来たらなんのことはない。ポピーだったの。当たり前よね」

「あ、アナーキー」

「そんなこと考えてるのはその人だけだったみたいだから。で、せっかく花があるんだから育てよう、ってなってね。ほら、公園のその土が茶色になってる場所がポピー畑なのよ。春に花咲かせるから今はまだ何にもない状態だけどね。で、春に咲いた花を摘んでドライフラワーにして部屋中に飾るのよ」

「無精なウチらにぴったり!」

「ギター少年だった日昇光ちゃんはここに来てはガード下で電車の騒音跳ね返し、ウチらとジャムってた、ってわけさ」


 要はここの住人は、プロアマ問わず全員創作者で、共通項は『貧乏』なのだ。


 ミカゲは少し表情を翳らせて小倉姪さんに語り続ける。


「あの油絵を描いたヤツは、半年前に死んだよ」

「え」

「肺炎でさ。一晩さ。ウチらが地方のライブハウス巡業から帰ってきたら、もう部屋が空いてた」

「他の部屋のひとたちは?」

「・・・・・・出てったよ。全員。夢、なんて言葉ほんとは使いたくないけど、夢破れて山河あり、さ」


 今は彼女たち4人だけの、街だ。


「ねえ、日昇光・小倉姪ちゃん。アンタらには感謝してるよ。ウチらもほんと言うともうやめようかって思ってたんだ。プロを名乗れるほどの仕事もなかったから。そんな時にこんなチャンスをくれて、本当にありがとう」

「ミカゲ。頼みがあるんだけど」

「なに、日昇光」

「僕ら、ラブコメがやりたいんだ」


 ・・・・・・・・・・


 ミカゲたちは僕と小倉姪さんを公園のベンチに座らせた。

 ポピーのドライフラワーを敷き詰めて。


「ワン・ツー・さん、はい!」


 千10-sセンテンスが簡易アンプで演奏を始める。メンバー全員で、


「ほれ、愛を語れ!」


 と僕と小倉姪さんに怒鳴り立ててくるけれども・・・


「×××××××」

「・・・?」

「××××××、、、××?」

「?」

「×××で、×××、×××××!」

「???????????」


 普段よく通る声を出す小倉姪さんの声が、演奏の音が大きくてまったく聞き取れない。

 徐々に声を大きくしているような小倉姪さん。


「け××××して」

『決行して・・・? ライブを?』


 まだパクパク口を動かす小倉姪さん。

 曲は変調する手前のパートまで来ているというのに小倉姪さんの言葉がまったく判然としない。

 その時、全ての演奏の音が、止んだ。


「結婚してっ!」


 小倉姪さんの声が聞こえた次の瞬間にはスネア連打とミカゲのギターノイズで、また全く音が聞こえなくなった。


 僕は返事をしなくちゃいけない。

 少しだけ強引に、小倉姪さんの唇に僕の唇を押し付けた。目を閉じて苦しそうな顔をする小倉姪さん。恥ずかしいけれどもその表情に胸が熱くなった僕は、彼女の髪を撫でながら、キスを続けた。


 バンドの演奏がクライマックスに差し掛かった。


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