2人で世界壊してみる?
僕らにはもう怖いものはない!
いや中二病だよねほんとに。
でも生まれて初めて具体的な実在する人格を相手に恋をする僕ら2人は無敵だとすら思うよ。
月影寺のおばあちゃんに約束したように論文プロモーションの間、僕と小倉姪さんは白象のTシャツペアルックで押し通すことを首肯社の新レーベル、『White Elephant』の初代編集長であるカナさんに宣言した。
「断る理由は何もないわ。White Elephant 自体のプロモーションも兼ねてくれる。OKよ!」
嬉しい。
実は僕はずっと以前から不思議に思っていたことがある。
僕はギターを弾き、中学の頃からライブハウスへ通ってプロ未満のバンドをいくつも見てきた。それから、プロだとしてもいつ契約を切られてもおかしくないようなバンドとも触れ合った。
高校の時に一度だけ、
「上がっちゃいなよ」
とやっぱり現役高校生プロバンドのギター・ヴォーカルの子から客席に声を掛けられてステージに飛び入りし、その子のギターを借りて一曲だけ一緒にギグした。
メガ、と言っていいぐらいに売れているプロのバンドは確かに素晴らしい。
けれども、この一緒にギグしたバンド、それからメジャーデビューに至らないインディーズのバンド、更に音楽を純粋に愛し演奏できるだけで喜びを感じる無数のアマチュアバンド。
彼らの音楽が売れない理由というものが未だに分からないんだ。
それを『運』という言葉でくくれるほど僕は老成していないし、実は小倉姪さんの、僕らが出会ってからの今までの全ての言動、表情から読み取れる思考、すべてを合算してみると、『運』という概念は極めてどんぶり勘定的な、ものごとを熟考する作業を放棄した論理であるということに思い当たった。
それでここへ来ての僕らの論文デビューなんだ。
これから出版までの詳細を詰めるミーティングの何回かの場所を、ゲイバーの向かいにある市営立体駐車場ビルに隣接したその雑居ビルの3Fで営業するライブハウスにすることを僕は求めた。
カナさんからは当然事情説明を求められた。
「オーディションをしたいんです」
「オーディション? 何の?」
「論文のテーマソングを歌うバンドの」
この論文出版を最初から牽引してくれたZさんもWhite Elephantの立ち上げチームに加わった。Zさんは小倉姪さんの個性とその魅力に惚れ込んでいたのであって、僕についてはオマケぐらいにしか認識していなかったのが本音だろう。けれどもそのZさんが僕の突拍子も無いアイディアを強力に後押ししてくれた。
「月出さん、すごいですよ。イメージソングまではありぐらいに思ってたけど、バンドのオーディションなんて。で、いいバンドいるんですか?」
「Zさん。僕の主観ですけど、少なくとも世界を半崩壊させられるぐらいのバンドはいます」
「ほう。半崩壊? すごいような中途半端なような・・・」
「ええ。曲と技術とパッションはあるんですけど、貧乏なんですよ、とことん。一応プロなんですけどバイトが忙しくてメンバーの予定が全然合わなくて。そのせいでライブハウスにも出演できない状態なんです」
カナさんが苦笑いする。
「本末転倒してるわね。で、月出くん、どうしてあげればいいの?」
僕は一言、
「さあ」
Zさんが一言、
「なんですか、それ」
小倉姪さんも一言、
「White Elephantの専属アーティストにしてあげれば?」
全員、
「えっ!?」
・・・・・・・・・・・
そのライブハウスでオーディションをすることになった。以下条件。
☆業務内容:White Elephantの出版物に関する作曲・演奏・イベント出演及びそれらに付随する業務。
☆契約期間:3か月。以後更新する場合がある。
☆給与:月15万円。交通費支給。
☆資格:普通免許。
微妙な条件。特に『付随業務』は非常に幅広く想定されていて、それこそ実業団のスポーツ選手なんかが日中は他の社員同様、通常業務に従事するという感じで出版の補助業務を行うこともあり得る。
それでも5バンドが応募してきた。
オーディション当日、ライブハウスを借り切って審査に当たる僕ら。
ステージの前にカナさん、Zさん、ライブハウスのオーナー、井ノ部さん、矢後、金井、そして小倉姪さんと僕がパイプ椅子に座ってずらっと並ぶ。
