2人でリアルを変えてみる?

 小倉姪さんには訊きたいことがいくつもできた。全部いっぺんに確認したいけれども多分無理だろう。その中で一番訊きたいのは、


「未来が分かるの?」


 自転車で並んで帰る道すがら、その質問に対して小倉姪さんはかなり長い時間沈黙したままだった。


「未来、じゃないんだよね」

「じゃあ、占い?」

「ううん。それも違うよ」

「じゃあ・・・お告げ?」

「・・・月出くん」

「うん」

「話しても、わたしのこと、嫌いにならないでいてくれる?」


 無条件に頷くことはできなかったな、僕は。だって、小倉姪さんだもん。何が飛び出してくるか分からない。

 でも、なんだか、これが僕と小倉姪さんの運命の分かれ目のような気がして、話してもらうためには、うん、と頷くしかなかった。


「嫌いになる訳がないよ」

「・・・わたしね。御本尊と話しができるんだ」

「・・・・・・」

「あ、ほら! やっぱりアブない奴だって嫌われたー! どうしよー!」

「ち、違うよ! ちょっとびっくりしただけで。でも、話し? やっぱりお告げがあるってこと?」

「ううん。おしゃべりするの。会話、だよ。わたし御本尊と友達だから。上から目線のお告げなんかじゃない」

「友達? ごめん、やっぱりどういうことか分からない」

「そうだよね。不用意にヘンなこと言ってごめんなさい」

「いやっ! そうじゃなくて。小倉姪さんは普通の人じゃないって分かってたから。あ、変な人、って意味じゃなくて特別な人、って意味の」

「フォローしてくれなくていいよ。こんなギリギリの危ない話、月出くんが聞いてくれてるだけでも奇跡だって自覚あるから。あのね。わたしに対してはお告げじゃないからさ、嘘つくこともあるんだよね。友達がふざけるみたいに」

「仏様が、嘘を?」

「嘘だけじゃないよ。はーあ、人を救ってばっかりいると疲れるなあ、とか愚痴こぼしたり・・・って月出くん、わたしが御本尊と話せること信じてくれるの?」

「だって。信じるも信じないも事実なんでしょ?」

「うん! そう! やっぱり月出くんだ!」

「じゃあ、虻谷さんの寿命って?」

「嘘。御本尊がね、脅していじめをやめさせてあげなさい、って」

「よかったー」

「優しいね、月出くんは」

「いやだってさ。あんなの怖すぎるでしょ。みんなビビっちゃってたよ」

「ふふ。でもね、その後で言ったことはほんとだから」

「どのこと?」

「みんな歳をとったら認知症になって家族から‘早く死なないかな’って思われるのは」


 ああ。

 そっちの方こそ嘘であって欲しかったな。


 道徳の時間は午後一番の授業だった。だから夕刻までにはまだ早く日はこれからゆっくりと傾いていくんだろう。

 護国神社の敷地に差し掛かる時にはまだ参拝している人が何人も見えた。


 僕はもう一つの質問をすることを決めた。


「ねえ、小倉姪さん、ちょっとお参りしてかない?」

はよくないんだよ」

「じゃあ、やめようか」

「ううん。今日の学校のことも、帰り道に神社を通るルートだったのも何かのご縁。ついでじゃないようにしよ?」


 自転車を停めて手水舎の柄杓で左・右と手に水を流し、左手で受けた冷えた井戸水を唇に、つっ、と含ませた。先に終わらせた僕は小倉姪さんの動作を見つめる。


 初めて見たとき彼女の声を立てて号泣している顔の造形そのものは普通で凡庸だ、って思ってた。

 けれども今こうして水に触れている小倉姪さんの容姿を僕はとてもかわいいと感じている。

 いや、僕がそう感じるっていう主観的な話しじゃなくって、物理的にも小倉姪さんはかわいい。


 きれいだ。


 彼女の少女のような頰にほんのり映える透明な産毛が煌めいているのがきれいだ。


 マニキュアを塗っていない、けれどもくすみの無い薄いピンクの爪に手水の水滴が、つ、と浮かんでいるのがきれいだ。


 社殿の後ろにある杉の木で白鷺が鳴いた方をちらっと見上げたその彼女の自然のままのまつ毛が、空の色とのコントラストでくっきりと長く美しく反っているのが、きれいだ。


 ここが神社でなければ。


 いや・・・清らかな場所であるからこそ、初めて唇を重ねたあの日以来大事にして二度目のキスをせずにいるその唇に、指でそっと触れてみたい。


 僕と彼女は心を洗い終えると社殿への石畳を歩いて行く。


 鏡の祀られた祭壇の空間を挟んだ場所に2人で並んで立った。あかと白で紡がれた鈴をちりばめた紐を鳴らし、阿吽の呼吸で目を閉じたまま揃って二回礼をする。

 その後は合わせようとせずとも、僕と小倉姪さんが二回手を打つ動作はシンクロしていた。


 なにがしかを神前で伝える沈黙の時間も。


 最後の一礼をした後、訊こうと思っていた僕より先に、小倉姪さんがそっと声を掛けてきた。


「月出くんはあの日どうしてここに来てたの?」

「母さんが」

「・・・亡くなったお母さん?」

「うん・・・悪性リンパ腫が転移して最後の時期を自宅療養してたとき、神社をいくつもお参りして回るのに僕も付き合ってたんだ」

「癌だったんだね、お母さん」

「死ぬのが怖いって僕に言うんだ。痛いだろうし、訳もわからず寂しいって。神にもすがる、ここもその散歩のルートだったんだよね」

「お母さんが亡くなった後もずっとそうしてたんだね」

「だからあの日、声を上げて泣いてる小倉姪さんを見て、なんだか母さんのために泣いてるんじゃないか、なんて妄想したりして」

「わたし、ね」

「うん」

ハチだったんだって。前世が」

「御本尊がそう言ったの?」

「うん。月出くんは輪廻って信じる?」

「信じたくないけどそうなんだろうね」

「ほんとはね、小さな微生物から段々魚や鳥や獣に生まれ変わって積み重ねて、それでようやく人間に生まれるんだけどね。わたしはハチから一足飛びに人間に転生したんだって」

「それでスズメバチを見て」

「御本尊はね、ハチは人間に転生したいって言う強い動機があったんだ、って言うの。そしていつかそれが分かる時が来る、って。あの日、わたしはスズメバチの亡骸を見て、気づいたんだ。死ぬ間際に痛みに耐え死にゆく寂しさに耐えて神前までたどり着いて大願を抱いてこと切れた蜂。きっとそれがわたしの前世なんだろうな、って。だから、このスズメバチもきっとそうなんだ、って。その大願はね、自ら体を動かして決して救われないような人を救うこと。神様からさえ見放された人を救うこと」

「まるで母さんと同じだ」

「もう一つ教えてあげる。生まれ変わりはね、時系列じゃないんだって。同じ時間に転生してる途中の同じ人が2人別々の体で同時に生きてることもあるんだって」

「まさか・・・小倉姪さんが、僕の母さん・・・」

「さあ。言ったでしょ? ウチの御本尊は嘘もつく、って。あ。月出くんとの恋バナとかも御本尊とするよ」

「え、ほんとに? 御本尊は僕と小倉姪さんの将来のこととか言ってる?」

「ううん。先のことは分からない、って」

「仏様なのに?」

「ふふ。ただ、‘お似合いだね’って言ってくれてるよ」


 僕らのこの会話を聞いたら、狂ってる、としか思われないだろう。


 そうさ。


 僕は小倉姪さんとの恋に狂ってるのさ。

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