2人で一夜を共にする?
初夜。
こういう言い方は敢えて誤解を受けるために言ってみた。だって、僕の好きな女の子と今日から同じマンションの分譲部屋で暮らすんだから。まあ、彼女を連れ戻そうとする抵抗勢力(どっちが!)を説き伏せる対抗策を作り上げるタイムリミットまでの短い期間だけれども。
それよりも僕は同居人にして世帯主である父親に対して絶対に悟られてはいけないことがある。
『小倉姪さん自身がもしかしたら母さんの生まれ変わりかもしれない』
常識で考えたら、いや、こういうシチュエーションを提示すること自体既に常識でなく、小倉姪さんという個性そのものが常識から大きく逸れていることを考えれば僕の父親がそんな話を信じるわけがないと思いたいところだけれども。
でも、小倉姪さんと出会ってからのことを振り返ると否定できない客観的な事実を見つめざるを得ない。
それは、小倉姪さんが、気がついたら自分の常識に合わせて現実を捻じ曲げて存在させてしまっていること。
いや、自分の常識という言い方は小倉姪さんの名誉のために変換しよう。
彼女が家族経営する月影寺というmixture religion のお寺のその容姿麗しい美男(美女か?)御本尊のご意向に狂った(どっちが狂っているかは賛否あろうが)現実の方をあるべき姿に軌道修正する、という作業を彼女は小学校3年生の頃から延々とやっているわけだ。
それも、御本尊と生トークしながら。
そして初夜である今夜も彼女は常識外のことを言ってきた。
「わたしもお店に出たい!」
と、いうことで、父さんと僕が家族経営するゲイバーに彼女も男装の麗人として立つことになった。
「いらっしゃいませー!」
「おおこんばんは? 店長、この子は?」
「ああ、新しく入った子よ。バーテン・ボーイ見習い」
「小倉姪カミツカエでーす! ご贔屓をっ!」
「へえ・・・あの、彼女は、女?」
「そうよアベちゃん」
「根っからの?」
「失礼ね! この滑らかな肌を見たら分かるでしょ? 小倉姪ちゃんは正真正銘の女の子よ!」
「うーん。いいね、蝶ネクタイ似合ってるね」
「恐れ入りますっ!」
「ほらほら小倉姪さん、仕事して」
「おお、
「アベちゃん、変なこと言わないでくださいよ。僕はストイックにバーテンの仕事をしてるだけですから」
「それにしても、2人並んでるとなんだかカッコいいね」
「わあ! ありがとうございます!似合ってますか?」
「うん? 何が?」
「わたしと月出くんが」
「あ、もしかして小倉姪ちゃんって
「そうでーす! 今夜から同棲しまーす!」
「ちょ、小倉姪さん! そんなことわざわざ言わなくていいから!」
「はーい」
さすがお寺を切り盛りしてるだけあって小倉姪さんの働きぶりはなかなかのものだ。ただ、トークは微妙だ。
「はあ・・・役職定年になっちゃったよ」
「ヤクショクテイネン? ああ、もう昇進・昇級の芽が無いってことですね」
「はっきり言うねー。なんか、振り返って、埋もれ続けた人生だったなー、って」
「大丈夫ですよ、これから浮上します。相対的に」
「相対的? なにそれ」
「 はい。お客さんの同僚の方たちはこれからどんどん老化が進んで足腰立たなくなって。それで軒並み認知症になっちゃいます。でもお客さんは認知症にだけはならなくって、みんなより一歩リードします。あ、ただ、髪の毛は全抜けになりますけど」
「・・・喜べないなあ・・・」
たまらず僕は声をかけた。
「だ、大丈夫ですよーハセさん。きっとこの先モテ期が来ますって。ほら、実際ウチのおねえさんたちにモテモテじゃないですか。
「はーい、あらあらハセさんおひさー」
「ネマロちゃーん、会いたかったよー」
ふう・・・
「見事な営業トークだね、月出くん」
「勘弁してよ。小倉姪さんだって豪腕営業の達人なんだからさー」
「わたしの商売は最終的に現実を突きつけなきゃいけないもん」
「じゃあ御本尊に頼んでハセさんがモテるようにしてあげてよー」
「無理。リアリストだよウチの仏様は」
まあそれでも小倉姪さんのバーテン姿はかなりイケてるしいい感じに今日の営業も進む。もう少しで僕らが上がり、っていう時間帯に初顔の女性客がひとりでやって来た。30歳くらいかな。きれいな人だ。
「いらっしゃいませ」
「あら? あなたもしかして女の子?」
「はい。一応女でーす」
「お名前は?」
「小倉姪カミツカエです」
「カミツカエなんて神秘的ね。いい名前だわ」
「わ。ありがとうございます。この名前を褒められるなんて滅多になくって」
「そう? 私はいいと思うけど」
しばし本物の女子トークが続く。女性はカナ、と名乗った。
「カナさんはゲイバーって初めてですか」
「いいえ。海外に駐在してた時はよく行ったわ」
「わ。海外?どちらですか?」
「ベトナムよ。ハノイに3年居たわ」
「かっこいー。キャリアウーマンなんですね」
「いいえ。そんないいものじゃないわ。泥臭い営業よ」
「へー。わたしも一応営業してるんですよ」
「あら」
「お寺の檀家さんを開拓してるんです」
「あら? お寺の娘さん?」
「まあ、坊さんです」
なかなかに話が弾んでるみたいだな。今のうちに明日の仕込みしとこうかな。
「月出くーん」
「はーい」
おっと、小倉姪さんのお呼びか。なんだろ?