「井ノ部さん、ロックとかって聴くんですか?」
「もちろんよ、月出くん! あ、難聴が怖いから耳栓用意してきたわ」
うーん。
「矢後さん、金井さん、ライブとか見たことは?」
「地下アイドルの白昼ゲリラライブなら」
それは地下アイドルと言えるんだろうか。
「そういえば小倉姪さんはバンドネオン弾くぐらいだから音楽はある程度分かるんだよね?」
「多分。ところでマンションにあった月出くんのギターって、電気? 電気じゃないヤツ?」
バンドたちに対して申し訳ない・・・
まあオーナーの審美眼に期待しようか。
「オーナー、今日はよろしくお願いします」
「ああ。月出くんが来てくれてた頃はいいバンドを発掘しようって気概があったけど・・・今じゃ出演バンドの演奏中もスマホでボカロばっかり検索してるよ」
まあ、それもいいとは思うよ。ボカロも凄いよ、でもさあ・・・
最後の頼みはやっぱりカナさんか。
「ごめん、月出くん。わたしクラシックしか聴かないのよ」
不安を抱えながらオーディションが始まってしまった。
1バンド目、ギターの男子とマニピュレーションの女子の2人ユニット。
「お、いい感じじゃない?」
「でも、オーナー」
「なんだい、月出くん」
「この曲、今1,000万ダウンロードされてる曲に酷似してます」
「マネでもなんでもカッコよきゃいいんじゃない?」
「いえ、盗作のレベルです」
2バンド目、全員男子のスリーピースバンド。
「わ、月出くん、ルックスカッコいいね」
「うーん、小倉姪さん。なんか違和感があるんだよね」
「えー。曲だってキャッチーですごくいいじゃない」
「あれ? もしかして」
違和感の仮説を立ててみた。
ギター・ヴォーカルの彼が、曲が始まってから一切ギターに触れていない。ぶら下げたままだ。ベースとドラムの演奏に合わせてひたすら歌う。ということは・・・
「もしかして、ギター弾けない・・・?」
3バンド目、今度はアコースティックギターを抱えた男子・・・というかかなり年配の男性がステージに上がった。
「ええと・・・一曲やらせてもらいます」
男性の言葉に僕は何気なく訊いた。
「ソロなんですか?」
「いや・・・4人なんですけど、みんな奥さんたちに叱り飛ばされちゃって。夢見るのももいい加減にしろと。全員勤め人なもんで・・・」
4バンド目、なんと10人編成の大所帯ファンク・バンド。
カナさんが一言。
「人件費、嵩むわね」
最後の5バンド目。
「
ギター・ヴォーカルの女の子が僕に声をかける。ミカゲは今も変わらないな・・・
「月出くん!」
ミカゲが僕を呼ぶ声に対する小倉姪さんの反応は、神速と言っていいレベルだった。
「誰、あれ!?」
ミカゲは長身・髪サラサラ・二重ぱっちりツリ目の、まあ、美人だ。僕は慎重に慎重を期して小倉姪さんに応答する。
「高校の時にステージに上げて貰ったバンドの・・・」
「ガールズバンドだったのっ!?」
マイクを通してのカオルの反応もまた神速だった。
「誰だよ、今ガールズバンドって言ったのは!?」
「わたしだよっ!」
ミカゲと小倉姪さんのコール&レスポンスが始まった。
「ウチらはガールズバンドじゃないんだよ!」
「え、でもでも。全員女の子でしょっ!? あ、それともニューハーフ?」
「女だよっ! でもねえ、ウチらはガールズバンドじゃないんだよ!」
「じゃあ、何っ!」
「ロックバンドだっ!!」
会場の全員が、ほおーっ、とどよめいた。相変わらず、女子だけの4ピースバンド、『
「黙って聴けよ!」
そう言ってミカゲがいきなりギターリフをかき鳴らし始める。ギターのサナエもそのリフに被せて2人してリフのスピードを上げる。ベースのシロ、ドラムのペンネが重低音を加算していきなり演奏が爆発した。
あまりの音圧に耳を塞ぐ矢後、金井。
まるでジェットコースターでやるように両手を上げる井ノ部さん。
うん、うんと頷くオーナー。
カナさんもZさんも聴き入っているようだ。
あっという間の3分間。
演奏が終わり、それぞれ投票。
ほぼ全員が、千10-s に票を入れた。
小倉姪さんだけは、
「わたしはソロの人がいいっ!」
と叫んだ。
彼女の意見は黙殺された。
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