2人で白象飼ってみる?

 出版が決まった。

 電光石火とはまさしくこのことだろう。

 カフェで打ち合わせた足でカナさんは会社に戻り、そのまま決裁。社長にも報告し、「出しますんで、よろしく」という具合らしい。


 カナさんが編集長を兼務する首肯社の新レーベルの名前は、


 White Elephant


 直訳で白象。意味は、『無用の長物』なんだそうだ。なんでも白象は神聖な動物だけれどもプレゼントとしてもらった場合には凄まじい飼育コストがかかるので迷惑なだけだというのが由来らしい。タイの王様が気に入らない相手に嫌がらせでプレゼントしたという逸話があるとかどうとか。


「バチ当たりだねー。こんな縁起のいい動物を‘無用の長物’なんて語彙にするとは」

「はは。でも、なんかカッコいいよね」

「そうかな。月出くんもわたしに劣らず変なセンスだね」

「いや、小倉姪さんにははるかに及ばないよ」


 とにもかくにも井ノ部ゼミ部屋に報告に行った。今日は全員集合の日なので好都合だ。


「やった・・・遂にやったわね! 井ノ部ゼミ初の出版物よ!」

「あれ? 井ノ部さん。井ノ部さん自身は何か出版してるんでしょ?」

「月出くん、実はね、アンソロジー的な論文集での掲載しかなくってわたし個人のクレジットでの著書ってないのよ」

「あ・・・すみません、こんな亜流の論文で先を越してしまって」

「ううん、喜ばしいことよ。これでわたしたちのこのマイナーな、『いじめ経営学』をフォローする人が出てくるかもしれないわ」

「月出さん、小倉姪さん。じゃあ、これからプロモーションやるんだよね。月影寺の始末はどうつけるの?」

「矢後さん、実はこれから小倉姪さんと一緒に行って来ようと思って」

「月出さん、自分もそれがいいと思う。これ以上の『既成事実』はないだろう」

「ありがとう金井さん。じゃ、小倉姪さん、おばあちゃんのところに乗り込もうか!」

「ちょっと待って」

「ん? なに?」

「もうひとつ隠れアイテムとしての『既成事実』を。月出くん、これ着て」

「?」


 は、白象のTシャツ?


「へへー。さっきカフェの帰り際ダッシュで洋服屋さん行って買って来たんだー。ペアルック」

「あ・・・White Elephant にぴったりだけどさ・・・こんなの売ってたんだ」

「うん。ほら、ロゴ見て。なんか、バンドのグッズみたいだよ。いい趣味してんねー」


 名前に‘エレファント’が含まれるバンドだ。なかなかにインパクトあるデザイン。へー。


 まあ、気分を盛り上げるのにはいいよね。僕も小倉姪さんも上着の下にこのTシャツを着込んで、いざ月影寺へ!


 ・・・・・・・・・・・・


「この不良娘がっ!」

「わ! おばあちゃん、人の頭は殴るもんじゃないっていつも言ってたじゃない!」

「お黙りなさい! こともあろうに男の部屋に転がりこみおって!」

「お、おばあちゃん。僕と小倉姪さんの間には何もなかったですから」

「誰がお前のばあちゃんだ!」


 あ、こういうパターンでのこの用法か・・・


「とにかくおばあちゃん。もう出版は決定しちゃったんだから。で、月出くんとわたしの『カップル共著』っていう売り出しの方針も変えられないから!」

「ええい、まるで若い頃好き放題してきた挙句歳を取っても自分の自己実現しか考えんと趣味やら社交やらをやるために介護施設入所を拒否して遠く離れて暮らしとる子供には『わしゃ全然大丈夫じゃ』と言いながらその癖身近におる世話してくれる若いもんどもには『誰も頼んどらん』などとほざく寝たきり未満の老人どもみたいなやり口じゃあっ!」

「おばあちゃん、息、大丈夫?」

「はー、はー、はー」


 おばあちゃん、相当溜まってるな・・・


「と、とにかくおばあちゃん、今更出版と月出くんとわたしがイチャイチャしてるプロモーションを無しにしたらとんでもなく大勢の人に迷惑がかかるからね!」

「うう・・・カミちゃんよ、『迷惑がかかる』と言われると弱いのう・・・」

「おばあちゃん、わたしと月出くんは至ってマジメだから。ヘンなことしてないから」


 はい、一回キスしただけです。


「じゃが、世間は2人を不純ないやらしい間柄と見るじゃろう。そうなったら月影寺からまた檀家さんが離れていってしまう・・・」

「おばあちゃん、それ以上に出版のメリットは大きいよ」

「うむう・・・」


 あ、そうだ!


「お、おばあちゃん、これ見てください!」


 僕は、ばっ、とワイシャツの前を開け、さっき着込んだTシャツを見せた。


「おお? 白い象?」

「はい。ほら、小倉姪さんも」

「う、うん、はい、おばあちゃん」


 2人してTシャツの前面にプリントされた白象のイラストを見せる。


「白象は縁起のいい動物だって小倉姪さんに聞きました。出版のプロモーションの時に2人してこれをずっと着てるようにすればちょっとはいやらしさが消えるでしょう。デザインもまあなんだかほんわかしてるから好印象を与えるような気もしますし」

「ふむう。たしかに、お釈迦様の母親のマーヤー様は白象がお腹に入ってくる夢をご覧になられて、それがお釈迦様誕生の予知夢じゃったと伝えられておるわのう・・・」

「おばあちゃん、それに出版元の名前は White Elephant ・・・白象、っていう名前なんですよ」

「ほう! そうか! なんだか因縁めいたものを感じるのう・・・よし、分かった!」


 おばあちゃんは、ぽん、と手を打った。


「月出さんよ、カミちゃんよ。お前さんらが清らかな間柄じゃというのはよく分かった。確かにいつまでも異性の相手がおらなんだらこの寺の跡取りもできんわのう・・・出版、許すわい」

「あ、ありがとう! おばあちゃん!」

「ただし。2人が本当に夫婦めおとになるとはっきり定まるまでは一切肌を触れあわせてはならん! 同じ布団で寝るなどはもってのほかじゃ!」

「手を繋ぐのは?」

「ウ、ウホン・・・常識の範囲でならそれぐらいはよかろう」

「やった! ありがとう、おばあちゃん!」


 おばあちゃんが本堂に入って行った後で小倉姪さんが上目遣いに僕を見上げて訊いてきた。


「キスなら、いいんだよね?」


 なんか、幸せを感じる。

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