2人で日常生きてみる?
朝起きて小倉姪さんと一緒に朝ごはんと父親の昼ご飯を準備して父親が眠ってる間に2人で食卓を共にし。
僕は大学へ、小倉姪さんは檀家さんのお参りへ。
ゼミの日は小倉姪さんが法衣のまま大学のゼミ部屋にやってくる。彼女の法衣もキャンパスでは馴染みとなった。
論文出版の打ち合わせがある時はゼミ部屋や首肯社の近くへみんなでゾロゾロ集まり。
ミカゲのバンド、
夜は父親のゲイバーで僕と小倉姪さんふたりでバーテン・ボーイをこなし。
深夜にマンションに2人で帰って。
でも、父親が明け方戻ってくるまでの間、僕と小倉姪さんがするのは、抱擁と、時折キスだけ。
それ以上のことは、ない。
理由は、なんとなく。
いや、なんとなくじゃないよね。
僕の心の奥底には、小倉姪さんが母さんの生まれ変わりどころか同一人の人格ですらあるかも、っていうことでの躊躇というかビビりが確実にある。
小倉姪さんの方も、まさかの母性本能みたいな感覚があって、それ以上のことを僕に求めてきたりはしない。
なんともややこしい恋愛だよね。
それから、小倉姪さんは時折お通夜や葬儀が入る。
「月出くん、ピーンチ!」
「なになに、どうしたの?」
小倉姪さんがゼミの日じゃないのにLINEを入れるのもまどろっこしいと言っていきなりゼミ部屋に飛び込んで来た。
「いきなり檀家さん3人亡くなっちゃって、お通夜の人手がピーンチ!」
「あら、景気がいいわね」
井ノ部さんが何気なく言って、直後にはっ、とする。
「わ、わたし、何言ってんのかしら!?」
やっぱり『いじめ経営学』創始者の感性はぶっ飛んでる。こういう感じ僕は嫌いじゃないからこのゼミに入ったんだけど。
それはさておき小倉姪さんだ。僕は単刀直入に訊いてみる。
「どうすればいいの?」
「お? 月出くん。『どうしたいの』じゃなくって『どうすればいいの』ってことは手伝ってくれるのね!?」
「いや。そのつもりなんでしょ?」
「ありがとー。じゃ、全員お通夜に出て?」
「え。全員?」
矢後、金井、僕はまあ見習い小坊主どもなのでしょうがないという雰囲気だったけれども、井ノ部さんが瞳孔をぱっちり開いて再確認した。
「わたしも?」
・・・・・・・・・・・・・
小倉姪さんが運転する月影寺の営業車、赤色軽四ワゴンでお通夜の会場であるセレモニーホールに向かった。
その道すがら小倉姪さんが状況を説明してくれる。
「いやー。家族みんなバラバラでね。ダンナさんはキリスト教、奥さんは仏教、子供さんは無宗教」
「ふーん。じゃあ、奥さんのお通夜なんだね」
「違うよ、月出くん。全員」
「いや・・・いくらなんでもそれは冒涜、ってもんでしょ」
「でもしょうがないよ。明日の葬儀はちゃんと式場の準備ができて別々にやることになってるから。お通夜だけ緊急避難で合同でね」
まさか、誰か神父の服装するとか?