「えへへー。カナさん、お願いします」
「あなた、小倉姪さんのこと好きなのよね」
「えっ!? はい、まあ・・・」
「じゃあ、これあげるわ」
お札?
「あのこれって・・・」
「ベトナムのお守りよ。これを持ってて男として彼女を守ってあげてね」
「はい・・・」
漢字だな・・・そっか中国文化が入ってきてるもんな。まあ、守護のお守り、ってとこなんだろうな。
「ありがとうございます」
「ふっふっふっ・・・」
「くっくっくっ・・・」
前者がカナさん、後者が小倉姪さんの含み笑い。
「な、なんなんですか?」
「ほっほっほっ・・・」
「へっへっへっ・・・」
・・・・・・・・・・・・
「ただいまー」
と、無人の部屋に向かって言う。
僕と小倉姪さんは午前1:00過ぎには店を上がってマンションに戻ってきた。2人とも昼間の住人だ。夜の街の住人である店長たちと同じサイクルの生活とはいかない。
「店長はいつも何時頃になるの?」
「まあ、朝までだね。5時くらいに閉店の準備しながら6時には店閉めてマンションに戻るって感じかな」
「昼夜逆転だね」
「まあでも昼過ぎにはちゃんと起きるから授業が午後からのときは昼飯一緒に食べてるし。まあ店長の栄養管理が大変かな」
「月出くん、主婦みたい」
「あ、着替えないよね。嫌かもしれないけど、僕のパジャマ使ってもらうしかないね。下着は・・・」
「つけない。without 下着っ!」
「えとえとえと。せめて僕のランパンでも履く?」
「NO〜! 追って月出くんが悪用する恐れありっ!」
「しないしない! えーと、コーヒー飲む?」
「願います!」
落ち着かないな、やっぱり。まあ小倉姪さんには僕のベッド使ってもらって・・・
「月出くん。このマンション、ホテルみたいな作りだね?」
「う、うん。ぶち抜きの物件だからね。なんとなくテレビの向こう側のベッド辺りが店長のエリア。こっち辺りが僕のエリアだから。で、小倉姪さんは窓際のベッド使って」
「月出くんは?」
「ソファで寝るよ」
「ダメだよー。そんな雑魚寝じゃ疲れが取れないよー」
「平気だよ」
「ダメ」
「じゃあ、どうするの」
「ベッドで一緒に寝ようよー」
「な、何考えてんの?」
「え。月出くんだってそういう気持ちはあるでしょ?」
「無いったら嘘になるけど・・・」
「さっきカナさんにいいものも貰ったしね」
「ああ。お守りね」
「月出くん、あれはね、な、なんと!」
「なに」
「安産祈願さっ!」
窓の外を一つ風が吹いた。
「だから、一緒に寝よ?」
「な、なにを言ってんのー?」
「だあって。おばあちゃんを納得させる既成事実ったら、やっぱり赤ちゃんでしょ?」
「そ、そこまで飛躍する!?」
「ダメかな?」
「ダ、ダメでしょ」
「ねえ。安産、ってことは、何も無くてもいいから」
「何も、って何?」
「遮断するものが。あるいは到達させないものが」
「な、何を」
「またまたあ。結構Hだねー、月出くーん」
ぱあん、と僕の背中をはたく小倉姪さん。
まずいまずいまずいまずい。
だって、叩いたその小倉姪さんの手のひらの体温を感じただけで、僕はもう委細かまわず突っ走ってしまいそうになる。
な、なにか理性の足枷をーっ!
「あれ?」
「ど、どしたの、月出くん」
「カナさんはなんでわざわざ安産のお守りなんかをベトナムで買ってきたの?」
「うっ」
「何か説明を省略してるね、小倉姪さん?」
「ううん、特に何も」
「じゃあ、いい。僕は店長のエリアで暮らす。別居だよっ、小倉姪さん」
「ええっ!? そんな、初夜からいきなり!?」
「僕を甘くみないでね」
僕は店長のベッドに潜り込んだ。
「わかった、わかったよー。月出くーん、戻ってきておくれよー」
「正確に報告するなら」
「する、する。あのね、カナさんはベトナムの現地スタッフさんと結婚する予定だったんだって。赤ちゃんも身ごもってて。だから安産祈願した時のお守り持ってて。でもね、結局流産しちゃって。それがきっかけで彼氏とも別れてベトナムから戻ってきたそうな」
「法話風にごまかさないでよ! そんな大変な思いのこもったお守りで・・・なんか、できないよっ!」
「やっぱ、ダメか」
「女子2人とも感性がおかしい!」
と、言う感じで小倉姪さんはベッドに、僕はソファに収まった。一緒に寝ないけどそのかわりに少しだけゲームをやったり、夜中にとっておきのマロングラッセを2人でつまんだりして、夜を楽しんでから就寝した。
おやすみ、小倉姪さん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます