2人で遺影を撮ってみる?
なんとなく大学祭でエスニックな食材を使った模擬店を出して大失敗してしまうごく一般的な大学生のようなノリでプロモーション活動を進めている僕らの井ノ部ゼミは学内で目立ち始めた。
矢後は就職活動に必死な学科の同級生たちから、
「今から井ノ部ゼミって入れてもらえるかな?」
と訊かれて一蹴し、金井はツイッターのいいねが急増して困惑しているという。
井ノ部さんは井ノ部さんで、
「来年はわたしの予算倍増だわっ!」
と獲らぬ狸の皮算用してるし。
平常心なのは僕と小倉姪さんだけだ・・・でもないか。
「月出くん、ミ、ミカゲちゃんといつから一緒にヤってたのさっ!」
「そこ、カタカナにしないで?
「いつからっ!?」
「そのステージに上げて貰った一度だけだよ。ぶっつけ本番で。曲が終わったら『オマエ上手いよっ!』って背中バンバンはたかれたな」
「スキンシップまで・・・」
「スキンシップ? 小倉姪さんの感性は相変わらずおかしいよ」
ほんとに仲良しサークルみたいにゼミ部屋でわーわー言ってたらカナさんが部屋に入ってきた。
「あれ? カナさん、Zさんは?」
「月出くん。Zくんね、腰やっちゃってね」
「あ。ぎっくり腰ですか?」
「そう。仕事には出てきてるけど当分は内勤だわ」
「それはご愁傷様でした」
小倉姪さんは悪意なくさらっと業務用語を使う。カナさんはコンマ数秒だけ眉をひそめてすぐに実務の話に入った。
「でね。プロモーション用の写真を撮影したいんだけど、この間のバンドオーディションやったら予算が結構カツカツでね。でも自分たちで撮るっていうのもクオリティの問題もあるから。いいカメラスタジオとか知らないかしら」
「どんな表情の写真ですか」
「表情? まあ、にこっ、と笑った顔が基本よね」
小倉姪さんが続けて意味不明のことを言った。
「いい笑顔撮り知ってますよ」
・・・・・・・・・・・
ゼミ全員の写真を一応撮る必要があるのでぞろぞろと小倉姪さんについて行った。歩いて5分ほど、さびれにさびれたアーケード商店街の入り口にある写真スタジオだった。店名は『鎮魂堂』
「鎮魂堂さーん、月影寺ですー」
「あらあら跡取りさん、こんにちは。あら、もしかしてこんなにお客さんを?」
「奥さん、実はわたしも撮っていただきたいんですよー」
「え? 跡取りさん、まさか病気か何か?」
「やですよー、プロモーションですよー」
「プロポーション?」
「ちょっと社長ー、月影寺さんがプロポーションがよく見える写真撮って欲しいってー」
「何、プロポーション?」
この人が店主か。なんか、カウンターしかないラーメン屋で中華丼を注文したら、『ラーメンとチャーハン以外は時間かかるけどいい?』って露骨に嫌な顔するような、そんなオヤジさんだな。
「跡取りさんよー。俺ぁヌードとかからっきしダメなんだよー。まあ若い頃は女房に黙って撮影会行ったりしたけどな」
「あ、アンタ、そんなことしてたの!?」
「お、とと。まずいまずい」
「社長、そんなんじゃなくっていつも通りニコニコした写真を撮ってもらえればそれでいいんですよ」
「なんだ。いつも通り遺影の感じでいいんだな、跡取りさんよ」
ああ、遺影専門なんだ。
小倉姪さんによると究極の笑顔を引き出せるのは遺影撮影のプロなんだそうだ。まあどのお通夜やお葬式に行っても、合成写真じゃないかと思えるぐらいに満面の笑みで祭壇に乗っかってる。
母さんの顔は泣けて泣けて仕方なかったけど。
「小倉姪ちゃん、まずはゼミ全員の写真ね」
「はーい。社長、一発お願いね」
「ああ、任しときな。ほい、皆さん、横並びに立って・・・はい先生と跡取りさんは男どもの前でしゃがんで・・・」
なんか、普通だな。まあこの後ノセてノセて笑顔にするんだろうな。
「ほい、この辺見てね。じゃあ、『小姑がぎっくり腰になって再起不能だってよー』・・・あれ?」
なんだ、今のは。
「これならどうだ。『嫁が作った料理をSNSに上げたら親指下に向けたマークがいっぱいついて一人で炎上してたよー By 姑』・・・あ、最近流行りのSNSネタもだめかー」
「ちょっと社長。年齢設定が高すぎるしシチュエーションが特殊すぎるよ」
「んなこと言ったって、跡取りさんが連れてくる客は身内で内輪揉めしてる輩ばっかりだからよー」
「あ、社長。お客さんを『輩』とか言っちゃうのは社長の悪いクセだよー」
要はギャグで笑った顔を撮ってたらしい。
「じゃ、じゃあ、普通に笑った顔すればいいんじゃない?」
たまらず金井が発言すると、
「駄目なんだよそれじゃあ。心からの笑顔じゃないとな、遺影ってもんは」
「社長、だから遺影じゃないって」
小倉姪さんのフォローがどうとかいうより『心からの笑顔』があんなドロドロだと遺族が知ったらどう思うか・・・
「じゃあ、わたしがなんかいうね」
小倉姪さんが、動いた。
可愛らしい指を二本、反るように立てた。
「遺影でイェ〜イ」
ネガのように暗転した。
・・・・・・・・・・・・・
結局あのクールなカナさんまでが一発ギャグをやって失笑を生み出してくれた。彼女の名誉のためにその内容は言えない。
なんとか撮影が終わり気を取り直したカナさんがニコニコして言った。
「まさかこんな安く上がるなんて。でも小倉姪ちゃん、社長さん相当おまけしてくれたんじゃないの?」
「カナさん、大丈夫ですよ。むしろ割り増してたぐらいで」
「えっ!?」
「い、いえいえいえ。でもカナさん、やっぱり予算って相当厳しいんですか?」
「まあ新レーベルだからね。初動の突発的な費用もあるからある程度のブレ幅は社長から許してもらってるけどね」
「では、みんな、節約しましょう」
小倉姪さんはそう言うけど、僕はちょっと後ろめたい思いがある。
この論文のコンセプトを撮影終了間際頃にようやく理解した社長が、僕と小倉姪さんをプライベートに撮影してくれると言って、こっそり撮ってくれた。
2人並んでカメラの前に立つ僕と小倉姪さん。
社長がシャッターを切りながら言った。
「誕生祝いの写真は赤ちゃん1人。死ぬときの遺影も1人。まさか俺がこうして2人の写真撮るなんざ。祝言みてえだなあ」
僕も小倉姪さんもうつむき加減でほほ笑んだ。
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