・・・・・・・・・・・・
車中ではなんとなく軽い感じで話してたけれども、祭壇、というか簡易なテーブルに並べられた家族の写真を見てみんな沈黙した。
「月影寺さん、お待ちしてました」
「すみません、遅くなりまして。それと、今日はご無理申し上げて恐れ入ります」
「いえ。なにせ私どもも初めてのことですので。無宗教の方単独の自由葬というのはたまにありますけど三者三様のご家族同士を一緒にとは・・・」
「あの、すみません・・・」
井ノ部さんが式場のスタッフに訊いた。
「式のやり方はどうするんですか?」
「月影寺の跡取り様のご提案でして。自由葬の形を取って特定の宗教の作法は使わないことに。ですから衣装もこちらに」
ゼミの5人とも、ごく一般的な洋装の礼服を渡された。
小倉姪さんが、
「わたし、今日は
そう言って僕に語り続ける。
「このご家族ね。月出くんがカフェロワイアルを作ってくれた、あのブランデーをくれた人だよ」
あ。
・・・・・・・・・・・・・
亡くなったのはガードナー家の家族3人。
夫はアメリカ出身で結婚して日本に帰化。キリスト教徒。
妻は東京出身の日本人、仏教徒。
息子はまだ10歳で無宗教。・・・両親の親族たちがそれぞれの宗教や文化でいがみ合う姿を見てどちらの派にも属することを拒んだ。
昨日、家族で車で出かけた先で運転手が無呼吸症候群でセンターラインをはみ出したバンと正面衝突した。
3人全員、即死だった。
ごく普通の、いつもは仏式の葬儀をやっているセレモニーホールの祭壇の場所には3人の遺影と花が飾られただけで、仏式のお通夜を連想させるような装飾は一切なかった。
「井ノ部さん、英語はネイティブ並みですよね?」
「ええ、商売柄ね。それがどうしたの、小倉姪さん?」
「一応式はわたしが仕切ります。献花みたいな流れもあるのでわたしがやってる側からご主人の親族に英語で説明して欲しいんです」
「ああ、なるほど。それでわたしもなのね」
「月出くん、矢後さん、金井さん。決してみんなの英語力を疑ってるわけじゃないからね」
うん。疑ってるんじゃなくって、できるわけないだろ、って確信した顔だね。
式が始まった。
奥さんの親族席は全員静寂に包まれている。
ダンナさんの親族席は3人の参列。その内の1人、細身で年配の女性が、身を震わせて号泣している。初めて小倉姪さんを護国神社で見た時よりも激しい感じがする。
小倉姪さんが遺影の正面の椅子に腰掛け、ゼミの男子3人はその後ろに。井ノ部さんはダンナさんの母親だろう号泣している女性のすぐ傍の席に座った。
黒のドレス礼服を着た小倉姪さんが参列者たちに挨拶する。
「本日はこのご家族お三方の通夜でございます。お三方はそれぞれ宗教が異なりましたので、このような形での通夜となりましたことをお詫び申し上げます。明日の葬儀はちゃんと家族バラバラの式となります」
小倉姪さんが、バラバラ、ということを強調した。少し怒っているような、でもなんだか切ない感じの声だった。
「それぞれ宗派の異なるお三方の通夜ですので、わたしの方からは詩を読ませていただきます」
くるっ、と遺影に向き直り、小倉姪さんはゆっくりと読み始めた。
「人生僅か50年。花に譬えて朝顔の露より脆き身を持って。いついつまでもおるように。親子兄弟夫婦じゃと、愛と情とに絡まれて。憎いというては腹を立て、可愛というては欲起こし。世間の人と交わるも、自分に都合のよい時は彼此言うて出入りする。一度意見を間違えば、互いに恨み憎み合い。人の悪しきに目をかけて自分の悪しきは棚に上げ。昨日も暮れた今日もまた。あるやないやにとらわれて明けても暮れても罪ばかり・・・・・」
小倉姪さんが詩を読む間、何やらボソボソと別の声が聞こえるので、ちらっと振り向くと、井ノ部さんが号泣していた女性に囁きかけている。
どうやら詩を同時通訳してるようだ。
小倉姪さんの若くてややトーンの高い、通夜なのに可愛らしいとさえ思える声と、井ノ部さんの落ち着いた厳かな声とが混じり合う。
日本語とか英語とか、その他の諸々の言語というものが同時に存在することが僕はなんだか不思議な気がする。
もし天国とか極楽とかがあるんだとしたら、そこへ行ったらこの3人の家族は何語で語り合うんだろう?
詩を読み終わった小倉姪さんは、参列者たちに献花のための花を一輪ずつ配るように僕らに指示した。
男子3人でバスケットに入れた花を一輪ずつ参列者たちに配って行く。
それからもうひとつ。
「Please have each one」
僕が花と金平糖を差し出してそう号泣していた女性に囁くと彼女は、
「Sure, thank you」
と言った後、そのイガグリみたいな小さな黄色の金平糖を一粒つまんで、
「What’s this one ?」
と訊いてきた。
「えと・・・solid sugar・・・じゃ、砂糖の塊ってだけか」
「sugar plum」
井ノ部さんが助け舟を出してくれた。
それを聞いた女性は、
「Oh, like superdeformed star!」
そう言って彼女はにこっ、と笑みをこぼした。
「井ノ部さん、なんて?」
「超変型の星みたいだ、って」
参列者たちが献花のために遺影の前に進んでいく。
霊前で手を組み十字を切るダンナさん方の遺族たち。
合掌し、南無阿弥陀仏、と六字を唱える奥さん方の遺族たち。
1人遺影として並んでいる男の子は、そのどちらでもないんだろうか。
ただ、花を一輪、手向けた後、霊前に置かれた陶器の深皿に金平糖を一粒、コロン、と落とす時。
どうしてかみんな顔が和らいでいた。
母親と思われるその女性も、その瞬間だけ、笑顔になっていた。
献花が終わり、小倉姪さんが参列者の前でスピーチした。
「わたしは僧侶です。普段は仏教の法話をさせていただくのですけれども、今日は違うお話をいたします」
すーっ、と式場に視線をサーチライトのように配った後、彼女の話が始まった。
「赤ちゃんはみんなひとりぼっちで裸んぼで生まれてきます。多くの場合はその瞬間に母親が横で付き添いますが。そして、昔は高貴な人たちと一緒に殉死なんてこともあったようですけれども、死ぬ時も大抵は1人です」
咳払いひとつない。ただ、井ノ部さんの同時通訳だけが静かに輪唱する。
「でもこのご家族は亡くなる時は3人一緒でした。とても痛ましい、悲しく残念な事故ではありましたけれども、親子3人が一緒に、亡くなりました。そして普通ならば今日の通夜は明日の葬儀同様、全員が別れて執り行われるはずだったところを、会場の都合と、それから後はわたしのわがままでこうして家族一緒の式とさせていただきました」
小倉姪さんが、だったんだ。
「ひとつだけ、仏教の言葉を使わせてください。『神というも仏というも一体分身にして別あるにあらず。衆生済度のために仏と神と現れ現世には人間の長久を守り給う』。これは法然上人の詩の一節です。神様も仏様も人間を救いたいという一心なんだ、っていう意味でしょう。わたしはこの3人が縁あって家族として集い、縁あって同じ日にその生涯をまっとうされたことを、幸せなことであった、と願いたいんです」
静かな式場に、すすり泣く声がいくつか聴こえてきた。
・・・・・・・・・・・
「あー、お腹すいたー。みんな、晩御飯何がいい?」
「小倉姪さん、さっきと別人だね」
「そう? だって、月出くん。人間は生まれたら、死ぬんだもん」
生まれたら、死ぬ、か。
後部座席からバックミラーに映る小倉姪さんの顔を見ながら更に訊いてみた。
「ねえ、小倉姪さん。信じるものが違う人同士が結婚して、それで家族みんなが信じるものがバラバラだったらどうすればいいんだろうね」
「わ、なんて難問を・・・」
「ごめん」
「ううん、いいの。月出くん、ウチのお母さんは神社の娘だったんだよ」
「あ、そうなの!?」
「うん。まあお母さんの場合はお寺に嫁いでそのまま仏教徒になってくれた訳だけど・・・そうだね。わたしもどうしたらいいかわかんないよ」
そっか。もしかして小倉姪さんが神社にお参りしてたのはお母さんのお里のこともあるからなのかな。
今度は助手席の井ノ部さんが小倉姪さんに質問する。
「あの金平糖って、なにか儀式的に意味があるの?」
「いいえ、別に」
「じゃあ、なんで?」
「かわいいかな、って思って」
「え。それだけ?」
「はい。何か他にあった方が?」
「いいえ。やっぱり小倉姪さんね」
かわいい。
そっか。それだけで十分かもな。
きっと母さんも僕のことをただ、かわいい、って思ってくれてたんだろうな。
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