2人で事実をでっち上げる?

 結論をみた。


「Zさん、論文の出版、後3日で決めてください」

「お願いしまーす」

「無茶苦茶ですよー」


 よく考えたら僕と小倉姪さんがを作ったところで小倉姪さんが身ごもらなければ訴求効果は薄いだろう。

 ならばそれ以外に社会的な影響力の点からも経済面での現実的観点からも、論文出版という既成事実を作る方がよほど利口というものだろう。


 そしてまたもや小倉姪さんが動いた。


「Zさん。なかなか話が進まないのは編集部内で誰か反対している人がいるってことでしょう」

「まあ、そうですね」

「どなたですか」

「編集長です」

「わかりました」


 ん? 何が分かったの? 小倉姪さん。


「編集長を倒します」


 ・・・・・・・・・・・


 ということで、首肯社の編集部に小倉姪さんと僕とで乗り込んだ。Zさんに同行して。


「時間がありません。編集長に会わせてください」

「帰れ!」


 当然だよね。時間が無いのはむしろ首肯社の人たちの方だろうから。そしてZさんの立場をも全く無視した特攻作戦で小倉姪さんはグイグイと副編集長に詰め寄る。


「もしわたしたちが他の出版社から論文を出して売れちゃったら今日アポに応じて下さらなかったことの責任を問われちゃいますよ」

「他所の出版社で売れちゃってみてください」

「それができればこんな所に頭下げに来ません」

「Zくーん!」

「は、はいっ!」

「この人たちに帰ってもらって」

「いや・・・でも」

「副編集長さん〜、そんなことおっしゃらずに」

「帰らないならZくんを降格します」

「わ、ブラック!」


 僕らは会社が入っているオフィスビルの外に出た。


「会えさえすればいけるのになー」

「ねえ、小倉姪さん、その自信はどこから出てくるの?」

「月出くん。自信じゃあないのよ。事実なのさ」

「御本尊がそう言ったの?」

「ううん。御本尊はただ、‘頑張ってね’って」


 Zさんは一度は小倉姪さんに告白した責任を感じているんだろう。僕らと一緒に会社の前で編集長を張り込んでくれることになった。僕はZさんに申し訳ないと思いながらもやっぱり今は彼に頼らざるを得ない。


「今本社に呼ばれて打ち合わせに行ってますから。もう少しで戻ってきます」

「Zさん。編集長ってどんな人なんですか」

「大きな人です」

「高身長? それとも重体重?」

「人間が大きいんです」

「すごい漠然としてますね」

「あ、来ました」


 あれ? 女性?


「あー。カナさーん!」

「あれ? 小倉姪ちゃん。なんでここに?」

「え? カナさん、編集長なんですか?」

「月出くんも。何? もしかして昨日のお守りのクレーム? それとも上手く行ったお礼?」

「いえそのあの」

「あら、月出くんは機能不全ね。小倉姪ちゃん、たの?」

「はあ。面目ございません」

「なあんだ。まあでも順を追ってね」

「あの、編集長」

「ああ、ごめんごめん、Zくん。なに?」

「え。編集長、資料見てるならそんなとぼけなくてもいいでしょう」

「なんの資料?」

「月出さんと小倉姪さんの論文出版の資料ですよ」

「え? なにそれ。月出くんと小倉姪ちゃんが論文? ごめん。全くなんのことか」

「でも、副編集長から編集長がダメ出ししてるって聞きました」

「知らないもののダメ出しなんてできないでしょ。副編集長は?」

「部室にいます」


 また編集部の部屋に逆戻りした。

 カナさんが副編集長に事実関係を確認する。


「小久保さん、どうしてわたしに報告しなかったの?」

「必要ないと判断しました。この論文に商品価値はありません。この判断をするのはわたしの権限内のことでコンプラ上も問題ないですよね」

「その通りね。組織としての意思決定の基準に沿った対処として何の問題もありません。ただ一点を除いては」

「なんですか、編集長」

「『編集長がダメと言ってる』とZくんに事実と違う情報を伝えたことです。これはなぜですか?」

「それは・・・」

「もしわたしに論文を見せてわたしと是々非々の議論をするのが『面倒くさい』という理由だったら論外。また、Zくんの担当する事案をなんらかの私的感情で『潰す』ということだったとしたら今後のマネジメント上も看過できません。小久保さん、どうなんですか?」

「両者とも違います。純粋に論文のクオリティを考慮して『不可』と判断しました。それからZくんに事実と違うことを伝えたのは編集長のお名前を借りて説明した方がZくんも納得しやすいだろうと考えてのことです。軽率なことをして申し訳ありませんでした」

「・・・わかりました。問題はありますけれども口頭注意に留めておきます。小久保さん、以後気をつけてください」

「はい・・・」

「月出くん、小倉姪ちゃん、わざわざご足労いただいて申し訳ありませんでした」


 カナさんは腰を深々と折り曲げて頭を下げてくれた。


「こういうことですので、お引き取りください」

「え、カナさん。読んでもらえないんですか?」

「・・・月出くんと小倉姪ちゃんとは昨夜お友達になったから、私的に、ということでいいのなら原稿を読ませていただくわ。論文の情報も決して口外しないわ」

「わあ、よかった」

「でも、副編集長が下した判断は組織決定です。覆ることはありません。ウチの編集部での採用はありません」


 ・・・・・・・・・・・


 会見を終えて僕らは編集部近くのショッピング・モールに入った。着の身着のままで月影寺を出てきた小倉姪さんのとりあえず着るものを調達するためだ。


「小久保ちゃんめー。あ、月出くん、そのTシャツ取ってくれる?」

「小倉姪さーん。20歳なんだから服ぐらい1人で買ってよー。恥ずかしいよー」


 ショップの試着室から顔だけ出して指示を出してくる小倉姪さんに言われるまま、僕はTシャツやらブラウスやらを取ってあげる。


「せめて試着しようと思う服まとめて持って入ってよー」

「あ、月出くん、そこの下着を・・・」

「帰る!」

「わ、ごめんごめん、もう終わりだから」


 色々あった割には10分ほどで選び終わった。フルーツのイラストがプリントされたブランド不明のTシャツにシンプルなブラウスを羽織り、下はブルー・ジーン。草履だったので、白のデッキ・シューズを一足。やっぱり素足に履く。


「ごめんねー。首肯社からここまで法衣だったから月出くん恥ずかしかったでしょ」

「もう慣れたよ。僕よりもここの店員さんがびっくりしちゃってかわいそうだったよ」

「ある意味威力業務妨害かもね」


 ほんとだよ。


「あれ? LINE。カナさんからだよ? えと・・・月出くん、このモールの1Fにあるカフェに来られるか、って」

「なんだろ? さっき終わったばっかりなのに」

「うーん。もしかしたらボツのお詫びにお昼奢ってくれるとか!」

「小倉姪さんって、ポジティブというより現実を捻じ曲げたがるよね」


 ところが、ほんとに捻じ曲がった。


「出版、検討するわ」

「え。でもカナさん、さっきは覆らないって」

「月出くん、そうじゃないの。実はね、インディー系の作者を取り込もうってことでジャンル問わずの小さなレーベルを社内で立ち上げたばかりなのよ」

「えー。そんなのあるんですかー」

「小倉姪ちゃん、わたしはそのレーベルの編集長も兼ねてて、3人だけの機動的な配置なのよ。ラノベの編集部からの出版は無理だけど、そっちならいけそう」

「え。ですけど、それこそ私情を挟んで権限の濫用とか社内で言われないんですか?」

「どうして? だって何かのきっかけがないと作品を知ることなんて星が衝突するほどの確率しかないのよ? 偶然あなたたちと友達になれたお陰で作品に巡り会えたんなら経路なんか構わないわよ」

「そういうもんですか」

「月出くん。Webがここまで拡大して、素晴らしいけれども誰にも知られずに埋もれてる作品が大半なのよ。それをすべて読むことなんてわたしたちには不可能。ならばこういう縁でもって発掘できたことをラッキーと考えるのみよ」

「それで・・・僕たちの論文、どうでした?」

「うん。いいわよ。インパクトあり。あの論旨の展開は2人で考えたの?」

「まあ、主に小倉姪さんのお坊さんとしての活動が基ですけど。どちらかというと小倉姪さんの人格に依存してますかねえ」

「うん、ぶっ飛んでるわ。ぶっ飛びすぎ。小倉姪ちゃん、あなた、狂ってるわ」

「えへへー。それって、お褒めの言葉で合ってますよね」

「もちろんよ!」


 カナさん自身がインディーズっぽいな。

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